恋のはじまり1 | ナノ

臨也誕生日話 来神→現代 甘い切ない系

「まさか新羅がここまで頑張ってくれるとは思わなかったな。感謝しているよ」
「ははっ、それはこっちの台詞だよ。まさか君が僕にあんな気の利いた誕生日プレゼントをくれるなんてね。セルティが友達へのお返しはしっかりした方がいいって言うし、大したことじゃない」
「温泉旅行のペアチケットにお返しでこんなものをくれるお前はすごいと思うよ、新羅」

突然廊下に呼び出されて渡された紙袋を丁寧に握りながら、俺は上機嫌だった。新羅の反応が見たいという理由で四月二日の誕生日にプレゼントを贈ったのだ。
すると少し早いけれどと五月二日の今日手渡された俺の誕生日プレゼントは、とんでもないものだった。正直そこまでとは思わなくて。
早速俺は実行するべく、放課後シズちゃんを呼び出していつも通りの喧嘩を吹っかけた。


「いーざやあああ!待ちやがれ!!」
「本当にしつこいよねえ。明日からゴールデンウイークだからって、こんな夜まで遊び歩いたらダメだよシズちゃん」
「手前が言うんじゃねえ!誰のせいで…ッ!!」

シズちゃんはすっかり制服の裾がボロボロで、白いシャツも灰色に薄汚れている。俺は全くの無傷で、最近は随分と喧嘩もうまくなったなとほくそ笑んでいた。
始めのうちはこっちも怪我をしたり危険な目に遭ってきたが、今年でもう三年目の春だ。さすがに直接対峙することも少なくなっていたので、ちょっと誘えばこうしてぶち切れて追いかけてきた。
随分と鬱憤が溜まっていたようで今夜はしつこい。それもすべて計算済みで校舎内を逃げ回っていたのだが。

「こっちだよー!」
「ふざけんなッ!!」

運動部の部室がある建物へと近づき、野球部の部屋の前に立っているとシズちゃんがそのまま突っこんできた。だから避けようと飛びのいた瞬間に持っていた紐をさり気なくひっぱる。
すると派手な煩い音が聞こえてきて、一瞬で砂煙が辺りに立ち込め屋根の上に設置していたドラム缶数個の下敷きになった金髪頭が見えた。毎度同じ手によく嵌るもんだと感心するが、ポケットから錠剤の入ったケースを取り出して口の中に二個頬り投げる。
一個では薬が効かないと思うのは当然だ。唾液で簡単に解ける錠剤だったので、少しの間だけ顎を掴み押さえていると暫くして無意識に飲みこむのが見えた。直後に目を覚ました。

「…痛ってーな…」
「やだなあ、シズちゃんはこれぐらい全然痛くないだろ?俺のナイフも当たらないんだからさ」
「うるせえな……っ、て…あ、れ?」

体の上に乗っかっていたドラム缶を、砂をはらうみたいに簡単に転がすとゆっくりと起きあがる。不機嫌な表情でこっちを見ていたが、突如目を丸くした。
即効性だと聞いてはいたがもう効果が表れ始めたのかと嬉しくなる。ニコニコと笑顔のまま言った。

「ねえちょっとこっち来て」
「ああ?…んだよ」

手招きをすると面倒くさそうな声をあげたが素直に従った。近づいて来てじっと俺を見下ろす。その視線を感じながら、背筋がぞくぞくと震えた。
シズちゃんが俺の言ったことに対して一切反論することなく行動したことに対して、喜びが抑えきれない。気分が高揚するのを感じながら続けた。

「じゃあ手だしてよ」
「これでいいか?」
「はい握手!シズちゃんと仲直り〜」

わざと茶化すように大きな動きをして目の前に差し出された手を握り、ぶんぶんと左右に振った。だけどその間一切怒鳴ることもせず、じっと見守っている。
これはもう完璧に効いている、とわかると嬉しすぎて辺りに煩く響き渡るぐらい大きな声で笑った。

「あ、はははっ!すごい、すごいよシズちゃん!君が俺の言う事を聞いてくれるなんて、この薬は素晴らしい。取り寄せてくれた新羅にはお礼しないとね」

誕生日プレゼントとして新羅から貰ったものは、一日だけ飲ませた相手が自分の言う事を聞いてくれる薬だ。まああいつのことだから、今度首無しにも使う予定で先に実験台になって欲しかったのだろう。
それにしても予想以上過ぎて笑いが止まらない。握った手のひらから伝わる熱があたたかくて、目尻には薄ら涙が浮かんでいた。

