「ヤバイ何も…覚えてない」 日付を確認するとあのホテルに連れられてから二日は過ぎていて、一応服も着ているし相変わらず体がだるいこと以外はおかしいところなんてなかった。手元には紙切れが一枚。 あまりにわからなくて、すぐさま携帯を取り出して電話をした。当然その相手は。 『気分はどうだ折原?』 「……っ、お前どういうことだ!何があったんだ、この紙切れは!」 『そこに書かれている場所が、折原の望んだ死に場所ということだ。止めはしないが、一部始終を見守ってやろうと思ってな。あと死ぬのに酷い目に遭った記憶なんて、必要はないだろ?』 歯軋りをしながら言われたことを頭の中で反芻する。つまり手の中の紙に書いてある場所が、あの見せられた最後の場所らしい。 この二日間の記憶が無いのは、九十九屋のせめてものお情けというやつだろう。確かにあの組の男達に散々に犯されるところなんて、覚えていてもどうしようもない。 前回と変わらず何十人もの男に輪姦されて、薬でボロボロにされたのだけは間違いないのだから。たった数回打たれただけで廃人になってしまうぐらい酷いものを、よくここまで耐えたともいえる。 『もう止めはしない。協力してやろうと思ったんだ。平和島には気づかれたくないんだろ?』 「なんだ、また俺に変なことをしろと言うのか?」 『それはもう充分撮らせてもらったから、いい。いやこれから最後の瞬間まで、撮らせてもらうと言うべきか』 「チッ、好きにしろ」 調べても最後に死ぬ場所がここまで見つからなかったのはこいつのせいか、とようやく納得した。九十九屋の用意した舞台で、一部始終を監視され踊らされるらしい。 とはいっても、俺は自分が指定した日に男達に犯されて死ねばいいだけなのだから問題は無い。誰にお膳立てされたものでも、乗るつもりだ。 始めは自分の願いを叶える為に死ぬのだと思っていたけれど、今は違うとわかる。シズちゃんを死なせない為に、俺が死ぬのだ。 死んだ後に叶う願いなんて、どうでもいい。 好きだとか嫌いとか、恋とか愛とか、友達だとか、そんなものはもういらないと確かにその時は思った。でも数時間後にすべての根底が覆されてしまうだなんて、知らなかった。 まだ体に纏わりついているぬくもりを振り払うようにいつも通りを装ってはいるが、ペンを持つ手は明らかに動揺していた。 すべての準備は終えた。服は着替えていつでも外に出れるし、寝室で眠っているシズちゃんの口元にはハンカチを当て相当強い睡眠薬を嗅がせてやったから大丈夫なはずだ。 普通の薬ではダメだろうと九十九屋が用意してくれたのだが、成分等を調べたら確かに相当のものだった。だからきっと、ことが終わるまで起きることはない。 あとは紙切れに書かれていた場所に行くだけだというのに、気がついたら引き出しから封筒と便箋を取り出していたのだ。今更何を伝え残すのかと思いながら、感情のままに綴る。 読み返して推敲している暇なんてない。きっととんでもなくわかりづらい文章な上に、言いたいことも何一つ伝わらないのではないかというもので。 「なんで……こんな」 そうしてチラリと携帯の時刻を見れば、ここを出る予定の時刻が過ぎていることに気がついた。だからこれで最後にしようと思って。 書いた文章を、消した。 「こわい、って」 ピタリと手を止めてその部分を読み返して、でも笑うことなんてできなかった。ぐちゃぐちゃになった心の底からの言葉が、こうして文字になってあっさりと書かれてようやく気付く。 本当は最初から怖くて、どこかでシズちゃんに今回のことを止めてもらいたかったのではないかと。だから手紙にだって残してしまって。 「でも違う、違う、本当は俺が言いたいのは」 額から滴る汗を拭って便箋を折り曲げて手紙を入れながら、真実を口にする。 「シズちゃんに愛されるのが、怖い。怖かったんだ」 小刻みに震える手で手紙にしっかりと封をして、それをポケットに突っ込んで足早に玄関に向かいながらボソリと言った。 告白をして一度は悪気なく拒絶をされている。だから昨日あの時好きだと言われそうになって、動揺した。慌てて止めたけれど、もし最後まで言われていたらとんでもないことになっていたのだ。 「俺は死ぬ、シズちゃんに愛されたってすぐに気持ちを裏切るんだ」 好きだった相手に否定されると辛いのはもう知っている。だから同じ目には遭わせたくなんてなかった。数日過ごした友達として、心に残ってくれればいいのだ。