it's slave of sadness 21 | ナノ

「あーもういい加減にしろ!何回すりゃ気が済むんだ手前は!」
「はっ、は…ぁ、らってぇ、からだ、あつい…し…っ」
「っつーかおかしいだろそりゃ!普通の人間がこんなにセックスできるわけねえんだよ!新羅に見てもらうしかねえよ、ったく熱があるだけだったら怒るぞ俺は」

あまりにも安易に考えすぎていたようだった。結局あれから五回以上はしているというのに、あいつは根をあげるどころか何度も必死に縋ってきて埒があかなかった。
いくらなんでもこれは変だと気がついた時には、こっちの性欲もすべて吸いつくされてしまったかのような酷い状態だった。本当に最悪だった。

「信じられねえ奴だな…正直につきあった俺がバカみてえじゃねえか」

ため息をつきながら服を身に着けて、臨也の下着も探してはみたが白いコートしか見当たらなくて、悪趣味すぎると舌打ちをした。
確かにこんな状態では一人では逃げられないのは仕方がないだろうと思えた。とにかくしっかりとコートの前を閉じてやり、そのまま体を抱えて歩き出した。
壊れた扉から出ようとしてそういば入口が開きっぱなしだったことに気がついて、今更ながら恥ずかしく思った。近隣住民にはさっきの行為の声が延々聞こえていただろう。

「死にたくなってどうすんだ…」
「どこ、いくの…?ねえ、おれそとにはでるなって…いわれ…っ、ぐ!?」

不安げな表情で俺の事を見つめて、そのまま駄々をこねそうな勢いだったので仕方なく軽く腹を殴りつけて気絶させた。こんな乱暴な方法なんて取りたくはなかったが、致したなかった。
人目につかないように新羅の家までどうやって連れて行けばいいのだろうかと考えながらマンションから出たところで、見慣れた黒バイクが目に入ってきた。
そして周囲には逃げたとばかり思ってた奴らが転がっていて、驚きに目を見開いた。こいつらが出て行ってから随分と時間が経っていたのだから、狼狽するのもしょうがない。

「遅くなって、悪かった…」

友人にそう告げると、まるで気にした様子も無くPADを手に取って何かを打ち込むとそれを見せてきた。
一瞬そこに書かれている内容にどうしようか迷ったが、一人では限界があるのがわかっていたので大人しく従うことにした。
こいつを手放したくないという我儘を言っていられる状況でもなかったからだ。
臨也の体を差し出すように目の前に掲げると、その周りに黒い影が纏わりついて存在を隠すようにしながらバイクの後ろに乗せられた。これなら確かに目立たない。

「よくわかんねえけど、ヤバイみてえだから診てやってくれ。俺もすぐ行くからよ」

それを伝えると、すぐにエンジンの音の変わりに馬の嘶きが聞こえてきて、一瞬にして目の前から走り去ってしまった。
ぼんやりと姿が見えなくなるまで見つめた後、失ってしまったぬくもりの感触を思っている暇なんかないと、自分自身も走り出した。俺が着く頃には、なんとかなっていて欲しいと願いながら。

「で、どうなんだよ?」
「結論から言うと……これ以上はどうしようもないってことだ。あ、待って!怒らないで聞いてよ!本当にお手あげ状態なんだって!薬の効果はもう完全になくなってるし、傷だって回復してきてる。でも精神的な部分については、他の医者に見せようと同じなんだって。ショックを受けた心が元に戻るかどうかなんて断言できないし、こうなってしまった経緯もわからないんじゃしょうがないんだって!」

必死に叫び声をあげる新羅に対して、それ以上怒鳴りつけるのは無駄だと判断した。きっとこいつの言っていることは正しいのだから。
俺だって目の前であの変わりようを見てしまったのだから、どうにもならないことぐらい理解していた。それでも、なんとかして欲しいという希望を抱いていたのだがやはりダメだったようだ。

「一つの考えとして、脅されてあんなことをされた臨也が取った防衛策なんだと思うんだ。自分を他人に見立てて演じ、あんな仕打ちを受けたのは自分じゃないと思い込むことで傷つくことを守ろうとしたんじゃないかな?まぁ他にもあいつらが臨也に対してお前はアンドロイドのサイケだと言い続けて、強い薬を使い続ければそうなのるのかもしれない。とにかく元の状態に戻す為には、まず本人が考えている誤解を根気よく変えていくしかないと思うんだ」
「違ぇよ、あいつはサイケになりたかったんだ…」

