恋のはじまり4 | ナノ

昼ご飯を食べた後は池袋をうろうろしたが、どこも人が多くてしかも俺達は目立つ二人組としてある意味有名だったので近くの公園に移動した。ついこの間まで随分と肌寒かったのに、今日は晴れていて暑いぐらいだ。
ジュースを買うついでに寄ったコンビニでシズちゃんはアイスを無言で俺に差し出してきた。だからベンチに腰掛けて嬉しそうに食べている。

「この後パフェも食べるんだよ?しかもさっきシェイクまで飲んでた癖に」
「シェイクとアイスは違うだろ。ああ、もしかして手前これ欲しかったか?」
「え?」
「ほら一口なら食っていいぞ」

そのアイスを買ってあげたのは俺なんだけど、と思いながら差し出された水色のアイスを口に入れる。独特の甘さと冷たさが広がったが、嫌いではなかった。シズちゃんに貰ったわけだし。

「まあなかなか美味しいよ」

唇の端についた残りをペロッと舌を伸ばして舐めると、なぜか目の前でシズちゃんの表情が変わった。口を半開きにしたまま瞬きを繰り返していてどうしたのかと目を細める。

「なに?やっぱり俺にあげるんじゃなかったって?」
「いや…そうじゃねえ。なんっつーか…その」
「言いたいことがあるならはっきり言っていいよシズちゃん」

なんだか唇をもごもご動かして固まっていたので、少し強い口調で迫る。すると数秒黙っていたが、恐る恐るという具合にしゃべり始めた。とんでもなく失礼なことを。

「わ、かんねえ…んだけどよお、なんかさっき舌出してぺろって舐めたのが…すげえいやらしく見えたぞ」
「いやら、しい?」
「悪い意味じゃねえ。だって臨也は俺のもんだろ?恋人だったら、その…興奮してもおかしくねえよな?」
「興奮…って……あ、ははははっ!」

すぐには意味が解らなかったがようやく頭で理解して大声で笑ってしまう。ソーダ味の安物アイスを一口食べて、舌でぺろりと舐めただけでそんな一言を告げられるとは予想もしていなかったからだ。
俺はそこまで望んでいなかった。だけどどうやら俺の言う事を聞くという薬の効果が別の意味で違う方向に効いているらしい。

「ああ、もう、シズちゃんったらさあ…若いよね」
「そりゃあまだ18にもなってねえからな。手前もだろ?」
「ん?俺は明日君よりも先に18になるけどね」
「明日?って、じゃあ明日誕生日なのか!?」
「そうだよ」

性的に若いという意味で言ったはずなのだが、いきなり年齢の話になったのでこれ幸いと話題をすり替えた。あっさりと明日が俺の誕生日だと言ってあげると、シズちゃんは目を大きくしていた。

「な…なんでそれ早く言わねえんだ!」
「だって誕生日は明日でしょ」
「そうだけどよお、ほらプレゼントとか買うなら今日にしねえと…っつうか本人目の前にしてプレゼント選ぶのもおかしいよな」
「へえシズちゃん俺に誕生日プレゼントとかくれる気なんだ?」

焦り始めたシズちゃんを見て、こんな姿が見れただけでもよかったとほくそ笑む。プレゼントが欲しいとかそういう気持ちは一切ない。むしろ物を貰ったところで、後で困るのは俺だ。
思い出の品なんて必要ない。嬉しい気持ちは大きいかもしれないが、どうせ捨てることになるのだから貰う気なんてなかった。

「恋人だから当たり前だろ」
「うん、そっか…でも俺は物なんかいらない。こうやって一緒に居られるだけでも充分プレゼントだから」
「じゃあ物以外のプレゼントがいいんだろ」

素直に気持ちを伝えればあからさまに残念そうな顔をしたが、すぐに何か閃いたように顔を綻ばせて顔を近づけてきた。あっ、と気づいた時には唇が塞がれていて、ソーダ味のアイスクリームが口内に広がっていく。
こんな誰が通るかわからない場所でするなんて、と思ったが舌が絡められてすぐに熱い吐息が漏れる。すごくくすぐったいけど嫌いじゃないと思ったから。

