「くそっ、本当に最悪だな手前はよお?」 「やだなぁ、最高にビッチだって言ってよ!」 褒め言葉を言ったつもりはなかったというのに、向こうはにっこりと微笑んでいて機嫌がかなりよさそうだった。それを見てため息をつきながら、仕方なくサイケが座るベッドへと近寄った。 ごくりと喉を鳴らして真上から覗き込むと、誘うように臨也が両足を開いてズボンを脱ぎ始めた。唖然としながらその光景から目が離せなくなってしまう。 下半身がじんわりと熱くなっていくのが、自分でもわかっていた。一度味わった快楽に勝手にスイッチが入った証拠で、もう引き返せないと自覚した。 「口ですんじゃねえのかよ。なんでそっちが脱いでんだ」 「え?だってぇ、後ろもう濡れちゃってるから自分のは指でしながらフェラしてあげるって言ってんの」 変じゃないかと言えば、予想の斜め上の答えが返ってきた。頭を抱えそうになりながらもその行為を止めないのは、やっぱり見たいという純粋な欲求だ。どうあがいてもこればっかりは逃れられない。 ドキドキと心臓の音が大きくなるのを聞きながら、まるで見せつけるように不敵な笑みを浮かべて脱いでいく臨也をただ見つめた。 下着まで取り去ったところで、俺にすべてが見えるように寝そべって、自分から入り口付近に手を添えてそこをくぱりと広げて甘く囁くように告げてくる。 「ほら見てて、こうやって簡単に指が入るんだよ…っ、う」 「おい、そんなことしなくてもいいって…!」 「俺がこうしたいんだって。後ろでオナニーするの気持ちよくて、っもう癖になってる、んだからぁ」 凝視しているところにいきなり指が二本程添えられて、それが目の前であっという間に吸いこまれるように消えていった。唖然としていると、じゅぷじゅぷと水音が聞こえてきて自分の耳を疑った。 まるで女みたいに濡らしているのかと理解すると、かあっと頬が熱を持った。同棲の男とは思えない体の構造に、息が荒くなっていく。 「ははっ、よかった興奮してくれない、かと思った。俺からセックスを取ったら、何も残らないからねっ、ほらじゃあしてあげるから。それ辛そうだもん」 「……ッ、うるせえよ」 咥えこんだままの指を引き抜こうともせずに、逆により一層深くまで差し入れて中をぐりぐりと掻き混ぜながらじっとこっちを上目づかいで眺めてきた。 この間みたいにあえぐことなく、しゃべりながら痴態を披露する様はある意味圧巻だった。本当にこれが臨也なのかと、疑うのも無理はない。 こんな状態なのを本人が知ってしまったら、どうなるのだろうと一瞬考えかけて、本来ならもう充分に知っている筈なんだと気がついた。 どんな思いで淫らな行為を受け入れたのか、考えたくも無かった。 何も知らなくて、助けることもできなかった自分が、どうしようもなくただ苦しくて切ないだけだったから。俺の苦しみなんて、臨也がされたことに比べれば大したことが無いというのに。 「そんなに苦しかった?怖い顔してるよ、シズちゃん」 「臨也……」 急に名前を呼ばれて、肩がビクッと震えてしまった。つい険しい顔になっていたので、極力それを緩めて息をつくと股間のあたりがもぞもぞとして既に窮屈だったそこが解放された。 自分がさわっていないのになんで、と思うほど鈍感でもなかった。一応これでも性行為をするのは二度目なのだ。しかし緊張は隠せなくて、手にじっとりと汗を掻いていた。 臨也とすることは純粋に嬉しいが、後ろめたさはどうしても拭えなかった。 「大丈夫、だから…俺の事しっかり見ててよ」 「……っ」 「ん、っ…むぅ、っ、く……」 そっと根元を握りながら優しい音色で言われたので、仕方なく臨也の体を凝視した。わざとらしくお尻を突き出して、指を二本入れたまま俺のモノを咥えた。 なまあたたかい感触と共に、瞬時に心地よさが全身に広がっていた。柔らかい唇で吸いつくように徐々に飲み込んでいって、しかし自分自身の責めも続けていた。 