「ふ、ざけるな……ッ!その前に飯だろ飯!ありえねえ!!」 「えー…そんなにお腹空いてるの?もうしょうがないなぁシズちゃんは、じゃあ居候させて貰う代わりに作ってあげるよ」 顔を真っ赤にしながら怒鳴ったら、向こうはあっさりと従った。腹が空いていたわけでもないが適当に言ったことを真に受けたようで、俺と入れ違いに台所に立った。 こいつの料理の腕は知らないが、少なくとも俺よりはできる奴だろうと思っていたので任せることにした。 その間に置かれていた荷物を開けて、中身を確認していった。 服や下着意外にパソコンだとかそういうものはわかるが、なぜかボディーソープやら紅茶にコーヒー豆などが入っていて思わず笑ってしまった。 確かに臨也はそういうのにうるさいと聞いていたがわざわざ持ってこなくてもというのもあった。 けれどこういう日用品を使っていれば、思い出すきっかけになるかもしれないとも考えられたので、素直に全部受け取っておくことにした。二人の優しさが今はあたたかかった。 それから臨也は適当に買ってきた食材を使って、見事にカレーを作りあげた。 しかも本人は料理にはそんなに自身が無いなどと言いながら、あれこれと食材以外を入れているのを見たので、普段自分でやらないだけでそつなくこなせる奴なんだと感心した。 見た目以上にうまいカレーを三杯はおかわりした。当然臨也にも食べるように言ったが、そんな気分じゃないと言われて更に半分ぐらいの少量しか食べていなかった。 これでは傷の治りも遅くなると叱咤して、なんとかもう一杯食べさせてやったところでもう限界だと怒鳴られたので勘弁してやった。 そうして洗い物をしている後ろ姿をテーブルに座ったままぼんやりと眺めて、素直な感想を口にした。 「まさかこんな光景が見れるとはよお」 あれから俺の最初の言いつけ通りに名前を呼んでくるし、くだけた口調もほぼ完全に臨也そのものだった。 喧嘩をしないでこうして二人きりで同じ部屋にいることなんて、これまでだったら考えられなかったので、内心では正直戸惑っていた。 こんな穏やかに話せるのが嫌なわけではないが、嫌でないからこそ困っていた。 「元に戻って欲しいのか、そうでないのかわかんなくなりそうだなこりゃ」 まだセックスをして、ご飯を一緒に食べたぐらいしかしていないというのに、すっかり目の前の臨也に嵌りそうな自分がいた。 俺が好きなのはこいつじゃねえとわかっているのに、確かにこいつも臨也の一部なのだ。だから厄介だった。 「ふう、一通りは終わったよ?そろそろお風呂にでも入るの、それとも…」 「そういやあ、これ手前にやるよ臨也」 いきなり口の端を歪めて俺の苦手なあの笑みを浮かべたので、反射的に嫌な予感がよぎった。またさっきと同じことを言うつもりだと判断し、気をそらせる為にさっき荷物から出した鞄を渡した。 どうやら中身はノートパソコンが入っているようで、臨也自身が使っていたものを持ってきてくれたようだった。 さすがに携帯は持たせられないが、これぐらいは必要だろうという軽い気持ちだった。受け取ってすぐに中身を確認して、起動し始めた。すっかりそれに夢中になっているようで安堵した。 「ふーん…まぁいいや。これでいろいろ調べそうだし礼だけは言っておくよ。正直記憶が曖昧みたいだし、ちょっと気になったこともあったんだよね」 「なんだ?何か思い出したのか?」 「思い出したっていうのとは違わないかな?だって俺の記憶は強制的に消去されたんだろう?だったらバックアップが残ってないかとか復元だとか…あぁそうか、人間と同じようにって言ってたね。うん、じゃあちょっと引っかかってることがあるんだ」 なにやら俺にはよくわからない単語を並べていたが、きっとパソコン関係の用語なんだろうと思い顔を顰めた。するとそれをすぐに察知して、わざわざ言い換えてきた。 こういうところは律儀なんだなと思いながら、じっと瞳を見つめた。引っかかっていることというのはなんだろうと、純粋に気になったからだ。 