あれは幻だったと冷静な頭で認識した時には全身ドロドロで、拘束されていた筈の腕も手枷を装飾品のように嵌められているだけで、両手に肉棒を握らされていた。 薬が切れて呆然としている俺を、あの男が見下ろしてきた。 「夢を見れて楽しかったですか?」 「…っ、あ、くそっ…うぅ、ふあんっ…!」 バックで床に手を突いて犯されながら、そいつを睨みつける。でもそんな抵抗なんて些細なもので、相手は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。それが悔しくてしょうがなかった。 前はこんな最中にはっきりと意識が戻ってくることがなかったのに、なんだか嫌な予感がしてならない。薬が切れるのが早くなったということは、つまり症状が悪化している証拠で。 「続きを見れますけど、どうしますか?」 「……え?」 目の前に差し出された注射器を、呆然と見つめた。これがあれば、またあの夢のような幸せな時間が訪れる。でもそれは、どんどんと体までもが侵されていくということだ。 くらりと眩暈がして、誘惑に負けそうな自分を叱咤する。これでは最後の日を迎える前に、こっちが壊れてしまうと。そんなのは避けなければいけない。でも。 「大丈夫ですよ、禁断症状などはありませんから。ちょっと情緒不安定になって、自暴自棄になりやすいかもしれませんが」 そんなのは嘘だ、と心の中で思う。でもわかっていながら、それに縋ろうとしている自分がみっともなかった。もうどうせ最後なのだから、少しぐらい壊れたっていいじゃないかと。 心が壊れたほうが、これ以上傷つくことも無いかもしれない。酷い言葉で嫌われても、何も感じないかもしれない。それを少しだけ望んでしまう。 だって次に帰った時には、罵倒されるしかないのだから。そう自分が仕向けたのだから。 「決意が足りませんか?じゃあ現実を、知るといい」 直後に男がポケットから携帯を取り出して、ボタンを押すとそれをこっちに手渡してきた。そこでようやく、見覚えのあるものだと気づいて、ディスプレイに表示されていた名前に驚愕する。 それは俺が持ってきていた携帯電話で、今発信している相手は、シズちゃんで。頭の中で整理しているうちに、呼び出し音が途切れた。 『おいなんだよ、手前』 「…っ、シズちゃ…ん、ぅ…!!」 携帯を持つ手が一瞬震えて、取り落しそうになる。慌てて握りしめて唇を噛んで声を押し殺す。まだ後ろでは男が俺の腰を掴んでガツガツと肉棒を叩きつけていたから。 こんなことをしているのを、絶対に知られたくないからと汗が噴き出すのも構わずに深く息を吐いて呼吸を整える。 『つーか昨日帰らなかったじゃねえか。そういう時は、言えよ』 「昨日…?ああ、そうだ…ね…っ、あ…そうだ、実は今日も帰れそうに、なくて…」 一体何を言えばいいのかわからなかったのだが、咄嗟に告げられたことを利用して今日も帰れないと取り繕うように言った。向こうは暫く黙っていたが、そうかと短く呟いただけで。 「今なら平和島さんに助けを求めていいですよ?」 「…な、っ…!?」 男の声に慌てて携帯を手で押さえて周りの音を拾われないようにしながら、そいつを射抜くように見つめる。そんなことをしたらどうなるかぐらい、俺もわかっていた。 向こうだって俺が選ばないことぐらいわかっていながら、提案してきたのだ。性質が悪いにも程がある。本当に最悪だ。 「助けてって言えば、すぐ来てくれるでしょう?それであなたも解放される。そして現実を、つきつけて…」 『おい臨也どうした?』 「…っ」 そいつにどう反論してやろうかと迷っていると、少しだけいらついているような声が聞こえてきた。ああこれはダメだと、すぐに悟る。助けて欲しい気持ちはあるけれど、俺がそんなの許せないと。 こんな汚いところなんて、絶対に見せたくない。見せてしまったら、最後のプレゼントの意味がなくなってしまうから。それは、俺の最後の贈り物の失敗ということで。 ここまで周到に準備してきたのに、そんな機会を失いたくはない。だったら助けなんて、いらないと。 「ご、めんね…っあ、ぅ…ちょっと取りこんでて…」 『もしかして体調悪いのか?なんか声が変だぞ』 「え…!い、いやそんなこと…はぁ、っ、う…ない、からさ…心配してくれて、あり、が…っ、とう」 隠しているつもりだったのに、あっさりと見破られて動揺した。