しかも一緒に住むだなんて言いだしていて、何がどうなったらそうなるのか理解できない。同情なのかと問えばわからないと言われるし、どういうことなのか。 「やめろよ、っ…離せって……!!」 ぐちゃぐちゃになった思考を振り払うように、肩に置かれた手を除けようとした。でも俺の力ではびくともしなくて、滑稽に一人で暴れているだけだ。惨めで悔しくて、涙さえ出そうだった。 弱っているところを見られて、夢の中ではうまくいったことが何一つできない。これが現実の世界なんだと、認識したくないぐらい滅茶苦茶だ。 「うるせえな、病人がこれ以上暴れるんじゃねえ!」 「……っ!」 一括する声が部屋の中に響き渡って、それでようやく我に返った。真剣な表情でシズちゃんはこっちを眺めていて、視線が交錯した。 呆然としながら酷い醜態を晒した自分が急に嫌になって、何もかもがどうでもよくなった。だから全身から力を抜いて、その場に立ち尽くす。するとそれを見てやっと落ち着いたか、と言われる。 ただ諦めただけだ、とは言わなかった。その代わりに緩められた腕を振りほどいて、早足で机の前まで行く。そうして一番上の引き出しから鍵の束を取り出して、その一つを掲げて言った。 「これ、欲しいんでしょ。わかったよあげるから、もう好き勝手していいから一人にさせて」 「バカ言え。監視するって言ってるのに、どうして一人にすんだよ。絶対に逃げるだろうが手前は。信用ならねえ」 これでなんとかなると思って告げたのに、はっきりと拒絶された上に信用できないなんて言われて、驚愕した。シズちゃんが俺に対して暴言を吐くことは普通だけれど、意図がわからないからだ。 こんなことをして、一体向こうに何の得があるのか、どうしたいのかわからない。なにも、わからなかった。 「逃げないよ。監視したいなら扉の前に居ればいいだろ、だから俺の部屋には一歩も入るな。これなら、問題ないだろ?」 「しょうがねえな…」 せめて譲歩すると、シズちゃんは渋々了承した。そうしてこっちに近づいて来て、俺の持っていた鍵を乱暴に奪い取った。その時、なんとなく前にも似たようなことがあった気がして、妙な気分になる。 実際には起こっていないのだが、夢の中の出来事と、シズちゃんと一緒に住むということは一致していた。でもここは都合のいい夢の世界ではない。 あの時と同じようなことをしても俺の恋が実るわけでも、死ぬわけでもない。だからすぐに忘れて、二階へあがる階段へと近づく。一人になる為にそうしようと思ったのに、また背後から邪魔をされた。 「もう、今度は何だよ!」 「まともに歩けねえのに先に行こうとすんな、待てよ」 「えっ、ちょっと…!もう、いいからやめ…・…っ!!」 ちょうど階段に片足をかけたところで後ろから引っ張られてしまったので、タイミング悪くずるりと足が滑った。驚く間もなくそのまま前のめりに倒れて、頭に激痛がしたところで急速に意識が途切れた。 「ん……?」 まだズキズキと頭をぶつけたところが痛かったが、ゆっくりと目を開いてとりあえず生きていることにほっとした。でもすぐに、違和感を覚えて全身が硬直する。 今度こそ、これはデジャブのようなものだと気がついた。だって体を起こそうとして、手首が紐か何かで縛られていたから。前にも、夢の中でも、同じ目に遭っていた。 「自分の思い通りにいかないから拘束する、っていうのはどっちのシズちゃんも一緒なんだ、へえ」 顔を歪めながら、必死に逃れようとするのにベッドの上でもがくだけで何も変わらない。相当キツく縛られているのか、擦れた部分が痛くてもしかしたら血だって出ているかもしれないが止めなかった。 でもすぐに体力が無くなって、肩で息をしながらそのままうつぶせになってシーツに顔を埋めた。そうして自然と、瞳から涙がこぼれ始めた。 やっぱりまた、あの悪夢を見てしまったからだ。もう枯れ果てるぐらい泣いていたけれど、それでは飽き足らないらしい。さっきシズちゃんの前で堪えられたのは、奇跡に近かったのだ。 「うっ…ふぅ、く…」 確かにこんなのでは、精神的な病気だと言われても納得できる。こんなにも強烈に夢の出来事に囚われるなんて、普通ではないから。でも俺自身ではどうにもできなかった。 必死で忘れようと、シズちゃんへの気持ちもなかったことにしようとしていたのに、それをさせてはくれなかったから。