新羅には聞こえないように、ボソボソと小声で呟いた。聞こえていたところで、きっと意味は分からないだろうことはわかっていたのもあった。
臨也が津軽の事を好いていたかもしれないことは、俺しか知らない。津軽さえ気がついていないと思う。
でも録画されていた映像を見た俺には、二度も津軽に対してサイケが好きなのか問いかけたのは、きっと少なからず気持ちがあったからなのだとしか考えられなかった。
何があっても弱みを誰にも見せないようにしていたあいつが、今にも泣きだしそうな弱々しい表情を津軽に晒したのは、そういう意味にしか取れなかった。
そうして自分の想いが届かないとわかってサイケと津軽を引き合わせ、身代わりのように自分自身が厄介ごとに身を投げ出したのは、二人の事を想ってなのだろうと。
あいつが誰か他人の為に悪事以外のことをするなんて信じられなかったが、好きな相手となればできるのかもしれない。
俺だって今同じように臨也に対して恋心を抱いているのだから、きっとそうなのだろうと思った。ただの独りよがりの考えかもしれないが、そうであって欲しいと願った。

「とにかく臨也のことは俺に預けてくれねえか?笑われるかもしれねえが、俺はあいつが…」
「そう言ってくれると思ってたよ!静雄は臨也の事が気になってしょうがないみたいだし、お似合いだと思うよ。そうとなれば今すぐ準備しようか!」
「え、おい新羅、ちょ、ちょっと待て」

まだ最後まで言っていたなかったのに、まるですべてを知っているみたいな言い方をされて焦ってしまった。
俺にとっては一大決心の気持ちだったのに、あまりにも軽く受け流されてしまってなんだか恥ずかしい気分になって慌てた。
しかし薬やら包帯やら一式を渡されるまでにはそう時間は掛からなかった。そうしてあっさりと臨也が俺の家で世話をすることになるが決まってしまった。

「新しい俺のマスターってこと?まぁよくわかんないけどアンドロイドは人間には逆らえないし、こんな狭いところでも我慢するよ」
「手前の頭の中はどうなってやがんだ。むかつくところだけは変わらねえじゃねえか」

とりあえず当分の間は津軽とサイケには臨也の家で過ごしてもらうことにして、臨也の着替えなどだけをここに運ばせていた為に、扉を入ってすぐのところに山のように袋が置いてあった。
二人には臨也を見つけたとしか報告しておらず、当分は会えないとだけ伝えていたので、きっと心配したサイケがいろいろ持ってきてくれたのだろうと思った。
あいつは本当に主人思いというか、臨也のことを心底好いていて気にしているのだ。津軽とは大違いだと思いながら、とりあえず部屋に通してやった。
物珍しそうにキョロキョロと部屋を見回す後ろ姿を見ながら、とりあえず帰りがけに買ってきた二人分の食材を冷蔵庫に入れようとした。
扉を開けたところで、既に中身が詰まっていたことに驚いた。アンドロイドというのはここまで気がつくのかと感心するほどの気の回しようだった。
とりあえず自分で買ってきた物を無理矢理に詰めこんで、やっとのことで戻ると臨也が既にベッドの上に寝そべってニコニコと笑っていた。
嫌な予感がしたので、何かを言われる前にこっちから声を掛けた。

「いいか今からお前はサイケじゃなくて折原臨也っていう名前だ。それからアンドロイドじゃなくて、人間として俺に接しろ」
「いきなり随分な言い方だよね。まぁでもマスターの言う事には逆らえないから、別にそれでもいいよ。で、俺はなんて呼べばいいのかな?まだ名前聞いてなかったよねえ?」

とにかくサイケでもアンドロドでもないというところから覚えさせなければいけなかったのでそう言ったのだが、逆にこっちが尋ね返されてしまった。
なんと言うべきか一瞬迷って、それで自分の頬が熱くなっていくのを感じながらそれを口にした。

「俺は平和島静雄だ。いいか、笑うなよ……お、俺の事はシズ、ちゃん、って呼べ…わかったか!」

「あははっ、なんで怒ってるの?いいよシズちゃんで。人間として接しろってことは敬語とかいらないってことかな?確かにその方が楽かもね、いいよ」
「くっそ、笑うなって言ったのにこいつは」

軽く舌打ちしながら、無邪気に笑みを浮かべてくる臨也の表情が一瞬だけ鋭く睨まれた気がした。
もしかして俺の名前を覚えていてそれでなにか思い出したのかと期待しかけたのだが、どうやら違っていたようだった。

「それでさあ、シズちゃんお願いがあるんだけど?」
「なんだ、よ」

本能的にこれはダメだと頭の隅で感じながら、それでも外れて欲しいと思いながら返事をした。しかし見事に、俺の思い描いた通りの事を告げてきた。

「セックス、しよ?」

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