「へえ、そう…」 「これ開けて中身読んでやろうか、手前」 「な、なんでそうなるんだよ!わかってるだろ、その手紙がもう意味ないことぐらい」 「そうだなすげえ恥ずかしい手紙だよなあ。しょうがねえから大事にとっておいてやるよ」 「絶対それ、いつか脅しに使うだろ…」 丁寧にポケットの中に仕舞うのを見ながら、頭を抱えたい気分だった。俺からしてみれば、その手紙の内容が一番シズちゃんを驚かせて喜ばせるものだと信じていたのだ。 だから何度かそれを読む姿を想像してほくそ笑んだことがあった。でも今はただの恥ずかしいラブレターみたいなものになってしまっていて、悔しい。 「じゃあ今すぐ返してやろうか?」 「…え?」 「その代わりあれだ、つくもやって奴が撮った手前のエロいビデオを俺にも見せろ。くれ」 「ちょっと、どうしてそれ、知ってんだよ…!!」 返してやると言われて少しだけ喜んだ自分を歯痒く思う。どちらかというと知られたくない上位に入っていた、あのビデオの事を持ち出されて動揺する。しかも完全に、下心しかない。 だいたい本人に向かってあれを見せろと脅してくるなんて、最悪最低の卑怯者だ。そう怒鳴ってやろうとしたのに、突然携帯の着信音が聞こえた。俺のものではない。 シズちゃんが手紙を入れたポケットとは反対側から取り出して、通話に出る。すると一瞬で顔色が変わった。 「なんで、手前からまた電話かかんだよ!ふざけんじゃねえ!」 その怒鳴り声で相手が誰だか一瞬で悟った。だから慌てて手を伸ばして、強引に奪い取ってやる。驚いていた為か、俺の力でもあっさりと手にすることができたので耳に当てた。 『手紙と交換で、シズちゃんにビデオあげてもいいなーって思って』 「…っ、お前!俺の声使って、何の話してんだよ!!」 『なんだあせっかくいいところだったのに、シズちゃんに替わってくれる?』 聞こえてきたのは、俺自身の声でもうそれで相手が九十九屋なんだとはっきりした。しかもとんでもないことをもちかけようとしていたので、慌てて叫ぶ。 けれども向こうは引く様子はなく、同じ声でクスクスと笑いながら楽しそうにしていた。こっちはこんなにも焦っているというのに、余裕なのに腹が立つ。 「おい賭けに買ったのは俺だろうが。ただで寄越しやがれ!!」 「賭け?なに、なんの話してんだよ!」 続けて文句を言う前にすぐさままたシズちゃんに携帯を奪われて、頬を膨らませて不機嫌になる。向こうの声は聞こえないが、突然返答した内容に慌てて顔をあげて詰め寄る。 俺の知らない所で九十九屋とシズちゃんが話をしていたのも驚きだが、賭けとはいったいどんなものなんだろうかと。しかもあいつに勝っただなんて。 「お、まじか…なんだ実はいい奴じゃねえか」 「はあ?」 その時急に話が変わったようで、シズちゃんが上機嫌に笑いながらいきなりテレビのリモコンを探して電源を入れる。なんだか嫌な予感しかしなかったが、勝手に操作するのを見ているとどうやらブルーレイのハードディスクの中にある映像を再生したように見えた。 タイトルは書いていなくて、俺自身がそんなものを録画した覚えもない。首を傾げながら待っていると、唐突に画面にとんでもないものが映し出された。 『…っあ、ふああっ…!やらぁ、あ、かおに、っいっぱい、ざーめんかかったぁ』 「な、な、な、なにこれ…!?」 「あーそうか、手前薬のせいで覚えてねえんだっけか。こりゃあなかなかよかったぜ、自分の精液顔にぶっかけて泣き叫ぶなんてなあ」 ドアップで映し出されたのは、大きく足を開いてでんぐり返りの状態になっている俺が、ちょうどよく自身のペニスから精液を吐き出しているところだった。それ自体は普通だったけれど、ぶっかけているのが自分の顔で、頬や唇が白く汚れている。 こんなの覚えていなくて、しかも俺を差し置いてシズちゃんが知っているみたいな態度を示してきたので驚いた。九十九屋に貰った薬のせいで記憶を失った時のことだとは思うのだが、それにしてもこれは酷い。 無言のまますぐさま立ちあがり、シズちゃんからリモコンを奪おうとしたのだがわざと手を上にあげて俺の背では届かない位置に掲げた。そういうことをされるのが、俺は一番嫌いだ。見下ろされるのも、バカにされるのも。 『はぁ、あ、っん、ぢゅく、ぅ…ふ、ぁ、おいひっ、ざーめん、おいひぃよぉ、っ、あはぁ』 「ああもうっ!止めろって!!」 画面から大音量で聞こえてくる自分の痴態に、一気に耳まで赤くなる。とにかく早く奪い返そうと手を伸ばすのに、全く届く気配が無い。 さっきまで結構いい雰囲気だったのに、一転してこんなことになったのに動揺を隠せない。全部あいつのせいだ、九十九屋が悪い、と心の中で怒りをぶつけていると突然手を取られて体ごとソファに倒されてしまう。 