「ああ見てよ、五月三日になった。じゃあ今から丸一日俺につきあって貰うよ、シズちゃん」
「ああ、いいぜ」

わざとぶんぶんと腕を振り回して告げるが、相手は淡々と頷くだけで感情を表に出さない。俺と一緒に居るというのに、こんなにも静かだなんて本当に面白い。

「じゃあとりあえずもう喧嘩は終わりにして、ご飯でも食べに行く?まあこの時間じゃどこも空いてないから俺が作ることになるけどいいかな」
「腹減った、食いてえ」
「決まりだね。実は今日の為にこの近くに部屋借りたんだよ。シズちゃんは、ハンバーグが食べ物の中で一番好きなんだよね?」
「おう、好きだ」

手を繋いだまま校門を目指し歩き始める。顔をニヤつかせたままいくつも質問を投げかけるが、どれも否定されない。
気に入らない、大嫌いだ、殺す。なんて絶対に言わない。

「ちゃんと仕込みしてるからすぐ食べれるよ。楽しみだねえ」
「ああ楽しみだな」

言う事を聞くといってもどの程度かはわからなかったが、予想以上にあっさりしている。まるで本当にシズちゃんと普通に会話しているようで錯覚してしまいそうになる。
気分がいいのと、念願叶って手に入れた興奮で、つい本音をポロポロとしゃべってしまう。いつもは死んでも言わないのに。

「まさかシズちゃんと一緒に食事だなんて…っていうか、手まで握れるなんて嬉しいな」
「そんなに珍しいのか」
「だって俺が傍に居るのに暴力を抑えられるなんて、すごいよ。もっと十年や二十年先なら君も少しは大人になってできるようになるかもしれないけど今は無理だろ?いつかはこうやって誰かと普通に手を握る日がくるのかな」

俺は純粋に褒めていた。あの怪力を抑え込むのが、切れないようにするのがどんなに大変なことかわかっているつもりだ。
相当時間が経たないと、シズちゃんでは無理だ。好きな相手ができても手さえも握れないぐらい自分を抑えられない。子供なのだ。

「でも君が身内以外で手を繋いだのが俺、っていうのが笑えるけどね。ふふっ、ほんとおかしい可哀そう」
「可哀そうなのか?」
「そうだよ。本当の君は俺の事なんて大嫌いだからね。だけど今は好きなんだろ?」
「好き……だ」

思いがけず意外な言葉が聞けて一瞬だけ胸が高鳴った。あの声で好きだなんて言われるなんて嬉しすぎて耳まで赤くなる。
相手はただ薬のせいでこうなっているだけで、心にも思っていない事だ。だけど頭の中で錯覚させるには充分だった。シズちゃんは俺が好きなんだ、と。
俺はシズちゃんが好きで、好きでたまらないから。

「そっかあ、じゃあ今日一日は俺達恋人同士だね」
「恋人……?」
「わかったかな?」
「しょうがねえな」

ふき出しそうなのをなんとか堪えて借りたマンションへと歩いて行く。恋人という言葉が頭の中をぐるぐると回って、頬が自然と緩んで熱い。
これは後で新羅にたっぷりお礼をしてやらないといけない。想像以上に精神的喜びが強いからだ。これならたった一日限りのものだとしても、満足できる。
例え今日の出来事をシズちゃんが一切覚えていなくても、思い出だけでこれから先も生きていけそうな気がした。それぐらいあり得ない事だったから。

「君の手ってあったかいんだね。俺よりも大きいのが癪だけど、刃が刺さらないから血も通ってないかと思ったよ」
「そんなわけねえだろ。普通じゃねえか」
「そうだね、いつか感情を抑えられるようになったら普通だって認めてあげるよ。俺なんかに褒められても嫌がるだろうけど」
「褒められたら嬉しいぞ」
「そう、じゃあシズちゃんすごい、すごい!だけど薬なんかに頼らないで、ちゃんと自分の力で抑えれるように頑張ってね」

随分と先じゃないとそんなことはできないだろう、とわかっていたからわざと言う。それに対しての答えは無かった。

「でも君がそうなった時、俺は…ちょっと寂しいかもしれないけど」
「臨也?」
「なんでもないよ」

少し声のトーンが落ちてボソボソと呟くように言ったが、すぐに手のひらを握り返す。俺はこのぬくもりを絶対に忘れないと決めた。


text top