RESET1 | ナノ

臨也と恋人同士の静雄は二人の関係に疑問を持っていて思ってもいない出来事から告白前に戻る話
※途中で臨也が死んでしまう描写がありますがハッピーエンドです
※前に連載したリセットとは違いますが設定は似ています
※今回はモブ臨は一切なくシズイザのみの話です

「おい出前届いたぞ、食うんだろ?さっさと来いよ」
「うん、ちょっとだけ待って。これでひと段落つくから、っと」

パソコンの前でカタカタとせわしなく指を動かしながら返事をしたので、仕方なくテーブルの上に頼んだ寿司を置きついでに箸なども並べて待った。テレビなどは一切ついていなく、静かな部屋でぼんやりと過ごす。
口寂しいので煙草が吸いたかったが、それは禁止されている。あまり待たされるとイライラしてしまう方なのだが、それも随分と慣れてきた。

もう俺と臨也がつきあい始めて、一年が過ぎていたから。
告白したのは俺からで、最初は向こうも驚いていたけれどすぐに下を向きながら頷いてくれてそれからは週に何回か会うようになった。でもお互いに仕事の時間も合わないし、臨也の方が忙しいことが最近は多いのでこうして一緒に過ごす回数も激減している。
時期的なものだからしょうがない、とは言われたけれど納得できない。騒がしいことが好きな奴だし、つきあい始めて一年の記念日に会おうとかそういうことを言われるかと思ったら特にそれはなかった。

なにも、なかった。

それはこの一年を振り返って俺が感じたことだ。
残念ながら食事をしたり休みの日にショッピングに出掛けたり、そういう普通の友達にありがちなことはした。俺達のいがみ合っていた関係から考えると大きな進歩で、随分と穏やかになったと上司にも言われるぐらい俺自身は変わった。
だけど恋人としてつきあっているのか、と考えるとなにも進展はない。
手を繋いだこともなければキスとかそういう行為の雰囲気にすらならないのだ。池袋で会って喧嘩していた時はうざいぐらいに苛つくことをしゃべっていたけれど、怒らせないようにしているのかそれはなくなった。
だけど同時に口数も減った。二人でいてもあまり話さなくなったのだ、臨也が。
俺はもともと会話が得意ではないので、余計に互いに静かになってしまって一緒に居てもあまり楽しそうには見えない。もっと恋愛には慣れているのだろうと勝手に思っていたのだが、告白した時とは予想がまるっきり反対で戸惑った。
一緒に居られればそれだけで嬉しいと思い込んでいたけれど、一年経ってもこれでは先があまりにも見えなさすぎる。いつ臨也の方からつまらないから別れようと言われるのか、と考えるようにまでなっていた。

不安だったのだ。思い返してみても、どこが好きになったのかと言われると遠慮せずに言いあえる関係性だった。
俺にはこいつしかない、絶対にと運命のように感じた日が懐かしく思える。
もう今となっては、本当で俺で良かったのかと自信をなくしてしまいそうなぐらい落ち込んでいて。

「なんで…俺のこと」

どうして告白した時に俺を選んだのか、聞いていない。だけど聞くのが怖い。
その時すぐにでも聞けばよかったのと後悔しているぐらいで、もし今聞いたとすれば別れ話に発展するのではないかという危険性もあってもやもやとした気持ちがくすぶっている。
前から臨也の事はよくわからないことが多かったけれど、余計にわからない。これからもずっとわからないのだろうかと思うと、時々酷く胸が苦しくなることがある。

「お待たせ、じゃあ食べようか」
「おう」
「あれ?どうしたの、胸なんか押さえてそこ怪我でもした?」
「そうじゃねえけど」

つい行動にも現れていたのか、どうやら自分で胸元を押さえていたらしい。慌てて離すとすぐに興味を失ったのか、割り箸を掴み割っていた。
こういう些細なところも俺の不安を煽る原因だ。好きな相手が怪我をしたら、もっと心配してもいいはずだ。それは俺が特異な体質でちょっと刺されたぐらい大したことがないだろうと思っているからかもしれないが、もう少しなにかあってもいいのではと思う。
心配をされたいわけではないけど、もっと声を掛けてくれていいのではないかと。本当に俺のことを大事に考えているのかどうかが、まるで見えなかったから。

「あっ…」

はっきりとしない気持ちを抱えながら割り箸をおもいっきり割ると、それは派手に歪んでしまい片方が短くなってしまってとてもこのまま使えそうにはなかった。

「ちょっとシズちゃんなにやってるの?しょうがないから代わりの持ってくるから待ってて」
「ああ」

すぐに箸を置いて立ちあがった臨也は台所へと消えて行った。だから俺は歪に割れてしまった割り箸を見ながら、まるで今の俺達みたいだなと思ってため息をつく。
こんな風に気分が落ち込んでいては食事もおいしくないな、と考え直してすぐに頭を切り替えた。だけど心の奥に蓄積していた想いは爆発寸前だったようで、それは少しのきっかけであっさりと破れてしまう。