真上から見下ろした位置では指が出し入れされる様子がはっきりと見えていて、それだけで興奮できた。なのに刺激まで与えられていて、あっという間に限界に達してしまいそうだった。 「くそ、ほんとやべえだろこれは…」 快楽を与えられ続けているそこは硬く勃起してはいたが、やっぱりまだ夢中になるまでには至らなくて苦々しい思いに苛まれていた。 本当にこれでいいのかと何度も自問自答していると、いきなり口が離れて行ったので、眉を潜めながら真下を見つめると、バッチリと目があった。 「ん、あぁっ…す、っごいお、っきぃよね?おれ、これ好きだなぁ、おちんちん好きだよ」 舌をぺろりと出して口の端を舐めながら、妖艶な笑みを向けながら卑猥な言葉を動じることなく告げてきた。それを見てこっちが動揺してしまった。 あいつはこんなことなんか絶対思いもしないし、一生言う事なんてないなんてわかっているからだ。 臨也じゃないと比べてしまう自分がどうしようもなく嫌な奴でしかなくて、でも否定せずにはいられなかった。譲れなかった。 「好き…って、手前そんなの…軽々しく口にするんじゃねえ」 「言ったらだめなの?いいじゃん、だってぇ…シズちゃんの、好きだし」 震えそうになる声を必死に喉の奥から絞り出して、自分自身のわがままをつきつけた。こんな臨也なんて認めないという気持ちが膨れていく。 けれどもそれを抑え込むように、はっきりと偽りのない純真無垢な気持ちを表すかのように、本人は言う。こいつに近いところに長い間居て、見続けた俺だからそれが本心なんだと言い切れた。 素直な奴ではないとは思っていたけれど、実際にこうなってしまった今となっては、嘘ばかりで塗り固めて自分が傷ついても弱みを見せない強さのある奴だったんだなと思い知った。 最低な臨也でも好きであればいいと考えていたけれど、いいところはあった。 それに気がつけたのは嬉しかったが、遅すぎた。 間接的に好きだと告白されているようなものなのに、ちっとも心に響くことも喜ぶこともなかった。 「ねえ、シズちゃんって…変わってる、よね?こんなに誘惑してるのに、ちっとも嬉しそう、じゃないし…っ」 「いや、嬉しくなかったらこんなにガチガチになってねえよ」 遂には目の前の臨也も少しだけ悲しそうな表情をしだした。こいつの言い分は間違ってはいなかったが、所詮は男の欲望なんて気持ちとは逆に疼いてしまうの。 吐き捨てるようにそう言えば、いきなりクスクスと笑い出した。その間も右手は自分の中に突っこんで左手は俺のモノをしごく、という動作は欠かさない。 そうしてひとしきり笑った後に、唐突にとんでもないことを言ってきた。 「いいね、それ。なんか、好きになっちゃい…そう、だなぁ」 「は?おい……今、なんて」 聞き間違いかと思ったので、慌てて聞き返した。うっかり体を前のめりにしてしまったので、手元が狂った指が勢いよく弾かれて離れてしまった。 「だから、俺シズちゃんのこと好きになりそうだなって。っていうかもう結構好きかも」 「な、んだって……?」 今度こそはっきり耳に届いたので、呆然とした。 好きな相手からの好意の言葉なのに、微塵も喜べなかった。それは、本当の臨也は津軽の事が好きだという事実を知っているからだ。今のこいつだって、本物ではない。 でも現実的に考えて、臨也は津軽に既に振られている。そうして男達に散々に犯されている。 瞬時に頭の中でそれらがぐるぐると回り、どうしたらいいのか考えた。ここで頷くべきかどうかだ。 どっちが、こいつにとっては幸せだろうかと。 「答えは別にいらないよ。ただ俺が言わずにはいられなかっただけだから」 「俺は……」 真っ白になった頭では、果たして正常な判断ができただろうか。 冷静であったとしても、最良の決断だったかどうかはよくわからなかった。 text top |