it's slave of sadness 5 | ナノ


「もう、大丈夫かなっと。お待たせ今日のメンテナンスしてあげるよ」

さっきまで開いていたウインドウを全部消して耳にかけていたインカムを外して、ソファに座っていたもう一体のアンドロイドに声を掛けた。
俺がパソコンに向かっていた間中、ずっと瞬きしたかどうかもわからないぐらい微動だにせず、ずっと俺の事を見て黙って待っていたのだ。
何も、知らずに。

「…サイケは?」
「だからさっき言ったじゃないか。新しいプログラムをインストールして、俺の代わりに仕事に行ってくれてるって」
「そうか」

確かにこれまで一度もサイケは、俺に容姿がそっくりなことと知能があまり無いこともあって外に出したことがなかった。だから毎日一緒だった津軽が所在について尋ねてくるのも当然だった。
サイケと津軽の間に恋なんかが芽生えていたかどうかは正直俺もよくわからなかったが、確実に津軽はサイケのことを自分の弟や妹を面倒みるように、懐いて構ってあげていた。
だから心配してくるのだ。
彼はシズちゃんなんかと違ってとても優しいし、物静かで俺のいう事をきちんと聞いてくれる人形だ。
顔を合わす度に殺し合いをしているような俺達の関係とは全く異なるのだ。
いちいち比べてしまう自分がバカらしいとは思ったけれど、見た目はお互いにそっくりなのだ。だからこうしてじっと津軽に見られているのは、悪くなかった。
ただ少し胸が痛いような苦しいような気もしたが、あえて感じないようにした。
だってその熱い視線は俺にではなく、メンテナンスをしてくれるマスターとして見られているのは気がついていたからだ。サイケに向けられるものとは違う類なのは、気がついている。
それを利用させて貰ったが。

「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。知識は習得したけど、サイケの性格はそのままだしきっと笑顔で戻ってくるよ」

けれどもその笑顔は今までのものとはきっと種類が異なる、作られたものなんだと核心しきっていた。
アンドロイドは壊れはしない、でも傷つくのだ。人間と同じように。

それからサイケが戻ってきた頃には一日以上経っていて、そろそろ辺りも暗くなるような時間帯だった。
姿形の見た目にはなにも変わっていないように見えたが、これまでの何も知らない純粋さしかなかった雰囲気に、少し影があるように感じられた。
きっとこれが人間だったら意気消沈して、心も体もボロボロに引き裂かれているだろうに、そうは見えないところが悲しいところだ。

「やあ、おかえり。その調子だとちゃんと習得できたみたいだね、よかったじゃないか」

ナニが、とははっきり言わなかった。わざとぼかすところが、厭らしいなと自分でもわかっていたがあえてやめられなかった。
機嫌よく話し掛けた俺に対して、真剣で少し思いつめたような表情を変えないまま口を開いた。

「うん、たくさん…教えて貰ったから……あの、臨也くんに聞きたいんだけど…その…津軽は……」
「あぁ彼なら今までずっと君達は一緒に過ごしてたから、すごく心配していたよ」
「いや、あのそうじゃなくて…津軽は本当にこんな俺のこと…好きになって、くれる…かな?」

その一言を聞いた瞬間、感嘆した。さすがはアンドロイドと言うべきか、知識さえ与えれば気持ちだけでも本物の人間のようになれるのだと興奮した。
大袈裟に笑い出したいところを堪えながら、椅子を後ろに引いてキィキィと音を鳴らしながら揺すった。

「なんで、そんなことを思ったんだい?理由を教えてくれないか」
「だって……臨也くんは、本当は知ってるんでしょ?知ってるんだよね?こんな汚れちゃった俺なんかじゃ、津軽につりあわないって!」

ただの人形な癖に、やけに切なくて辛そうな表情をしながら必死に俺に縋りつくように叫んできた。同じ顔なのが不愉快だと思ったのは、始めてだった。
俺だったらこんな無様な顔を誰かに晒すなんてことは絶対にしないし、ここまでうろたえもしない。
恋愛一つで心が揺さぶられるほど本気になることも絶対にない。
顔を顰めながら動きを止めて、ゆっくりと真実の言葉を紡ぎ出した。

「そうだよ、もう何十人もの男を相手にして汚れきった君じゃあ津軽の方だって困るんじゃないかな。だって激しいのが好きなわけがないだろ、普通は」
「じゃあ……なんで……」

サイケがそれ以上を俺に尋ねることができないのはわかっていた。作られた存在は人間に逆らうことはできない。
俺がした事に対して咎めることなどできはしないのだ。

「それは騙してしまって悪かったよ。でも君が代わりになってくれなければ俺が襲われていたんだ。だから感謝はしているよ」

今回の件はこっちからけしかけたことなので、全部嘘だった。俺を恨んでそうな奴らに話を持ちかけたら、すぐに乗ってきたのだ。結構な人数になっていたのは、少々誤算だったが。
偽りの笑みを浮かべて見つめると、どうしたらいいかわからないという表情で黙りこんだ。
こうやって陥れても怒られないところが、本当に便利なモノだなと思った。どうせ人に対してはなにもできないんだから、という驕りがあった。
だから次に告げられた言葉は、かなりの衝撃を受けた。

「俺は…こんな目にあってもまだ津軽のこと好きなんだ。津軽のことも信じてる。絶対にわかってくれるって思ってるから、だから臨也くんも静雄さんに――」
「うるさいっ!黙れ、人形の癖に逆らうっていうのか!!」

気がついた時には椅子から立ち上がり目の前の机に激しく両手を叩きつけ、派手な音を出していた。怒りや不愉快
さが一気に広がっていって、唇をわななかせていた。
向こうは怒られることをわかって切り出した癖に、肩を大げさにビクリと震わせて怯えを露わにした。それでも瞳は揺らがず意志を宿しているのが気に食わなかったが。

「違う、そんなつもりはなくてただ話を聞いて…!」

必死の懇願に余計にいらつきが増して衝動的に手を出してしまいそうにもなりかけたが、堪えた。それがただの八つ当たりなのだとわかっていたからだ。
そうしてすぐに頭を整理して、こんなただの作り物相手に本気になる必要などないと言い聞かせた。

「わかったよ。好きにしたらいい」

その時にはすっかり落ち着いていて、淡々と告げた。しかし話はもうこれでおしまいだとばかりに、事務所のソファの上に置いてあったコートをはおりそのまま玄関に向かった。
ちょうどいいことにこの後に仕事が入っていたし、これ以上なにも考えたくなくて適当に言っただけだった。
まさかこの言葉を心底後悔する羽目になろうとは、思いもよらずに。

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