「俺に意味がわかるように話してくれ…」 「だから!臨也くんが…ッ!!」 「サイケ、落ち着け」 急いで向かって着いた途端にいきなり白いコートを着たサイケが抱きつくように縋ってきて、さすがにぎょっとしながら必死に体から引き剥がした。 津軽がどのぐらいこいつのことを想っているかは、よく知っているので静かな視線に耐えられなかったからだ。 それにしても昨日とは大違いの態度だと思いながら、沈着冷静な津軽の話を聞いた。首をひねりながらゆっくりと聞き続けて、とにかく何かヤバイらしいことだけはわかった。 発端はサイケが壊れてここ数日のの記憶が無いことと、いつもなら絶対持ち歩くはずの携帯を置いて、アンドロイド二人に対してどこに今居るかわからないようにしているということだった。 最近は何かの仕事をサイケにも手伝わせていたにも関わらず、場所を明らかに特定させないように行動するのはおかしかった。 臨也らしくない。 しかもアンドロイドが壊れた代わりに自分が仕事をしてくると津軽にも言っていたらしいし、俺の前にもあの姿で現れたのだから間違いはなかったのだが。連絡を切っているのは不審すぎた。 記憶が消去されているにも関わらず、いつも傍にいるだけあってどうやら何か危険を感じ取っているらしい幼い人形が、ずっと騒ぎ立てていた。 俺もそうしたい気分だったが、逆に落ち着けと言い聞かせてとにかく何がどうなっているのか考えた。 「あーそういや、記憶がねえってことは昨日のことも忘れてんだよな?」 「昨日?俺もしかして静雄さんと会ったの?」 「あ、あぁ。大したことなかったから問題ねえけどよ」 訝しむように眺めてくる無邪気な視線をかわしながら、覚えてないならあえていう事ではないなと口を噤んだ。向こうは懸命に何があったのかと尋ねてきたが、答える気は全くなかった。 言えるわけがないのだ。津軽の前で。 「はぁ、新しいプログラムって何だったのかな?それがもしかして合わなくて壊れたのかもしれないけど…っていうかなんか壊れたっていうよりは強制終了させられたみたいだったよ」 「そりゃどういうことだ?」 「あのね、臨也くんの音声でしか認識できない言葉のパスワードがあってそれが書き換えられてたんだ。その言葉を言われるとその場で動けなくなって、暫くは自力で回復できなくなるんだよ。アンドロイドが暴走しない為の措置なんだけど、俺が壊れかけてたから使ったのかな?とにかく何かがあったのは間違いないよ」 「壊れてた…か」 ふと昨日のサイケのことを思い出して、確かに雰囲気が全然違うとはいえ切羽詰まってた感があった気がした。 終わった後に臨也を装って襲ってきたことを咎めなかったし、きっと本人の差し金だろうから詳しくは聞かなかったが、最後には謝りつつこれは全部臨也の為なんだと言っていた。 その時の様子が、思いつめたような感じで尋常ではなかったように思えた。今となっては真相はわからないが、問い詰めればよかったと後悔した。 「っていうか、とにかくあいつを見つけて問い詰めちゃいいんだよ。こんなところで考えてるのも性にあわねえし探しに行ってくる」 「俺も…!」 「サイケはまだ起動したばかりだからダメだって。それに臨也に何か起こってるなら、同じ顔のサイケだって危ないかもしれない」 もっともな意見に俺も同意を示した。 幼げな表情のまま頬を膨らましてガックリとうな垂れたサイケの頭に、そっと手を置いてやって撫でた。こいつが悪いわけじゃないからそうしたのだが、ふと視線を感じてすぐに手を離した。 臨也に対してはふれるなと言っておきながらこれはさすがに津軽に悪いと思ったからだ。こいつらができてるのは、もういつものいちゃつきっぷりで充分に知っている。 同じ顔なのに全然違う二人が羨ましいとか、そういうことを思っていたり……するし。 「心当たりを一通りあたってみるわ。まぁまだ居なくなって半日くらいじゃわかんねえかもしれねえが、すぐに探 してきて殴らねえと俺も気がすまねえ」 もし本人が帰って来たら連絡だけはすぐにしろと言って、そのまま外に出た。