RESET7 | ナノ

「…おい、おい聞こえてるか臨也?」
「えっ?あれ、ごめん聞いてなかった」

不意に肩を叩かれてビクンと全身が過剰に跳ねた。そして横を向くと、驚いた表情でこっちを見ているシズちゃんと視線があって慌ててしまう。
会っているのに注意力が散漫になっているなんて、と自分自身を心の中で叱咤した。新羅の家で手当を受けて待ち合わせ場所に行き、一緒に食事をして今は公園のベンチに座っている。
俺はコーヒーを買って飲んでいたけれど既に空になったのでぼんやりしていたらしい。隣で新作のコンビニプリンを食べていたシズちゃんも食べ終わっている。

「どうした?なんかあったのか、悩み事か?」
「ううん、ちょっとぼんやりしてただけだよ」
「なんか最近多くねえか?」
「シズちゃんの前だと気が抜けちゃうのかもね」

はぐらかすように言ったけれど、さっき新羅にも言われたばかりだし自分でも気にしてはいた。とっさのことに対処する能力が著しく低下していて、すぐに頭の中が真っ白になる。
そして浮かぶのは、この世界から居なくなったシズちゃんを探し続ける俺の姿で。悪夢どころか、白昼夢のようにことあるごとに思い出していた。
今の生活に満足しているし、友達という選択肢を選んだことを後悔してはいない。だけどもしもっと早く気づいていれば、と同じことばかりを考えてしまう。

「ねえそうだ、たまにはドタチンや新羅も呼んで四人で飲まない?大勢で楽しく過ごしたい気分なんだ」
「あ…?ああ、そうかまあ、たまにはいいよな」
「休みの度に俺とばっかり過ごしてたら、シズちゃんの友達が本当にいなくなりそうだし」
「なに言ってんだ?手前がいるだろ」
「そういうことじゃなくて、ね」

背伸びをしてベンチから立ちあがるとポケットに手を入れて歩き出す。シズちゃんの誘いにつきあってきたけれど、二人きりということに少しだけもやもやした気持ちを感じていた。
嫌じゃないし嬉しいことだけど、俺の行動は本当に正しいのだろうかと。
楽しいけれど上司や後輩に、他の知り合いの約束を断っていることぐらい調べなくてもわかる。友達として一緒に居たいと言ってきたのは向こうだったけど、べったりしすぎじゃないかと不安を覚えてしまう。
もし今俺が仕事で忙しいと断ってしまったら、心底傷ついてしまうのではないかと思えて。
でもそれは居心地のいい相手の傍に居られなくて悲しんでいるだけだ。恋人同士だったら二人きりでも問題ではないけど、友達というものだったら違うだろう。

「二人には連絡しておくから、都合のいい日にね」
「次の休みと合えば嬉しいんだけどな」
「そこは調整してみるよ。どうせなら楽しく飲んで騒ぎたいし、シズちゃんのことならなんでも知ってるんだからそれぐらいわかるって」

何気なく口にした後に少し恥ずかしいと思ったけれど、友達だから深い意味に取られたりしないだろうと開き直る。俺は好きという気持ちからしゃべっているけれど、きっとシズちゃんは別の意味にしか取らない。
本心がそのまま伝わるのではないから、後先考えずに言葉が自然と飛び出すようになっていた。伝わるうちに、伝えたい相手に言えればよかったのにと一瞬だけ気持ちが沈みかけて。

「やっぱり臨也が友達になってくれてよかったぜ」
「えっ…?」
「最近穏やかになったな、とか変わったって言われるのが嬉しいんだ。多分全部手前のおかげだ。ありがとな」
「シズ、ちゃ…ん」

改まってお礼を言われて照れ臭いなと浮かれる気分にはならなかった。むしろ胸の傷を深く抉られて痛みを思い出しそうになってしまう。
好きな相手に、友達でよかったなんて言われて喜べるわけがない。それでも笑わなければいけなかった。

「うん嬉しいよ、俺も」

そう返事をしながら、こうやって笑顔を作りながら心の中で泣きそうになるなんて何度繰り返しただろうかとため息をつきたくなる。でもこうすればシズちゃんは必ず同じように笑ってくれるので、やめられなかった。
鏡の前で笑う練習だってしたし、やっぱり俺は気持ちを偽ることには長けていると自分で思った。きっとこれからも一生恋心を抱えながら、心の中では涙を流し続けるんだろうなと諦めている。
前の時はそれでも可能性はあったかもしれないのに、無くしてしまった。二度とチャンスはないし、現状を維持する努力しかできることはないだろう。
それでもまだどこかでシズちゃんを信じたいという気持ちはあったけれど、望んだものを得られることはなかった。


「君達二人が揃って来ることがあるなんて夢でも見ているみたいだ」
「いいよ、ドタチンもおかしいと思うなら言ってくれても」
「そんなことない。びっくりしただけだ、気を悪くするな臨也」

