その言葉がずっと頭の中に残っていて、俺はいつまでもシズちゃんの姿が消えた二階の自分の部屋を眺めながらぼんやりとしていた。 一時間前まではあそこで俺は自慰をしていた。でも一切の痕跡を残さないように掃除をして、空気だって綺麗に入れ替えたから何も残ってはいない。 俺の気持ちも、同じように綺麗に入れ替えられたらいいのにと思う。 こんなにも、淫らな体も。 「っ、俺もう…おかしく、なってる」 いつものように引っ張り出してきた布団を頭から被ったが、だるい体はおさまらないどころかシズちゃんの姿を見たことで少し興奮した。やっぱり匂いだけじゃなくて、本物は違うなと実感する。 しかもボロボロになった心に刃を突き立てるように怒鳴られて、この間の電話のことなんか話題にもせずに部屋に引き籠った。こうなったのは全部俺のせいなのだが。 シズちゃんの弟に会ってわざと怒らせるようなことを仕込んだ。そうしなければ、また耐えきれなくなった俺がシズちゃんの前で堪えきれずに泣いてしまうかもしれなかったから。 そのうち、実はあと数日で死んでしまうのだとポロッと言ってしまいそうでそれが怖かった。言うのだけは、ダメだ。 「シズちゃんが死ぬなんて、耐えられないし、っ、ぅ…」 一瞬頭をよぎった想像にぞっとして体が震える。慌ててすぐ傍にある机の上に置いている水の入ったペットボトルに手を伸ばし、蓋を開けようとした。でも手が麻痺してうまく開けられない。 もうそれがさっきの勝手な想像のせいだけではなく、打たれすぎた薬のせいでおかしくなっていることぐらいわかっていた。どうせ死ぬんだから、体なんてどうでもいいと思っていたけれどこの症状は酷い。 しかもまた明日あいつらのところに行くのだから、ただ悪化するだけだ。あと少しだけ耐えられるように、何か別の薬が必要かもしれない。でも今は体をおさえる為の薬はない。 「ダメだ…っ、やっぱりここにはいられない」 そう呟くと体を起こす。全身が小刻みに震えて視界が歪んでいた。本当はまだやらなければいけないことが残っているから、快楽に溺れて自分を見失っている場合ではないのだ。 なによりこんな最悪な状態なのを万が一に見られたら、困る。タイミングよく機嫌が悪くて喧嘩をしていてよかったと思った。罵倒だけされて殴られないことが少しショックだったけどそれでよかったのだ。 きっと少しでもふれられていたらバレていた。様子がおかしいことに。 「…なんだ?」 その時不意に携帯が鳴り始めたので、怪訝な表情をしながら相手を見る余裕もなく通話ボタンを押した。 『おい折原、いい薬を売ってやろうか?」 「お前は…!どこまで俺を脅せば気が済むんだ九十九屋!!」 すぐさま聞こえてきた言葉に、あからさまに不機嫌なことを示しながら怒鳴りつけた。少しだけほっとしたが、額に手を当ててため息をつく。監視カメラは全部外したと思っていたのに、まだ残っているのだろうか。 うんざりとしながらも、反対側のソファの上に置いていたコートを羽織り外に出る準備はする。それぐらい切羽詰まっていたから。 『なに簡単だろ?どうせ体がおさまらないのだから、またエッチな姿を見せてくれればいい』 「この変態が!クソッ、薬って別のものじゃないだろうな」 『大丈夫だ、最後にはちゃんと折原の望む薬を飲ませてやるから』 「ふざけるなッ!最初から襲う気じゃないか!これだから…」 袖に手を通して出掛ける準備が整ったので、ふらふらとした足取りで歩きながら玄関に向かおうとしてその時何か音がした気がした。慌てて上を見あげると、鋭い視線がこっちを見ていて。 多分二階の脱衣所に行き風呂に入るところなのか着替えを手に持ったまま、こっちを睨みつけていた。雰囲気は最悪でまだ怒っているが、背筋を悪寒のような寒気がかけあがっていった。 『よかったじゃないか、平和島に熱烈な視線で見つめられて』 「…ッ!?」 すかさず九十九屋にからかわれて、かあっと頬が赤く染まる。でもこの距離では俺の表情までは見られないはずだ。多分。心臓がバクバクと高鳴り、早く出て行かなければと焦る。 でもタイミングよく、電話の向こうから声が聞こえた。 『好きだ、臨也』 「…なっ、お前!!」 それは紛れもなく平和島静雄の声で、一瞬で全身が熱くなる。切ない気持ちが沸きあがって、一気に動揺しながらシズちゃんには背を向けて足早に玄関に向かう。 