it's slave of sadness 28 | ナノ

シズちゃんの家に連れて来られて、もう一週間以上も過ぎていただなんて驚きだった。でも幸せな生活は長くは続かなかった、あんなにも思い出さなくていいと言われたのに思い出してしまったのだ。
今は、あの時間がどれほど幸福な時間だったかがわかる。こんなことになる前の俺には手に入れられなかったものが、全部簡単に手にしたのだと知った。
どんな気持ちであんな壊れかけの状態の俺を引き取ってくれたかなんて、考えなくても理解できる。同情だ。しかも津軽やサイケにキツく言われたからに違いない。
そうしてシズちゃんの都合のいいように動くお人形の俺が純粋に慕ったから、それに応えただけだ。一心に愛を囁かれたから、受け入れただけの偽りの関係。でも嬉しかった。
だって目を閉じて思い返せば、シズちゃんの声が蘇ってくるから。

『恋人同士だからこうやって抱き合ってんだ』

頭の中でシズちゃんの言葉を繰り返していたけれど、唇からは全く関係のない言葉しか紡がれなかった。

「ん、あぁ、あっ…き、もちいぃ、よぉ…もっと、もっとおかひて、くらさいっ…まだ、まだたりない、っ…!」
「おいおい久しぶりで薬が強すぎたか?もう手前俺に腹いっぱい中出しされてるじゃねえか。ちょっと休憩するから玩具で遊んでろ」
「やだぁっ…ふ、ああぁっ、あ!バイブじゃ、やらぁ、おちんぽがいぃ…っ、ねえ、くちでするからぁ、あん」

さすがに連続で三回以上中出しされて、薬を使われた俺ならまだしも相手が続くわけがなかった。だから代わりに極太のグロテスクなバイブを突っこまれて、そこをひくつかせた。
もう気持ちが良くて、忘れかけていた記憶まで全部思い出したおかげで、淫語を自らしゃべりながら必死に懇願した。でも望んだものはいくら待っても与えられなかった。
どういう目的で犯されているのかわかっているのに体は止まらなくて快楽を貪る。勝手に後ろに手を伸ばして、男の目の前で腰を高く掲げてくねらしながら玩具を出し入れした。

「っ、は…こ、んなのじゃたりない、っ、もっと、ぶっといのがいいよぉ、んぁ、あ、う…ふぁ、ん」
「うるせえなちょっと待ってろ」

男の事を上目づかいでうっとりと虚ろに見つめながら、待てと言われたことを素直に守る。すると目の前で携帯を取り出して俺の方に構えた。ああなるほどそういうことかと頭の隅で思い至って。

「ほらこっちちゃんと見ておけよ、綺麗に撮ってやるからな」
「あっ、あ…うぅ、っ、そんな…い、や…だ」

しかし拒絶の言葉は小さすぎて相手には全く届かなかった。もし聞かれていたらもっと激しくされるのはわかっていたから。
すぐにシャッター音と同時に眩い光が一瞬だけ辺りを照らして、ああやってしまったと後悔する。ここはシズちゃんの家なのに、ここで犯されているのを撮られたということは。

「よしいい子だったな。ほらこのUSBの中にあのアンドロイドの動画は全部入ってる。もう必要ねえから返してやるよ」
「あ…ありがとう、ございます…っ」

床に放り投げられて音を立てて転がっていく小型のUSBをぼんやりと眺めながらお礼を口にした。でもこれで本当に、俺がサイケにしてしまったことはなかったことになる。
こいつらが嘘をつく必要が無いぐらい最高の新しい材料を手に入れたのだから、この中の動画がすべてなのだと思った。

「明日はちゃんとビデオカメラ持って来るから、楽しみにしておけよ」
「えっ、あ、待って!続き、っ、して…ねえ」
「外に仲間を待たせてんだよ、もう終わりだ。一人で遊ぶのだって好きだっただろ?」
「そんな!あ、やだ、帰ら、ないで…っ、おねがい、おねがいします、体が、まだ熱い…!」
「じゃあな」

身支度を整えていた時点で終わりだと気づくべきだったのに、朦朧とした頭ではわからなくて必死に懇願した。だけど男は無視をしてあっさりと扉を開けると外に出て行き消える。
ほぼ裸同然の格好で追いかけるわけにもいかず、そのままの体勢で暫くぼんやりとしていた。その間も玩具は体の中でうねり刺激を与えてくる。

「やっ、やだ…嫌だ、こんなの…っ、ひぅ、く、あ、んぁあ、あ、は」

まだ薬が切れていないのに一人取り残されたことがショックで、瞳から次々に涙がこぼれる。だけど嗚咽は途中から喘ぎ声に変わり、指先は再びバイブを掴んで心地いい快楽を体の奥へ与えていた。

「あつい、あ、やぁ、はやく…はやく、しないと、っ、あ、んぁあ、ひぅ、んあ、あ!」

こんな玄関先で一人自慰にふけっているところをシズちゃんに見られたら、これまでのことが台無しになる。だって後ろからは溢れるほど他人の精液がこぼれているのだから。
早く行為を止めて掃除をして体も洗わなければならない。だけど全身が疼いてどうしようもなくて、動けないのだ。気持ちは焦るのに、責める手は止まらない。