数日後に新羅の家で久しぶりに皆で集まることになったので、当然シズちゃんと待ち合わせて二人で向かった。なんとなく言われるであろうことは予想していたので、事前に怒らないようにと二人の間で話しはしていた。
だけど少し機嫌を悪くしたのが空気で伝わってきたのでため息をついて、さっさと家の中にあがりこむ。察してくれたらしいドタチンがシズちゃんにも声を掛けてくれたので多少は元に戻ったけれど、さっさと酒を入れてしまおうと思った。
こうして四人で会うのは学生の頃たまに一緒に過ごしていた以来で、シズちゃん以外の人間とゆっくり話す機会も久しぶりだった。一年以上前につきあい始めて、三ヶ月も居なくなって、それでこうして過去に戻って。
振り返れば振り返るほど、俺にはシズちゃんだけだったんだなと思う。今も変わらないけれど、少しぐらい他に目を向けてもいいんじゃないかと考えて。

「あの店ドタチンが仕事したんだ?なんとなくそうじゃないかって予想してたけど。今度もう一度行ってみようかな」
「俺も仕事した後に行ってねえし、そん時は俺も誘ってくれ」
「いいよ、じゃあ時間空いたらまた連絡するよ」

持ち込んだ酒は随分と消費していて、部屋の中も随分と静かになっていた。新羅は割と酒には弱いし、シズちゃんも俺がわざとチューハイを何本も勧めて酔わせたのだ。
好きだけど意地悪してやりたかったのだ。こういう時じゃないと本気で怒られるだろうし、まあ正直寝顔を見たいなと思ったのでそうした。計画通りにシズちゃんはソファに横になって眠っている。

「そういえば臨也、ちょっと前に怪我したって聞いたけどもういいのか?」
「へえドタチン一体どこで聞いたのかな?俺あんまりそういうこと人に言わないからどこ情報なのか気になるなあ」
「あー…いやたまたまだ。静雄とやりあったのかと思ってたけど、仕事でなんだろ?なんか危ないことでもしてんじゃねえのか」
「俺の事心配してくれるんだ?嬉しいなあ、でもいつものことだから心配ないよ。でもそうだね、近いうちにさっき言った店がなくなるから明日かあさってにでも行った方がいいかなあ」

まさかドタチンにまでそんなことを言われるとは予想していなくて、なんだか少し嬉しくなった。酒が入っていて気分もよかったし、だから俺が知っていることを教えてあげることにしたのだ。
数日後にさっき話題になっていた店は警察が入り潰れる。俺が関わっているからではなく、一度経験したことだからよっぽどのことがない限り外れはしないだろう。
しかし思惑通りに考えてくれたのか、急に顔を顰めてじっとこっちを見た。

「お前なあ…一応あの店には世話になったし、できれば潰れて欲しくないんだが」
「でももう遅いよ。いくら手を回しても警察にバレてるから難しいね。まあいいじゃない、俺明日も空いてるから一緒に行く?」
「そりゃあなんとしてでも都合つけて行かないといけねえな。店に顔出して知り合いに少し話だけでもしてやらねえと…」
「手遅れになる前にわかってよかったね。じゃあ二人で明日また夕方にでも待ち合わせて」

酒では顔色を変えていなかった彼の焦った表情が見れて、やっぱり俺はこういう話の方が性に合っているらしい。久しく忘れていた好奇心に胸が躍っていたら、急に声がした。

「おい待てよ臨也」
「ん?シズちゃん起きた…の?えっ、ちょっと…!?」

いつの間に起きあがっていたのか、ふらつく足取りで耳まで赤くしたシズちゃんがこっちに来た。寝起きだからなのか、すごく機嫌が悪く見えたのでなんとなく嫌な予感がしてしまう。
そして考え通りに無言のまま俺の手首を掴むと引っ張って部屋の外まで連れ出される。こっちを見ていたドタチンは唖然としていた。俺だってわけがわからない。

「なに、なに!?どうしたの…」
「なあ手前、俺の事好きっつったよな?」
「……え?」

廊下に出ていきなり小声で問いかけられて、絶句してしまう。俺がシズちゃんに告白したことはあれっきりで話題に出ないと思っていた。
忘れてくれと言った通りに振るまってくれていると勘違いしていたけれど、どうやら違ったようだ。目の前がぐらりと歪んで、刺すような痛みが胸を襲った。

「友達だけど、好きなんだろ?だったら他の奴と出掛けるんじゃねえ、俺といろ」
「ど、うして…そんなこと言うの?」

突然のことにまともに思考が働かない。凄まじく不機嫌そうにこっちを睨みつけていたけれど、いきなり傍の壁に手首を押しつけられ壁とシズちゃんの間に挟まれてしまう。
距離が近い、と見当違いなことを考えながらバクバクと鳴り響く心臓をおさめようとする。目線を逸らしながら戸惑っていると、身動き取れないように密着して顎を掴まれて。

「いいから、俺の言う事聞けよ」
「えっ、待って……!?」

慌てて制止の声をあげたけれど聞いては貰えず、唇があたたかいもので塞がれた。その瞬間全身が焼けるように熱くなって、心が冷たく凍えてしまったかのように感じられて。

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