「…っ、もう…シズちゃん」
「キス好きなんだろ?だから今日はいっぱいしてやる。そんで二人で一緒に明日も過ごすのがプレゼントでいいだろ」

互いの体が離れてすぐに咎める為にしゃべり始めたが、何も知らないシズちゃんの一言が胸を突き刺した。明日なんて来ないのに、未来の話をされるなんて咄嗟に嫌だと顔を顰めて。

「ダメだ…!」
「え?」
「明日じゃ、ダメだ…お祝いしてくれるなら、今日がいい」
「そうか都合悪いのか。じゃあ今夜ケーキ買って食うことにするか」
「…あっ、うん」

俺の必死な形相に多少疑問を抱いたのかもしれないが、今日祝ってくれと言ったら納得したように肯く。言った後で、祝って貰うつもりなんてなかったのにと少しだけ後悔した。
だけど今更仕方がない。やけに嬉しそうにしているのを止める気はないし、所轄ただの一人遊びだ。俺に都合のいい人形との。
話をしながらソーダ味のアイスがどんどんなくなっていく。そうしてようやくシズちゃんの腹の中に全部おさまったと思ったら、いきなりアイスの棒を突き出してきた。

「おい臨也見ろこれ!もう一本当たりだぞ!!」
「あっ、ほんとだ。珍しいねえ」
「っつーか俺こういうの当たったことねえんだよな。すげえ嬉しい」
「よかったじゃないか」
「あれだな、手前と一緒だったから当たったんだよな。恋人は手に入るし、アイスは当たるし今日はすげえいい日じゃねえか」

目を輝かせながら棒をポケットに仕舞うのを見て息を吐いた。シズちゃんにとってはきっと今日は今まで生きた中で最悪の日だろう。本人に自覚はないし、きっと俺と一緒だった記憶はない。
記憶喪失になったみたいに一日の記憶が明日には抜け落ちているのだろうが、ポケットを探ったら当たりのアイスの棒がある。きっとそれを見れば覚えていない一日でも変に勘ぐったりはしないだろう。
勝手にそんな気がしていた。だってシズちゃんは単純だ。アイスの棒一つで喜べる。
俺だってシズちゃんのことに対して単純だ。キス一つで喜べるのだから。

「こんなところで似てるなんて」
「何か言ったか?」
「別に。じゃあそろそろ美味しいパフェの食べれる喫茶店に並ぼうか。祝日だから人が多いだろうし」
「って、いいのか?そんな混む場所に行かなくても…」
「行こう」

シズちゃんの制止の声を遮るように自分から腕を掴んで歩き出す。まだおやつの時間には早かったけど、相当人気なところだし二人一緒なら待つ時間も苦じゃないと思った。

「どうせシズちゃんはケーキもパフェも食べれるんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ問題ない。君が美味しそうに食べるのを見るのが目的だからね」
「あ?おい、なんだそりゃあどういう意味だ?」

クスクスとわざとらしく声をあげて笑うが、絡まれた指は離れない。だから少し強くぎゅっと握りしめて、体も寄り添った。

「俺の趣味は人間観察だけど、今日だけは恋人観察にしておくよ」
「そんなの…観察じゃなくて、普通に恋人と過ごすっつうんじゃねえのか?」
「そうか、なるほど」

至極簡単なことを突っこまれて納得してしまう。観察というのは対象を遠くから眺める行為で、一緒に居るのならば観察という言葉は当てはまらないと。
今まで人間観察ばかりしてきたし、まさか自分がこんなことになろうとは考えてもいなかったのでシズちゃんなんかに指摘されたのだ。なんと寂しい奴なんだと鼻で笑った。

「さっきみてえに一口ぐらいやるよ。っつーか食え」
「えーなんで?」
「だってよお、また舌出して舐めたりすんだろ。あれすげえムラムラしたからもう一回見てえ」
「やだなあ、シズちゃんのエッチ」
「ああ?なんでだよ」

他愛もない会話をしながらいつもは他人を観察する瞳が、シズちゃんにしか向けられていなかった。これが恋なのか、と感じると同時に終わって欲しくないという惜しい気持ちがわき始める。
だけどもう半日以上は過ぎていて、タイムリミットまで10時間を切っていた。


prevtext top