とりあえず事情を知っている新羅ぐらいなら話をしてもいいかなと思っていた。 池袋のどこかに居るのはわかっているのだから、なんとしてでも見つけてやると、唇を噛みしめた。 しかし結局それから手がかりが見つかったのは三日後で、あんなに派手な白いコートを着ていたにもかかわらず目撃情報すらないのはおかしいと新羅が言っていた。 だから本当にやばいことに関わっていて、臨也の情報が規制されているのではないかというところから探したのだ。 そんなにも時間が掛かったのは、やっぱり起こっていたことが相当な出来事だったからで、嫌な予想は見事に当たっていた。 アンドロイド達が情報をハッキングしても掴めなかったのは、完全にそれを知っていて遮断していたからだった。 俺達に探されるのを予測して臨也が何か自分でしていたのかはわからないが、とにかく目を逸らさせる為としか思えない偽の情報も多々あってとにかく時間が掛かった。 だから新羅からこれが本物だと言う情報を教えられた時には、すぐには信じられなかった。それも嘘であって欲しい、という内容だったからだ。 「な、んだって…?」 「だから、情報屋の折原臨也と同じ顔をしたセックスドールがここで飼われてるっていう話だよ。四日以上前からね」 「おい冗談だろ?」 「だといいんだけど」 旧友は舌打ちをしながら、吐き捨てるようにそう告げてきた。それがどういう意味を現しているかなんて、これだけ長く一緒に居ればわかっていた。 とても信じられないが、その噂が本当の事なんだということを。 「あいつがそんなことを受け入れてるなんて思えねえけどな。すぐには納得できる話じゃねえだろ。そう思わねえか?」 「確かにおかしい話だと思ってたから一度は嘘だと思ったよ。けどこれは臨也がいなくなる前からある話らしくて、それってサイケが仕事をしだしたっていう日付と一致しないかな?つまりサイケはどうしてかそういう仕事をしていて今は本人がそれを引き継いでるってことなんじゃないかな。最近の情報ばかり探してたからすぐには見つけられなかったけど、四日前ぐらいなら目撃情報も多いし抜けがある。臨也のもみ消しが間に合わなかったんだろうね」 「じゃあなにか?サイケが失敗した仕事を引き継げって誰かに脅されていかがわしいことをしてるってことか?」 俺には全く考えられない話だった。 用意周到で自分がけしかけたとしていてもほとんどそれを表に出さず、例えば来神時代に暗躍して俺を陥れていた話だとか思い返すと、脅しに屈するような奴じゃないのははっきりしていた。 あとあいつは顔も小奇麗だし、女にもモテてやがったからそういう変な話があってもおかしくないかもしれないが、少なくとも自分からセックスを望むわけがない。 どちらかというとそういう行為は淡白で興味ないんじゃないかと思う。なんとなくでしかないのだが、臨也とそういう行為が結びつかない――と考えていてふと気がついた。 「それ、当たってるかもしれねえ…」 「え?なんか心当たりでもあるの?っていうかなんで静雄がそんなこと知ってるのさ!」 頭の中には白いコートを羽織った臨也が腕を掴まれた瞬間に少しだけ垣間見せた、艶っぽい表情が浮かんでいた。 俺はあれを見て動悸が余計に激しくなったし、見ようによってはエロっぽい雰囲気を醸し出していたとも取れる。笑顔で微笑みかけられたことで忘れかけていたが、あれはおかしかった。 少なくとも毎日津軽に見せられていた素の臨也でも、あんな表情はしていなかった。ということはあの時既に誰かに脅されていたとでも言うのだろうか。 まだ横で新羅が喚いていたが、それを一喝して黙らせると場所を聞き出してすぐに一人で向かうことにした。俺に対して頼む、と告げてきた友人はすぐに事情を察してくれた。 もう三日も経っているから、どんなことが起こってるかわからないが、とにかく俺が行かなければいけなかった。 俺があいつを救い出したかった。他の誰にも、これは譲れなかった。 text top |