「ごめっ、ごめんね…っ、シズちゃあ、ぁ、んぁ、ごめ、んなさ…んぁ、あ、いい、きもち、い」

他人としてしまったこと、思い出してしまったこと、玄関先を汚してしまったことを謝りながらそれから暫くは淫らな行為を一人で続けて頬を濡らし続けた。


ようやくおさまった後に喚起をし手早く飛び散った精液を綺麗に拭き取った。だけど体中に残る痕は消せないので、必死に洗い流しながらため息をつく。こんなのを見られたら、すべてが終わってしまう。
あいつらに見つかった時点である意味終わりではあったのだが、まだ俺は隠し続けてシズちゃんの傍に居たいと思っていた。近いうちにバレてしまうのだから、この数日間を大切にしたくて。
一日でも長く一緒にいられるなら、いくらでも我慢しようと決める。どうせ最後は手酷く罵られて、どうして裏切ったんだと言われるのだから。
その時はすべてを受け入れるし、好きだと言い合っていたのに他の相手とセックスをしていたなんて知られたら誰でも怒るのはしょうがない。頭に血がのぼりやすいシズちゃんは、言い訳をしても聞いてくれないだろう。

「それでも、いい」

すべて終わって疲れた体をベッドに横たえて、ゆっくりと息を吸いこんだ。こんな状態ではもう二度とシズちゃんとも、できない。
昨日まで当たり前だったことが一気に変わって、でも心は少し満たされていた。だってサイケという別人格だったけれど、好きな相手とセックスすることができたのだから。
そして今日からは体を繋げなくても、折原臨也として傍に居られるのだ。一度はすべてを諦めたけれど意外な形で叶えることができる。
あと一時間もしたらシズちゃんは帰って来るので夕飯の支度をしようと起きあがる。強引に責められたので腰は痛かったけれど、そんな痛みなんて些細なものだった。

「早く、早く帰って来ないかな」

煩わしいことは頭の中から消去して、シズちゃんに会うことだけを心待ちにしながら晩御飯を作り始めた。きっとバレない、と思っていたのだけど。


「おい手前なんだそりゃあ」
「え…?」

玄関でいつものように出迎えたところで、開口一番に指摘されて胸が酷く締めつけられる。まさか一瞬で何もかもを見抜かれて知られたのかと動揺してしまう。

「な、なに…?」
「自分でおかしいことぐらい気づかねえのかよ、くそ」

顔を顰めて呆れたようにため息をつきながら強引に俺の手首を掴む。このまま服を捲られたら赤い痕がバレると怯えたのだが、全く違う箇所に手のひらを押しつけていた。

「顔真っ赤だぞ、これ熱が出てんじゃねえのか?」
「ね、熱…?」
「風邪薬あるから飲めばよかったのになにやってんだ。いいか手前はアンドロイドじゃねえんだから、普通に風邪ひくし熱だって…」
「そ、そっか…よかった」

急にあんなことをされたせいで体が疲れて熱が出てしまったのかもしれない。でも昔から風邪を引いたとしても薬さえ口にすれば半日もせずに治るとわかっていた。
これでシズちゃんとセックスできない正当な理由にもなるので、心の底から安堵した。俺から迫らなければ暫くはこれで逃れられるかもしれないと思って。

「よかった、ってどういうことだ?」
「あっ、いやその…なんか頭ぐらぐらするなあって思ってたから風邪だったんだね。なんかおかしくなっちゃったのかなって」
「だから手前は人間なんだから気をつけろ。とにかく飯はいいからベッドに連れて行ってやる」
「う、わっ!?」

いきなり体が浮いて声をあげた時にはシズちゃんの胸に抱かれながら廊下を歩いていた。恥ずかしい、と勝手に頬が熱くなりそれは風邪のせいだけではない。
助けられた時のこともちゃんと思い出した。酷い状態だった俺を救い出してくれたことは本当に嬉しい。自然と口元が緩んでいた。

「おいなに笑ってんだよ」
「シズちゃんが優しいから」
「こんなの恋人同士なら当たり前だろうが」
「うん、そうだけど」

一緒に過ごすようになってからの一週間にいろんなことをした。だけどそれは全部俺の意志ではなくて、心の中ではサイケとして接していた。だから本当の意味で気持ちを伝えられるのはこれからで。

「ほらちゃんと寝てろ」
「わかった…けど、ねえ大人しくしてるからキスして?」
「ああ?」

布団をめくりベッドの中に入れられたところで、自分からキスを迫った。折原臨也はこんなことしないけれど、サイケを演じている今の俺ならいくらでも強請れる。
きっとこうでもしないと、俺は一生シズちゃんとキスもセックスもできなかった。記憶を失うほどサイケになりきったことに意味はあったと思って。

「しょうがねえな」
「ん…っ、あ」

シズちゃんがサイケの代わりとして俺を見ていて、恋人だと、好きだと言っていても構わない。そんな些細なことよりも、目の前のぬんくもりに縋りつくのが精一杯だった。
唇に軽くキスを落とされてゆっくりと舌が潜り込んでくるのはいつものことだ。だけど俺にとっては初めてで、最高の口づけだった。

「ふぁ、あ、ん…っ、シズちゃ…」
「じゃあしっかり寝てろよ」

普段よりも早く唇を離されたのが少し残念で頬を膨らませて睨みつけると、頭をポンポンと撫でられて笑われた。明日こそは絶対にちゃんとキスをして貰おうと決めて。

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