部屋の中に居ないのなら、律儀に扉の外に居るのかと思ったが確かめる術は無い。 動けないのだから、これでは一人になったところで監禁されているのと変わらない。でも傍に居ない分だけ、気持ちを静めることはできる。 頭の中で、夢に見た、大好きな彼の姿を思い起こした。一緒に過ごして、他愛もない会話をして、彼の為に死ぬことを喜んでいた自分のこと。 好きな相手に尽くすのと同じぐらい、手を回していろいろ画策した。自分が死んだ後にどう驚いてくれるか想像するのは、とても楽しかった。それで悲しいことを紛らわせていた。 男達に無理矢理体を割り開かれて、薬を使われて淫らにされたことも、考えないようにできた。それがなかったら、途中で諦めていたかもしれない。でも最後までやり遂げて。 そうして、少しばかりの未練を残しつつ死んだと思っていたのに。 「はぁっ、あ…うぅ、う…」 できる限り声を押し殺して、布団に顔を突っ伏して泣いた。でも堪えられない声が時折漏れて、でも室内に踏み込まれないのだから外に聞こえてはいないのだろう。 そうしていつものように、夢の中で綺麗に死ねればよかったのに、と堂々巡りの後悔をしていた時に急に扉が開いた。 「……ッ!?」 「…なんて顔してんだ、手前は」 平然とした表情で部屋に踏み込んできた相手は、しかしすぐに僅かに表情を曇らせてこっちを睨みつけてきた。 泣いているところを見られるなんて、最悪だ。 けれども涙は止まらなくて、ぼろぼろとこぼれ続ける。視界はすぐに歪んで何も映らなくなって、最後には視線を逸らして再び無言のまま布団に顔を押しつけた。 だから入ってくるなって言ったのに、という言葉は喉の奥で飲みこんだ。 「そんなに縛られるのが嫌だったのかよ。つーか、血が出てるじゃねえか」 背後でシズちゃんの気配が近づくのがわかったが、頑なに動かなかった。すると後ろ手に縛られている部分を掴まれて、妙に慌てたような声が聞こえる。 でもそれでも振り向くつもりはなくて、シーツを涙で汚すだけだった。そのうち、ちょっと待ってろと声が聞こえて足音が遠ざかって行った。 しかし俺は放心状態のまま、泣くことしかできなかった。もうなにもかもが本当にどうでもよくて、弱い部分を見られたのがあまりにもショックで現実逃避をしていた。 夢の中で縛られた時は、跡がついているだけだったとか、なんだかんだであの後外してくれたとか。そういうことを悶々と考えていると、派手な足音が再び聞こえてきてどうやら戻ってきたらしい。 「おい起きろ」 「え、なに…それ?」 声を掛けられたと同時に背中を掴まれて、強引に上半身を起こされて座らされる。そして目に飛び込んできたのは、見覚えのある救急箱で。どうしてそれを持っているのか意味がわからなかった。 しかしやけにゆっくりとした声で尋ねた俺と違って、シズちゃんは乱暴に蓋を開けて中から白い包帯を取り出した。それから、縄をあっさりと切ると消毒もしないまま巻きつけてきた。 「ちょっと、これどういうこと…?」 「手当してやってんだから、黙ってろ。ついでにこうすりゃいいだろ」 ぐるぐるに手首に巻きつけていたが、最後には強く縛り満足したように少しだけ笑った。それを呆然と見ながら、包帯を巻かれた箇所をじっと眺める。 そこはもう、どのぐらい血が滲んでいたかわからないぐらいぐるぐる巻きになっている。そしてうまいこと両手を再び拘束されたのだと、気づいた。 「これなら痛くねえし、逃げれねえだろ」 「そう…」 盛大にため息をつきながら、やっぱりと内心思った。確かに痛みはもう無かったが、両手首を覆うように巻かれれば腕はさっきまでと同じように使えない。 シズちゃんにしては考えた方だな、と呆れながらどうして救急箱の場所がわかったのだろうと疑問に思う。でも部屋の中を適当に漁ればすぐ見つかるので、短時間で探し当てたのだと勘違いした。 もしそのことを指摘していれば、もう少し早く関係が変わったかもしれないのに。 「で、そろそろ涙は止まったか?」 「ん……?」 急に尋ねられて顔をあげると、さっきまでより神妙な様子でシズちゃんがベッドの上に乗りあげてきた。そうして俺の両手を掴んだまま告げた。 「なんで泣いてたんだ、話してみろよ」 その言葉に、思考が完全に停止した。 text top |