it's slave of sadness 19 | ナノ

新羅の家を出る間際に、言われたことがあった。
もしかしたら臨也だけでは今回のことは起こらなかったかもしれなくて、まだ可能性が未知数なアンドロイドのサイケが絡んでいたからこんなことになったのではと口にした。
俺には思い当たる節ががあったから、少しだけ驚いた。
切羽詰まった表情で襲い掛かってきたサイケの表情が、頭から離れなかった。
そうして最中にも懸命に臨也を演じていた姿と、最後に自身が臨也本人の性格を元にして作られているということを何度か主張してきたこと。
それに胸騒ぎを覚えていた。もしかして俺は根本的な間違いを侵していたのではないかと。
だけれども最後に津軽の前にあいつが現れた時の映像も見せられて、やっぱり津軽の事を想っていたとしか見えなくて、それが邪魔をしていた。
やっぱりわかるわけがない、本人に聞くしかないという結論に至ったが、事態はそこまで簡単では済まなかった。


教えられた場所に見覚えはなかったが、最後に臨也を見掛けた地点から数分も離れていなかった。遠くに行ったわけでもなく、こんな近くに居たのに今まで気がつけなかったことが心底悔やまれた。
後始末はするから好きにしてくれと言われていた通りに、まず鍵をぶち破って激しい金属音を立てながら部屋に侵入した。

鼻をつくほど強烈な雄の臭いに眉を潜めながら部屋をぐるりと眺めるとそれなりに広い部屋だったので男達が二十人ばかりいた。
椅子に腰かけて酒を煽りながら談笑している者達の前で、その一角だけが別世界のように淫らな行為が行われていて、聞きたくもないあられもない声がひっきりなしにあがっている。
その声の主の姿は数人の男達に囲まれて俺の位置からでははっきりと見えなかったが、白いコートと黒い髪に見覚えがありすぎた。
目の前に転がっていたドアを軽々と手にして、怒りのあまり声さえもあげずに無言でそれを振りかぶって、悠々と座り見世物のように眺めていた男達にまず投げつけた。
一瞬にして悲鳴と物が壊れていく激しい騒音が響き渡ったが、耳に届いた時には群がっていた男達の一人の胸倉を掴んでいるところだった。
だが一人ずつ相手にしている時間すら惜しくて、掴んでは後方に投げて、また握っては放ってを何回か繰り返した。そうして最後の一人を投げ飛ばしたところで、改めて部屋の中を見渡した。

動けなくて呻き声をあげながら転がってる男達以外は、ほとんどが怯えて逃げ出している筈だったからだ。
もし残っているとしたらそいつが主犯だとわかっていたので、無傷にもかかわらず呆然と立ち尽くす男を今度は標的にした。

「ちょ、っと待て!いいのか?証拠の写真や動画はいくらでもバックアップしているし、それをバラまくのは簡単…」

「うるせえ!」

いちいち相手にしてしゃべるのすら面倒で、一度腹の底から怒鳴りあげて拳を強く握りながら振りかぶり、勢いのままに野郎の頬に叩きつけてやった。
そいつは壁に向かって一直線に吹っ飛んで、背中が半分以上中にめりこむぐらいにぶつかって、そのまますぐに動かなくなった。
もっとボコボコにしてやりたい気持ちを堪えながら、数秒で静かになった部屋の中心でゆっくりと息を吐き出した。しかしもう誰もいなくなったはずなのに、ゴソゴソと物音がしてありえない声が聞こえてきた。


「ふ、あぁっ…き、もちぃ…っ」


振り向くかどうか一瞬だけ迷ったが、絶望的な気持ちのまま振り向くと想像のままの姿がそこにあった。
全身を白濁液でどろどろにしてほとんど体にひっかっかっているだけのコートを引きずりながら、そこら中に落ちていた卑猥な道具の一つを手にして自慰している臨也の姿だった。
瞳は、全く俺の方なんか見ていなくて玩具に夢中になっているようだった。
あまりにも耐えがたい、光景だった。

「ふ、ざけんな…ッ!おい臨也、手前なにやってんだよ!!」

ここで怒るのは完全に間違っているとわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。
一番はこの俺を見て、今起こったことを眺めていても、顔色すら変えずに自慰行為に没頭しているのに腹が立った。想像以上に、酷い姿だった。
臨也の両肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら俺の方を向かせて、目があった。けれどこいつは信じられないことを、呟いた。