「アンドロイドは普通、夢なんて見ないと思うんだけどさ、気を失っている時に何かそういう類のものを見た気がするんだ。内容は全く覚えていないんだけどさ、なんていうか…それが気になって」 「だから手前はアンドロイドなんかじゃなくて人間だって言ってるだろ?」 その言い方に、いらっとしてしまってつい強く言ってしまった。こいつのせいじゃねえのに、気がついたら不機嫌な表情で鋭く睨んでいた。 いきなり豹変した俺の様子を、しかし臨也は静かに見ているだけで、それ以上の事は口にしなかった。無闇に挑発してこないのが、本人と違って利口な奴だと思った。 「まぁ確かにアンドロイドだって思ってるけど、でもより人間に近いんだなって感じるんだよね。ご飯も食べれるみたいだし、怪我もしてるってことは頑丈じゃないみたいだし」 それだけ言うとパソコンの電源を落として、パタンと閉じた。 そうして今度こそベッドの上に座り込んで、さっき言い損ねた言葉を吐きだした。 「じゃあそろそろ、しようよ?まさか俺と二人きりで部屋に居るのに、しないってないよね?この間あんなにしてくれたのにさ」 「いや、だからそりゃ…風呂が先で…」 「やだよ俺と先にエッチしようよ。シズちゃんの臭いとか嫌いじゃないし、別に汗なんてかいてないんだから…逃げないでよね?」 「…ッ」 先手を打たれた、と思った。確かに俺はできることならこのまま逃げ続けられたらいいと考えていたから、完全に見透かされていた。 この間は勢いでしてしまったが、これ以上こんな行為を続けるべきじゃないのはわかっていた。臨也にとっても嫌な記憶を思い起こされて、決してプラスにはならない筈だった。 頭の中で散々迷っていたら、衝撃的な一言を告げられた。 「この間さあ、セックスしながら言ってたよね?俺の事――”臨也”って」 「…な、に?」 「今の俺は”臨也”だよ。だからしてみたくない?シズちゃん?」 そんなことを口走っていたなんて迂闊だったと歯を食いしばりながら、あまりに魅惑的な言いように胸が高鳴っていた。 この間はずっと自分の事をサイケだと口走っていた臨也が、俺の名前を呼びながら喘いでくれるというのだ。それはもう最高に喜ばしいことではあったが、罪悪感は否めない。 本物の、完全な臨也ではないというのがずっとつきまとっていた。 「その気にならないんなら、今日こそは口でしてあげるよ。一度欲望を吐き出して、まだ満足しないようだったらすればいい。それでどうかな?」 「手前……」 一見正当な提案のように思えたが、しかしそれは無理なことは俺には分かっていた。きっとこいつもわかりきった上で言っているのだろう。 火がついてしまったら、もう止められないなんて、男にはよくあることだ。 そういえば臨也が学生時代にそういう話をしていた時に言っていた。女は先っぽだけ入れさせてって言えば従ってくれるけれど、結局はそんな中途半端で終われるわけがないと。 だからそんなことを言ってくる男には気を付けた方がいいよね、と話しているのをコッソリ聞いていた。 下種なことを考える奴しかそんなことを口走らねえだろうとその時は納得したが、今は逆の状態だった。男同士だから理解できる誘い文句だった。 「ねえいいでしょ?正直もう体疼いてるんだよね。だって元はセックスドールなんだし、当たり前だよね」 「もう薬も効いてねえのに、何言ってるんだ?」 「媚薬なんかなくても、俺の体はいつでも快感に従順で自分で濡れるぐらいには淫らだよ?」 催淫剤でおかしくされていたという話はしたというのに、そんなものはなくてもいつでも感じていると言ってきた。 それが嘘とも思えなかったが、ということは臨也が元に戻ってもそうなのかと思ってしまった。一瞬だけまた俺以外の男にねだる姿が浮かんで、苛立ちが強まった。 「そんなの、許せるわけねえだろ…」 顔を俯かせながら握り拳を作ったが、その手を取って臨也は穏やかな音色で言ってきた。 「さあ、早くシズちゃんのおっきぃので、奥まで満たしてよね?」 text top |