それ以上は望まない。 手紙に残した言葉なんて、ただの言い訳だ。俺は告白を受け入れなかったのだから、きっと後で見てもシズちゃんは怒るぐらいで深く傷を残したりはしないだろう。 「ああ、もう……なんで、こんなことになったんだ」 せっかく念入りに準備をしたというのに、全く思い通りにはいかなかった。もし最初の時に、俺も好きだとシズちゃんに言われていれば時間があったのに。 まだ他にも方法があったかもしれないのに、やっぱりうまくできないのだ。今までもずっとそうだったから。 マンションの外に出て新宿駅へと向かう。この大事な手紙を友人に直接託す為と、死ぬ為に。 「愛されたら、どうなってたんだろう」 少しの未練をボソリと口にしたが、次の瞬間には振り払うように駆け出した。 「遅刻とは、情報屋さんもなかなかやってくれるじゃねえか」 「こっちにもいろいろあるんだ、別にいいだろ?」 待ち合わせの倉庫に辿り着いた時には、指定された時刻より三十分も過ぎていたので覚悟はしていた。でも本当は遅れたっていいことぐらい知っていたのだ。 この後殺されるのだから、そんな些細なことどうでもいい。 「逃げずに来たのはいい心がけだが、約束ぐらいはきちんと守ってくれないと困る」 「どうせすることは決まってるんだろ?じゃあお仕置きでもなんでもすれば済む話だ」 「そりゃあ好きにしていいってことか?」 「どうせ今までだって、これからも、お前たちは俺を好き勝手に犯すだろ?」 部屋の中には二十人弱の男達が集まっていて、誰もが仕立てのいいスーツを着ていた。多分この組の部下たちを集めたのだろう。後始末をきちんとする為に。 でもいくら相手が変わったところで、俺が受けることは変わらない。むしろ、今日のこの時の為に今まで耐えてきたぐらいだ。 もし一度でいいのなら、死ぬ間際に犯されるだけがよかったに決まっている。それをうまく立ち回れなかったのはどうしようもないことで、でもすべてがやっと報われるなら今更どうでもよかった。 「なああんたこの間結構強い薬打ったのに、平気そうな顔してんな。禁断症状も出てないみたいだし、もっと酷いの打っておくか?」 「どうぞ?」 「おい待て、それじゃあ面白くないだろ」 その時一人の男が横から話し掛けてきて、そっちも向いた。そいつは前にシズちゃんのことを出して脅してきた奴で、なんだか嫌な予感がして口を噤む。 でも唐突にあることを思い出した。これが九十九屋に仕向けられたことだと。あいつなら始めから全部を知っていて、俺を追いつめる為に何をすれば効果的なのを知っている。だから。 「薬は使わない。お前が自分の意志で、俺達に跪いて懇願しろよ。犯してくれってな」 「なるほど、そういうことか」 「それが嫌だっていうなら、また前みたいに電話してやろうか。お前の愛する平和島静雄に」 男の言葉にすべてを納得した。どこからかはわからないけれど、九十九屋が俺を殺す為に介入していたことに。 本当はたった数回で廃人になる薬を加減した上に、最後の最後で俺自身の意志で犯されるように仕向けるなんてあいつの好きそうなことだ。大方最後の瞬間は、折原臨也のままで死ねということだろう。 しかもわざとシズちゃんの名前まで出させて、その存在を忘れさせないようにするなんて。 今連絡をされて困ることぐらいわかっている。一応薬を嗅がせてきたけれど、着信音で起きるかもしれないのだ。すべてを気づかれてしまう可能性がある。 「本当に最低だ、でもいいだろう。言ってやるよ、あんたらのちんぽぶちこまれてイきまくりたいって」 「もっとしおらしく言ってくれねえと困るな」 「しょうがないなあ、ちょっと待っててよ」 言いながらズボンに手を掛けて脱ぎ始める。さっきまで混乱していたのが嘘みたいに、冷静になっていた。多分九十九屋がここまで絡んでいるなら成功する。 俺は確実に、犯された後に、殺されるのだ。 ようやく下着も剥ぎ取ったところで自分から地面に手を突いて、目の前の男にわざとらしく尻を突き出しながら言った。 「俺の尻の穴に、ぶっといちんこ突っ込んで気持ちよくして…ください」 「ああそれでいい」 恥ずかしさとか悔しさとかすべての感情を押し殺して、わざとらしくうっとり微笑んでいると周りの男達も群がってくる。そのことに少しだけ安堵しながら叫んだ。 「早く、早く犯して、っ…早く…!」 早く殺して、という言葉は喉の奥で飲みこんで目を瞑った。 text top |