「んっ、あ…ね、えおちんち、んいれて?」

誘うように手に握っていたバイブを出し入れしながら腰をくねらせて。

「サイケのなかに…っ、ぶっといのいれてよぉ、っ、あ」

「は?」

すぐには意味が理解できなかった。何の冗談だと言おうとして、しかし喉がカラカラに乾いていて出るべき言葉は紡がれなかった。全身から一気に汗が噴き出して額から滴っていた。
本能的にヤバイ、とすぐに察知したが認めたくなかった。
歯軋りをしながら、どう次の一言を切り出そうかと思案しているうちに向こうがとどめを刺してきた。


「んあぅ、っ…お、ねがいします、サイケのなかにいれて、ください…おちんちんがはいってないと、おれ、おかしくなっちゃう、から…」


いつも見ていたから、わかった。それが本心で、本気で俺に縋っているんだということを。
一瞬にして力が抜けて、その場に崩れるようにして座り込んだ。こういうことに疎い俺でも理解できた。
臨也が、完全におかしくなっているということを。
俺の名前すら呼ばずに、自分の事をなぜかサイケと呼びながら、みだらな行為をしてくれと必死にせがんできた。確かに臨也なのに、臨也らしさのかけらもない。

「誰だよ、手前は…な、んでこんなことに、なっちまってんだ?」

「おれ、へんたいでぇ、まぞな、おにんぎょうだ、から…すき、にして?どろどろの、ぐちゃぐちゃ、にして?せい、えきだいすき…だから」

返事は返ってこないと思っていたのに、次々と卑猥な言葉を口にしてまだセックスをねだり続けていた。普通だったら興奮するような言葉の数々も、俺にはただ暗い気持ちになるだけだった。
激しい怒りの衝動が、行場を失って内側でぐるぐると渦巻いていた。

あまりに耐えられなくて、それを己に打ちつけようと拳を握りしめた瞬間に遮られるように腕を取られた。


「なんで?してくれないの…?おれ、こうすることしか、わからないから…ひとり、にしないで?」


「な…ッ…」

弱々しい訴えだったが、今のこの状況を臨也本人にも覚えがなくて戸惑っているんだと感じた。本心からの叫びを見逃すほど、俺はバカではなかった。
不安げに見つめてくる瞳にぎこちなく微笑みかけて、戸惑いながらも決心して尋ねた。

「なあ、セックスをしたら手前は安心するのか?俺の言う事を聞くか?」
「なんでもする、から…っ、抱いて?」

その一言に、理性が完全に吹っ切れてしまった。やり場に困っていた衝動そのものをぶつけるように、服の上から汚れるのも構わずぎゅっと強く抱きしめた。ぬくもりがあたたかった。
ずっとこうしていたいと思っていた想いが、最悪の形で叶えられたことを悔やみながら、それでも嬉しくて抱きしめ続けた。

「ないて、る…?」
「うるせえ!」

すぐに指摘されたので、反射的にいつものように返事をしてしまったが、震える体を隠すことなく一層胸の中に頭をうずめさせてやった。
うっかり零れてしまった涙をシャツの袖で拭って、鼻を鳴らした。こんなところで泣いている場合ではなくて、しなければならないことがあったからだ。

「きんちょう、してる?すごく…しんぞうのおと、するよ」
「わかってるよ…」

確かに見掛けではあのアンドロイドと似ていて、子供っぽく無邪気に笑いかけているようだったが、やっぱりいくら誤魔化そうと臨也だった。
人の神経を逆なでしてくるようなことばかりを言うのは、あいつしかいない。
俺の予想に反することばかりして、翻弄してくるのはあいつしかいなかった。

「本人の了承なしにするってのは気が引けるけどよお、誘ったのはそっちなんだから言い訳させねえ。後で怒られても、知らねえからな」

「はやく、しよ?」

きっと聞いてはいないだろうが、一応前置きをしてそれから体を離してじっと見つめた。キスがしたいと思ったが、そこまでの勇気はなかった。
俺に敵意がないことを示すには、今はセックスをする以外にないと思ったからだ。こっちの気持ちだけで行動を起こすには、まだ早かった。それは、臨也本人にしなければ意味がなかったのもある。
酷い仕打ちを受けてきたこいつを、まずは安心させてやるのが先決だった。その方法がセックスしかなくても、もう迷わなかった。

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