こんな時にその声で、こんなことを言うなと怒鳴ろうとしてまた告げられる。 『電話がかかってよかったな。あのままソファでオナニーしてたら、絶対に見られてたぜ。手前のすげえエロい姿がな』 「くそっ!」 九十九屋の言う通りだった。事務所から出て行くか、少しだけ全身の熱を抑えてからにするか迷ったのだ。結局は携帯が鳴ったことでその考えはなくなったが、危なかったのは間違いない。 当たっているからこそ、腹が立った。こいつは本当に俺のことなら何でも察するのだ。シズちゃんとは違って。 まだ背中に突き刺さるような視線を感じながら、乱暴に扉を開いて閉めた。そうして完全に気配がなくなったところで少しだけ安堵しながら、壁に手を突いた。 『外にタクシーを待たせてあるからそれに乗りこめ。ホテルまで送ってやる』 「どうせ拒んだって無理なんだろ?だったらしょうがないか…」 『タクシーの中で勢い余ってオナニーするんじゃねえぞ。ホテルに着いてから俺にたっぷり見せろ』 「その声で、言うなって…っ」 エレベーターに乗り込んで一階のボタンを押しながら、電話の相手に呆れたように言ったがすぐに動きだして電波が途切れて声は聞こえなくなった。 結局着いた高級ホテルの一室で、予想した通りの淫らなことをされた。されたと言っても誰かに無理矢理されたわけではなく、全部九十九屋に命令されて自分でしたのだ。 不本意だったけれど、おかしくなりかけた体を保つ為には従うしかなかったのだ。当然のようにすぐには薬なんて渡しては貰えなかったけれど。 耳にはヘッドフォンをつけていて、そこからは常に愛しい相手の声が聞こえる。強力な薬でぐちゃぐちゃになった頭の中は素直にそれを受け入れて、もうわけがわからなくなっていた。 『臨也くんよお、手前の尻の中にはアナルビーズが何個入ってんだ?』 「ふっ、あ、あぁ、うぅ、でっかいのがぁ五個っ、はいってるぅ、く…んああぁ!」 『でもそれじゃあイけねえよなあ?もっとして欲しかったらさっさと言えよ、何が目的かってよお』 「っ、あ、ぁ、う…それ、だけは言わないっ…だめ、だからぁ」 さっきからその問答を繰り返していて、やっぱり俺が死ぬことを吐かせようとしているらしい。でもいくら言われてもバラすつもりなんてなくて、快感に苦しんでいた。 シーツにしがみついて腰を揺らしながら、極太のアナルビーズが体の中で蠢いている。ただ入れられているだけでは満たされなくて、腰が揺れていた。 『このままじゃいつまで経っても終わらねえぜ』 「…っ、いやだ、おわらせ、る…じぶんで、おれが、きもちよく、すればいい」 それまではずっと九十九屋に命令されていたからどんな淫らなこともしていたけれど、自分から決めるのは初めてだった。誰かに拘束されているわけでもないのだから、いくらでもこうすることはできた。 でも自ら快感に堕ちていく姿を見られるのが嫌で抗っていた。でももう、抵抗する気力も残っていなかったし俺の計画を言ってしまうわけにはいかなかったから。 『おい待て、いいのか?自分からエロいことをする淫乱な情報屋だっていう証拠が残るんだぜ』 「いい、それでもいいっ…おれがいなくなったら、ぜんぶすきにしていいっ、あ、もうどうせ、もどれないっ、あ、ぁあ!」 後ろから垂れさがっている輪っかのついた紐を引っ張りながら、息をつく。自分で引き抜くには少し勇気が必要だったが、今はこの体をなんとかする方が先だった。だから全部迷いを打ち消して。 「ひっ、あ、やぁああ!で、るっ、あ、ふぁ、ひんっ、あ、あうぅ、っ、すご、きもひいいっ、いい、イっひゃ、あ、ああ!!」 力を込めて一気に引き抜くとすごい勢いで中身がずるずると引き出され、外に押し出される度に言いようのない刺激を与える。それがあまりにもよくて、気がついた時には達していた。 腰を高く掲げてひくひくと麻痺しながら、口の端から涎を垂らして愉悦に酔う。もう瞳の中には、何も映ってはいなかった。九十九屋の声も聞こえない。 『顔も見たくねえ』 その時頭の中に響いてきたのは怒鳴りつける荒い声で、目元から涙がこぼれる。きっと次に会う時が、最後だ。だからあと少し、と自分に言い聞かせて。 「シズちゃん、っ、よろこんで、くれるかなぁ…」 壊れかけた心が、早く早く死にたい、死んでしまって煩わしいすべてのことから逃れたいと訴えていた。 text top |