「はぁ、これで全部終わった、と」 いつでも出かけられる用意はすべてして、ソファの上に膝を抱える体勢で座り込んで少しだけ息をついた。普通に座ってしまったら、まだ体の中に埋まっている玩具を押しこんでしまうことになるからだ。 あれから男達に無理矢理押しこまれるようにタクシーに乗せられて、事務所まで帰ってきた。当然サイケも背負っていたが、アンドロイドは電源が切れると人が運びやすいように軽くなるため、ふらつく俺でも難なく事務所まで引っ張ってくるぐらいの力はあった。 それから風呂場で俺自身とサイケの体を洗って、綺麗にした。でも後ろに突き刺さったままの玩具はそのままだった。そうしろと脅されていたのもあるが、媚薬の効果が充分すぎるぐらいに残っていたのでその場で一人何回か抜いた。それでもまだ全身は火照っていた。 それから服を着替え、当然サイケも服をきちんと着せてやりソファの上に眠らせたままノートパソコンを取り出して手首のとある部分にケーブルを突き刺して彼と接続した。俺が操作したのはここ数日の記録してある映像で、彼自身が見て記憶しているものだ。 その中には当然シズちゃんとした情交の映像も残っていただろう。でもそれを見る気にはならなかった。 見たいという気持ちは大いにあったけれど、そんなことをしても自分自身が傷ついてしまうだけだった。サイケよりも汚れて淫らな俺が、シズちゃんなんかとそんなことができるはずがないと。 悔しさに唇を噛みながら、予定していたすべての作業を数分で終えた。そうしてアンドロイドは、まだ眠っている。 「あー早く来ないかな。あんまり待たせてると、一人でまた、っ……しちゃい、そ……」 目を細めながら後孔に手を伸ばそうとしたところで、タイミングよくチャイムが鳴った。ほとんど時間ピッタリだ、と思いながら玄関に向かった。 少しだけ心を躍らせながら笑顔で扉を開くと、そこに津軽が立っていて一瞬で驚いた表情に変わった。 「な……ッ、その恰好……?」 「あぁ、やっぱり君ならすぐわかると思ったよ。どうぞ」 扉の中に招き入れると、それに従ったがまだ瞳は不審そうに俺の姿を見ていた。それは無理もないかもしれない。 柔らかい笑顔を崩して、いつものように口元に不敵な笑みを浮かべながら尋ねた。 「こんな子供騙しぐらいじゃ欺けないと思っていたよ、津軽。でも少しは疑って欲しかったな、せめてサイケって呼んで抱きついてくれればよかったのに」 クスクスと笑いながらそう言うと、真っ白なコートを翻してその場でくるくると一回転した。耳につけていたヘッドフォンのコードが、揺れた。 俺はいつものトレードマークの黒いコートではなく、アンドロイドであるサイケと全く同じ格好をしていた。わざと、それに着替えたのだ。 「これは、どういう?」 「実はサイケが壊れちゃってさ、仕事が出来なくなったから代わりに俺がすることになったんだ。だから変装してるの」 壊れたわけではないのだが、大袈裟にそう言った。その方が都合がよかったからだ。それに津軽が悲しむ表情が少し見たいと思っていたので、悲痛に顔を歪めた時には嬉しくて笑い出しそうになった。 俺が津軽に見ているのはシズちゃんの姿で、その津軽が悲しそうな顔をすればそのままシズちゃんが俺に対してそう向けてくれるような錯覚に陥ることが出来た。 汚れてしまった俺のことを可哀そうにみつめる瞳に、自身の中で変換して楽しんだ。それぐらいにしかできなかったのもあるが。 「大丈夫さっき修理したから今ソファの上に眠っているよ。ただここ数日の記憶が破損してしまったから……多分津軽と別れた直後ぐらいで止まっているし、だからその間の仕事をしていた時の事は全く覚えていないよ」 「そう、か。治ったならいいが、変わりだなんて平気なのか?」 「ふふっ、心配ないよ」 こんな俺なんかを心配するような口ぶりに、思わず笑いが漏れた。そう気にかけられるのが嬉しくて、しょうがなかった。 今すぐにでもサイケの元に向かおうと歩き出そうとした津軽の腕を掴んで、引き留めた。 「ごめん実はもう俺出ないといけないから、パソコンは貸してあげるからメンテナンスぐらい自分でできるよね?ついでにサイケのことも頼むよ。俺が仕事で遅くなったら、面倒見てあげて欲しい」 「そうか、わかった。安心しろ責任もってサイケのことは俺に預けろ」 はっきりとそう返事をしてきたので、大丈夫だと思った。まぁ彼がサイケを手放すことなんてないのだから、当たり前の事なのだが。 最後に、ちゃんと聞いておきたいことがあった。 そうして全部終わりにしようと、決意したのだ。 「ねえ、津軽?君はサイケが好きなの?」 あまりに唐突過ぎる問い掛けに、向こうは絶句していた。気まずそうに頬を染めながら、目線をチラリと俺から逸らしてそれでもはっきりと言った。 「好きだ」 「もう一度言ってよ」 「俺はあいつが……好きだ」 その答えに満足して、俺はこれまで浮かべたことのない最高の笑みを浮かべた。 好きだという言葉が俺に向けられたものではないとわかってはいたけれど、シズちゃんの分身の言葉で俺の分身のような存在にそんなことを言っている姿が、滑稽だった。 本人たちとは、真逆だ。 けれど俺は、俺に向けられたものではない津軽の言葉を、シズちゃんから告げられた俺に対する気持ちとして、心の中で妄想するぐらいいいだろうと思ったから笑ったのだ。 それぐらいのささやかな想像ぐらい、許して欲しかった。 「よかった、じゃあ後はよろしくね。サイケのことも大事にしてあげなよ」 「えっ、なにを……待て……ッ!」 自然に手を離して、そのまま扉を開いて背後から聞こえる叫び声を拒絶するように外に出た。 すぐには歩き出さなかったが、津軽が追いかけてくる気配はなかった。きっとサイケの方が心配なんだろう。 でも俺は、それでよかった。だって。 「あ……っ、やらぁか、んじちゃってる……っ、すきって、いわれただけ、なのにぃ……」 頬を紅く染めて熱い吐息を唇から吐きながら、その場にしゃがみこんでおもわずバイブが埋まっている先端を撫でて全身を震わせた。 幸い廊下で自慰ぐらいしても監視カメラがあるわけでも、隣の住人がいるわけでもなかったので、平気だった。言葉の力は最高だと思いながら、ポケットに入っていたスイッチを押した。 『好きだ』 『俺はあいつが……好きだ』 耳にかけていたヘッドフォンからはさっきの津軽の言葉が聞こえてきて、昂ぶった体を抑えられないぐらい、何度も再生された。 text top |