it's slave of sadness 2 | ナノ

「あたらしい、プログラム?」
「そうだよ君にとっても悪い話じゃないと思うよ。これを入れると津軽のことがもっとよくわかるようになるから」

断る理由なんてどこにもなかった。津軽のことももっと知りたいし、なによりマスターである臨也くんの役に立てるというのならすぐにでも入れて欲しいと言った。
何も考えていなかった。
何も知らなかった。

「どう気分は?」
「えっと……あまりにも情報が多すぎて整理できていないっていうのが正直な感想なんだけど…」

目覚めてすぐは思考がまとまらず、はっきり言ってなにがなんだかわからなかった。ついさっきまでは知らなかったことすべてが、わかるようになっていたのは驚きだった。
例えば今目の前にあるパソコンの中にはどんなデータがどのぐらい入っているかとか、そういうことまではっきり記憶しているのだ。
すぐに必要の無いものは考えなければ整理されていて出てくることはないが、まだ起動したばかりで追いついていない。
そんな頭で真っ先に考えたのは、津軽のことだった。

「俺の知識とか記憶とか感情を使ってるから、多少普通とは違うかもしれないけれど君ならきっと的確に分類できるよね?」
「え?あ…うん。でも、あのこれ……なんで津軽は…俺と一緒の時も臨也くんのことを見てる……の?」

これまで俺が見ていたものとは全く異なる津軽の姿がすぐに浮かんで、違和感に気がついた。これまでだったら絶対に気がつけなかった違和感。
ついさっきまでだって二人で並んで話をしていたはずなのに、たまに視線が不意に外れて、ひっそりと臨也くんのほうを見ている。
その意味がわからないほど、鈍感ではなくなっていた。
よくわからない感情がじわじわと胸の内に広がっていって、嫌な汗が流れていくようだった。

「さあそれはよくわからないな。でもサイケも起きたばっかりで津軽津軽って、本当に君は津軽のことが好きなんだね」
「……好…き…?」

その言葉にハッとした。
これまで臨也くんの元に来てからこれまでの津軽との出来事が、全部鮮明に思い出されて一つの結論を弾き出した。
すべては津軽が好きだからこその行動なのだったと、やっと理解した。

「好き…好き…これが好きってこと?俺はアンドロイドなのに…好きになってもいいの?」
「だって君たちは同じアンドロイド同士じゃないか。人間に恋をしているわけでもないのだから問題はないよ」
「人間に……恋?」

どうしてかはわからなかったが、急に胸が締めつけられるように痛くなって呼吸が一瞬だけ止まるような感覚がした。どうしてそうなったのかなんて、すぐにわかる。
機械じかけの頭はすぐに正確な答えを提示してくる。こっちの気持ちなんてお構い無しに。

「もしかして…津軽は臨也くんに……人間に恋をしているの?」
「そうなのかい?君がそう結論づけたということは、当たっているのかもしれないね。なんていったってアンドロイドは正確だから。でもこのままだと、津軽はどうなるのかな?」

ダメ押しをするように臨也くんが告げてきて、愕然とした。人間を好きになってはいけないのにそれを破ってしまったら、罰を受けてしまうのではないだろうか。
どうなるかまでは俺自身にもよくわからないが、約束を破ったら罰を受けてしまうということだけはわかる。
それだけは、させてはならないと思った。

「ど、どうしよう…!津軽が…津軽はどうなるの?どうしたらいいの?臨也くんッ…!!」

急にパニックに陥ってしまって、考えても考えても出てこない答えに不安になって叫んだ。ここまで感情を乱したことなんて、これまではなかった。
けれど受け入れてしまったプログラムは、今更アンインストールすることなどできないのだ。
拳を握り締めて心臓のあたりを押さえながら、俺だけでは出ない答えを求めた。返ってくるはずはないと思っていたのに、あっさりと告げられた。

「だったら君が元に戻してあげればいいじゃないか。アンドロイドはアンドロイドしか好きになってはいけない、津軽はサイケのことを好きになるべきだと示してあげたらいいよ」
「え……ど、うやって?」

そんなことをわざわざ臨也くんに言われなくても、瞬時に頭の中で理解できた。けれどすぐには信じられなかった。
どうしてこんなプログラムがインストールされたのだろうかと考えると、このことを先に危惧していたからなのだと悟るしかなかった。
耳を塞ぎたかったけれど、あっさりと言い放たれる。

「とっておきの高いプログラム入れてあげただろ?それで津軽のことを落とすんだよ…君の体でね」
「から…だ」

どういうことを指しているのかわからないほどバカではなかった。きっと臨也くんは知っていたんだ。今の俺では津軽を振り向かせることはできなくて、助けることができないと。
だから性欲を利用して誘いを掛けて引き戻すしかないと、それしか方法がないのだと。
しかしいくら人間の言うことに逆らえないアンドロイドでも、心は人並みに宿っている。ほとんど生まれたばかりで経験もない俺にそんなことができるとは到底思えなかった。

「不安だよね?だからさあ、練習が必要だと思うんだ。いくらプログラムが入ってるからっていってもいきなり実践なしじゃあだめだろ?俺が紹介してあげるから」
「練習…?一生懸命練習したら俺にもできるかな?津軽のこと誘惑して、助けてあげることができるかな?」
「ああ、大丈夫だよ」

俺の肩にポンッと手を置いてきたので、やっとそこで安堵の息を吐いた。アンドロイドでもすぐに完璧に出来るようになるとは思えない。
プログラムは正確でもすぐにできるかは本人の性格や資質にかかっているのだ。これまでお茶ぐらいしか入れたことのない俺にどこまでできるかわからなかったが、できるところまでやろうと決意した。

「きっと君は不器用だから、早く習得するためにはたくさんの人に教えてもらうほうがいいと思うんだ。多少乱暴かもしれないけど頑張ってね」
「うん…俺頑張る!それで絶対に津軽のこと…俺のほうに振り向かせてまた二人で仲良くお話するんだ!」

正直怖い気持ちの方が大きかったが、自分を奮い立たせてわざと明るい表情を作って微笑んだ。そうすることで、自分自身も元気になるのだ。
それに同じようにニッコリと笑みを返してくれたので、余計に力が沸いてくるようだった。
その時の俺は、まだ起きたばかりで、何も知らなくて、考えようともしなくて、すべてが終わった後に選択を間違ったのかもしれないと気がついたのだった。

text top