俺達は次の約束をしないまま別れた。次の日は休みだったので、久しぶりに弟の幽が主演の映画を一人で見に行くことにして気分を変えようと思った。
いつも試写会のチケットなどを律儀に送ってはくれるが、こっちの予定が合わずあまり使ったことはなかったのでようやくだったのだ。どうやら恋愛映画らしくほとんどの席は女性ばかりだったが、真ん中の一番後ろだったのでジュース片手に構わず座る。
どうやら先に映画が上映されるようで、すぐにスクリーンに映像が映し出されて物語が始まった。それは孤独だった男が好きな相手と出会って、たくさんの人間とふれあい成長しながら幸せに過ごすが最後は病気になってしまった彼女を失う話だった。
けれどもいくつもの思い出があるから生きていける、というもので幽の繊細な演技がすごくて最後にはぐちゃぐちゃになるぐらい泣いてしまった。話が終わり出演者が舞台挨拶をしている時もまともに見ることができず、ハンカチで涙を拭うのに必死だった。

すべてが終わり他の人が劇場の出口を出る前に席を立って、一目散にトイレに向かいそこでも泣いてしまう。ここまで話に入りこんだのも、感動したのも初めてで驚きながら暫くしてロビーに出ると外の椅子に腰掛ける。
既にもう人は居なくなっていて静かだったので、そこでぼんやりしていた頭を落ち着かせるように考えた。どうしてあそこまで物語が胸に響いたのか。

それは多分俺が最近考えていたもやもやの答えそのものだったから。最初に告白した時に臨也に望んだことの、そのままの話だったからだろう。
物語の二人は短い人生だったけれど、それなりに充実した楽しげな思い出がいくつもあった。だけど今の俺達にはそれがない。そして俺は、いつ主人公の男のように彼女を、臨也を失ってもおかしくないと考えてしまう。
情報屋という職業柄どうしても危険なことに頭を突っこんでいるようだが、それが心配でたまらないのだ。体に傷を負っても死ぬことなんて考えられない俺に比べて、臨也はただの人間で突然その日が訪れるかもしれない。
その時は受け入れるしかないのだが、俺達には思い出なんてものが一つもなかった。もし明日あいつを失ったら、後悔するどころか一人で生きていく自信さえない。

「だから…羨ましかったのか俺は」

あんなにも映画を見て泣いてしまった理由は、単純に羨ましかったからだ。不器用だけれど優しく明るい彼女がたくさんの楽しい思い出をくれて、それを胸に秘めながら生きていけるなんて俺にはできない。
こんな、つきあったことも後悔しているようではダメなんだと。

もし告白していなくて、いつまでも池袋で顔を会わせていがみ合っていればこの一年も違った意味では楽しかったのではないか。そう不意に考えてしまってすぐに頭を振った。

「こんなこと考えてもしょうがねえ」

自分で決めて好きだと告げたのに、それに疑問を持ってしまうなんて最低だと思ったからだ。そんな覚悟もないのに気持ちを伝えるなんて、してはいけないことなのだと。ありえないことを想像するのも無駄なことなんだと舌打ちをして。

「お困りのようですね」
「え…?」

突然背後から知らない相手に声を掛けられたので、慌てて振り返る。しかし一瞬目を疑ってしまった。そいつの格好が、普通にはありえないものだったから。

「はじめまして、平和島静雄さん。私は天使です。あなたにチャンスを与える為にやってきました」
「あ…?えっ、いや、天使?チャンス?」

その男は白髪の老人で、服装は黒いスーツだったが何度見ても背中に鳥の羽根のような白い毛がくっついていてうろたえてしまう。天使だ、と言われてもすぐに納得できるぐらいの身なりをしていて目の前の出来事が信じられない。目元をごしごしと拭ってみたが、それは消えなかった。
しかし驚いているこっちのことはまるで無視をして、淡々と言ったのだ。

「あなたに人生をやり直すチャンスを与えましょう」
「は…?いや、どういうことだそれは」

「戻るのは一年前、あなたが折原臨也さんに告白する前に戻れます」

最初はいきなり怪しいことを言い始めたのでやばい奴なのだろうかと警戒していたが、まるでこっちの心の中を覗いたみたいに臨也の名前を出してきたのでびっくりする。しかもそれはついさっきまで俺が考えていたことだったから。

「あんた、俺の事知ってんのか。誰だ」
「天使だって言ったじゃないですか。それよりあまり時間がありません、今すぐ戻るか戻らないか決めて頂けませんか?このコインが水槽の一番下に辿り着く前に」
「な…ッ!?それ、一体どこから出したんだ!」

立ちあがって激しく睨みつけて威嚇をしたが、昔の臨也みたいにあっさり受け流して男のすぐ横に置いてある細長い水槽を指差した。そんなものついさっきまでなかったのに、どういうことかと問いただそうとしたのだが、時間がないと言った通りにコインを取り出す。そして金色のコインを迷うことなく手放してしまう。
こっちは事情を詳しく聞いていないのに、なんという横暴な奴だと思った。

「おい、お前…!!」
「ほらあっという間ですよ、戻るか戻らないか決めて下さい」

目の前でコインが水に沈んで少しずつ底を目指す。こんな大事なことをすぐに決めろだなんて言われてもできない、と怒鳴りたかったが決めるしかなかった。こんな追いつめられた状態で決めることなんてロクでもないだろうとわかってはいたが、選択するしかできなかったのだ。
あと数センチで底に辿り着く、というところで叫んだ。

「戻れるなら、戻りてえ!俺が臨也とつきあう前に!!」
「わかりました。ではそのようにしましょう」

次の瞬間水槽も男の姿もぐにゃりと歪んで、急速に意識を失ってしまう。その途中に囁くように男の声が聞こえた。

「これからのことは、あなたの好きにして下さい。告白するかしないかも、全部」
そしてその時から俺は臨也の恋人ではなくなって。

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