その時携帯を切るピッという音が聞こえたので通話は終わったらしい。でもタイミングよく電話してきたことを考えると、この部屋に監視カメラを仕掛けて見られていることだけは確かだった。 「しょうがねえな、とりあえず一時停止な」 俺を倒した本人はまだ立ったままで、とりあえず持っていたリモコンで一時停止をするとテーブルに投げてこっちを真っ直ぐ見た。その瞳は明らかに怒っている。 「さっきので誤魔化せたとか思ってんじゃねえよな?で、つくもやとはいつからのどういう関係だ?」 「そういうこと、言わないといけないの?」 「お前らやけに慣れ慣れしいんだよ!手前はすげえ素の表情ばっかしてやがるし、あいつはやけに臨也のこと知ってて、それをわかってて許してるみてえだったし普通じゃねえ!怒るのは当たり前だろうが!」 「なにもないって!あいつは俺のストーカーだ!!もう何度言っても監視していたし、この仕事始めてからずっとだからいつかなんて覚えてない。いつも俺の先回りをして、うるさいことばっかり言ってくる奴だ。だから…!」 どうして俺が今更九十九屋との関係をシズちゃんに責められているのか、自分でもよくわからない。こっちは明らかに嫌がっているのに、どうしてそれを曲解して仲がいいと決めつけるのだろうか。 俺にとっては、ただの変態ストーカーを誤解されて腹立たしいだけなのに。でも向こうはおさまることはなくそれどころか、余計に鋭く睨みつけてきた。 「つまり高校の時か、その前からってことだよな?そういう奴がいるだろうなって思ってたけどよお、なんでさっさと言いやがらねえんだ」 「はあっ!?俺が何をシズちゃんに言わないといけなかったのさ!」 「新羅にはセルティがいる。門田は手前の性格知ってて深くは関わらねえ。手前の友達はあいつら二人だろうが。だから安心してたんだよ。でも来良の後輩達とも仲がいいらしいって聞いたし、まあ仕事の為だろうが俺は許せねえ」 「許せない、ってなにが」 なんだかだんだん俺でもよくわからない方向に話が転がりだして、内心慌てる。九十九屋だけならまだしも、どうして新羅とかドタチンとか、他の人間の話しが出てくるのだろうと。 しかしそこで、びっくりすることを言われる。 「俺が最初に手前と一緒に居て監視するっつったのは、そういういかがわしい連中とつるんでるのを知りたかったからだ。一人一人ぶっ潰してやろうと思ってな」 「潰すって…どうしてさ」 「そうしねえと手前は逆恨みされて、俺以外の奴に殺されちまうかもしれねえだろうが。それが許せなかったんだよ。好きとかまだよくわかってなかったけど、一番初めから手前が俺以外の奴に殺されるのだけは嫌だった」 あまりのことに、動きが止まる。 殺されるのが嫌だった、なんて俺のナイフを全部壊した相手が言うことではないだろうと殺意すら沸いた。結局そうやって正論を言っているように見せかけて、感情だけで動くシズちゃんは矛盾だらけだ。 「つまりはなから、好きだと気づかなかったとしても手前は俺が一番されたくねえことをあっさりしたんだよ。勝手に一人で殺されやがって…」 「そうかじゃあ俺は、絶対にシズちゃんの喜ぶ姿が見れなかったんだね。これでもいろいろ頑張ったのに」 「ああ全部無駄だった」 あっさりと、人生のすべてをかけてやったことに対してはっきりと無駄だと言われて胸がズキッと痛んだ。これはわざとだ。じゃあ今まで散々一人で悩んできたことは、俺は何だったんだと叫ぼうと喉に力を入れたところでちょうどよくシズちゃんが近づいてきた。 「無駄なことはもうするんじゃねえ。いいか俺がして欲しいことはこれからは全部言ってやる。だからもう勝手にすんな」 「…それ、って」 「とりあえずもうつくもや、とは一切話すな。ぜってえ見つけ出してそいつぶっ潰してやるから。ストーカーに絆されるほど寂しかったんなら、俺に嫌いなんて嘘ついてねえでさっさと好きって言やあよかったんだよ、バカが」 しかし言葉とは反対に、そう言った表情は少し優しかった。照れているのかもしれない。 まあ確かに俺だって、好きな相手が性質の悪いストーカーと仲良さそうにしていたらキレるどころではないかもしれないと納得した。 「よし、じゃあこれで話はついたよな」 「え…?」 そう言うとあっさりと立ちあがり、平然とさっき停止したリモコンを操作してまた再生した。驚きのあまり、俺は声も出なくて固まる。 『んっ、うぅ、ちゅう、く…ざーめん、おいひくれぇ、こうふんするぅ、っ、あ、らめぇ、またイっひゃいそうっ』 「とりあえず俺がしたいのは、このビデオ見ながらのセックスだな」 「……いま、なんて言った?」 「俺がして欲しいことは言うって約束しただろ。だからこのすげえエロい手前見ながら、同じことしてえ」 text top |