こうやって電話越しに話すのだって初めてだというのに、一体どういうことなのだろうかと。そんなにも、鋭かったのかと驚いた。 慌てて声を完全に漏らさないようにと体を緊張させるが、そうしたことで余計に中のモノがはっきりと感じられて、疼いた。それが気持ちいいことぐらい、もう体は知っている。 『無理すんなよ、帰って来いよ』 「……っ、それは、その…」 『迎えに行ってやろうか?どっかで倒れられるのはあれだ、歩いてる奴らに迷惑だろ』 あまりにも優しい言葉に、ぐらりと心が揺らいだ。しかし見計らったかのように、背後の相手の動きが早まっていく。素早い律動を繰り返されて、体の奥底が熱くなる。 早く出してくれ、と本心では欲しているのに声に出せない。それが苦しくて、もどかしくて、堪えきれない気持ちが涙となって溢れてきた。 「シズ…ひゃ、ん…っ…ぅ」 『って、おい待てよ手前今…泣いてねえか?なんか俺マズいこと言ったかよ』 「えっ、あ、いや…全然泣いて、な…っ、あ、ぅう…ちが、これは、関係ないっ、ひ、ぁ…!」 急いで携帯から少し顔を遠ざけて、息を吐きだしながら少しだけ大きな声でそう言った。その間もガンガンと貫かれて、股間のモノも限界近くまで震えている。 今までで一番中を締めつけて、反応しているのは明らかだった。こんな状況で、シズちゃんと話をしているというのに、興奮しているのだ。変態だと言われてもしょうがないぐらい。 『こんなくだらねえことで、嘘ついてんじゃねえよ。泣いてるって言えよ』 「は…あっ!?ちが、うって…ちが、っ、もうちゃんと、っあん、あ…聞けよ…!!」 『手前の言うことは信用できねえって、何度言ってやりゃあわかるんだ』 その言葉に、愕然とした。確かに、シズちゃんは俺を全く信用していない。前よりはそれなりに近づいたかもしれないけれど、まだ何も話してはいないのだから俺のことは信じない。 だったら、もしかして言っても許されるのではないかと。 恋という意味で、好きで好きでたまらないと、伝えてしまってもいいのではないかと。 信じないだろうから鼻で笑われるに違いないのだが、それでも苦しい胸の内を少しは吐き出せたことで、スッキリする。そうしてしまってもいいのではないのかと。 「…す……っ、あ」 『おいどうした?』 「おれ、ほんとは…んぁ、はぁ、っ…」 その先を告げるのを想像したところで、後ろの奴が腰をしっかりと掴んで最後の追い上げを激しくしてくる。ガクガクと全身が揺れて、背が仰け反ってこっちも達する寸前だった。 頭の中がぐちゃぐちゃになって、もうこれ以上は何も考えられないと思った時には叫んでいた。 『臨也?』 「た、助けてッ…しう、ちゃ、あ、あぁは…助けてよ、助けにきれっ、あ、んあぁ…う、んぅ……っ、っ、んぐ……!!」 本当の気持ちをはっきりと伝えた瞬間に、中の肉棒が震えて白濁液が注がれた。同時に俺自身も腰から下を麻痺するように震わせて、射精なしで絶頂を迎えた。 目の奥がチカチカと光っていて、周りの景色が涙で歪む。気持ちいい、気持ちいい、と頭の中で繰り返しながら余韻に浸るように笑った。 「ふあっ…は、はははっ、なんてね…っ、俺がそんなこと言うと思う?」 『ああっ!?もしかして仮病かよ…!』 「そう、だよっ…ざーんねん、じゃあまたね」 それだけを告げて通話ボタンを切った。いつでも切ろうと思えばできたのに、そうしなかったのはただの未練で。なんとかしてくれないか、気づいてくれないかというわけのわからない願いで。 そんなことを考えていた自分を嫌悪した。実は助けて欲しくて、それはつまり、殺されるのも阻止して欲しいということで、起こりもしないことを無意識に望むなんて嫌気がする。 「よかったのか?」 「いいから切った、んだろ?いいよ、早くしろよ。薬打ってくれるんだろ?」 「ああそうだな、それを待ってたんだよ」 目の前の男にそう告げると、傍に寄ってきて迷いもなくまた注射針を刺しこまれた。そのピリッとした痛みですら安堵してしまって、息を吐いた。中身が注がれ始めると同時に、もう反応を示していた。 「あつい、熱い…っ、はやく…」 ブツブツとそう呟いていると、あっという間に快感が背中をかけあがっていって、目の前が真っ白に弾けて。 そうして望んでいた幻が、再び見えてきたので、その相手に向かって極上の笑みを浮かべて言った。 「あぁ…っ、シズちゃん、はやく、おちんぽ、いれて…ぇ?」 text top |