it's slave of sadness 1 | ナノ


※注意
静臨前提なのですが先の展開でサイケ×静雄があります
モブ×サイケとモブ×臨也もあるので注意して下さい
サイケも臨也もかなり酷い目に合いますが最後はハッピーエンドです

俺の家には今、人間は俺しか居ない。
けれど視線の先には、二人の寄り添う人影がある。けれど彼らは人間では、ない。
来客用のソファを占領し、俺が与えた雑誌を一緒に見つめながらあれこれと談笑していた。その二人の姿は、俺とシズちゃんにそっくりどころか全く同じで仲睦まじくじゃれあっている。
知り合いが見たら大爆笑するような、ありえない光景だったのだが、彼らにとってはこれが日常だった。

「つがるーこれ、なに?」
「……ん?これは、温泉じゃないか。お風呂が大きくなったもので、大きさによって多くの人数で入れるものだな。この写真だと十人ぐらいは入れそうだな」
「そうなんだ?なんか、おもしろそうだね」

どうしてかはわからなかったが、必要以上にくっつきあって雑誌の記事を一生懸命読んでいる。傍から見たら完全に恋人同士のいちゃつきと、何ら変わらない。
表情は変えずにその光景を複雑な気持ちで見つめていた。
彼らは姿形こそ人と同じだが、所轄は人の手によって作られたアンドロイドだ。出来た経緯などの詳しい事は知らないが、ある日突然新羅がこの二人を連れてきたのだ。
人の顔を勝手に使ったことを問いかけるよりも先に強引に押し付けられて、結局どうする事も出来なくて預かっている。一応まだいろいろと実験段階の代物らしい。
しかし二人を同時に預かるのは無理だと言うと、シズちゃんにそっくりな方の”津軽”というアンドロイドの方はシズちゃんが預かってくれることになった。
さすがに俺が真っ先に捨てるのはどっちかわかってしまったのだろう。ただしなんの機械も持たないシズちゃんではなにもできないので、メンテナンスと称して昼間は俺の家に来ていた。
もうほとんど俺が預かっていることには変わらない状態だったのだが。
確かに人間と違って彼らは手が掛かることはなく、むしろ人間の命令には逆らえない分だけいざという時には頼りになる。
外に連れ歩いてはいないが、力は俺よりはるかに強いので用心棒にもちょうどいいだろう。頼めばお茶だって入れてくれる。ただしそれ以上を求めるには、プログラムが必要だった。
快く預かった一つの原因として、これが大きかった。様々なプログラムが存在して、それをインストールするとなんでもこなすようになる。
今はまだなんのソフトも入れていないが、俺の考え一つで人間以上に正確な動きをしてくれる力強い駒ができるということだ。おもしろいかはこの際置いて、仕事に利用できるのだ。

「まぁまだ使う気はないけどね」

俺は人間が好きだ。アンドロイドなんて全く興味などなかったが、二人を見た瞬間閃いたことがあったのだ。それをどう試そうかと考えている最中なのだ。
まずは彼らの性格や特徴を把握して、充分に考える必要があったのだ。そうして着々と準備は整っていた。
姿形が俺にそっくりな”サイケ”は純真無垢な性格で思考能力がかなり劣っているようだった。まるでこの俺とは正反対だ。
姿形がシズちゃんにそっくりな”津軽”は基本大人しく無口だが、一般の知識は持っている上にどことなく優しさを携えていた。まるでシズちゃんとは正反対だ。
ここまで本人達とは違う二人がいるとどうなるだろうという好奇心は初日から満たされて、予想より早くあっさりと仲良くなってそのままだ。
そのまま、というのは進展していないということなのだが、それはプログラムがインストールされていないから当然なのだ。

「俺も津軽とおんせんに、はいりたいなあ。はだかのところ、みたことないし」
「そんなの見たいのか?」
「津軽のこと、なんでもしりたいもん」

こんな話をしているのに二人の間には色恋沙汰に発展する素振りもない。
アンドロイドの掟として人間に恋をしてはいけない、人間に逆らってはいけないというのがあるがお互いは同じモノなのだからその制約は通じない。
彼らは彼らだけが唯一結ばれることが出来るのに、その資質を持っているのに知識がないから先へは進めないのだ。
いくら作り物とはいえ心はある。好き嫌いだってある。その中で二人ははじめから、惹かれあうようにいたというのに子供のおままごとのようにじゃれあうだけだった。
そんなかわいそうな彼らを、繋げることができるのは知識を与えられる俺だけだ。

「まぁ、こんなの姿形が俺とシズちゃんであって中身は別物なんだけどさあ」

けれどその別物に、時折面影を見てしまう。
視線をゆっくりとシズちゃんと同じ姿の津軽へと向けると、瞳が合った。たまにこうしてはっきりと目が合うことがあったが、本人はほとんど気がついていないのだろう。
何も言わないし、暫く逸らそうともしない。
こっちも無言で見つめながら、やっぱり本物との違いを実感していた。こんなに穏やかに優しく見つめられたことなど、一度もないのだ。
俺はずっとただ一方的に見つめ続けているというのに。
出会った頃から、それこそ出会う前から俺はシズちゃんに惹かれてすぐに好きになった。そしてもう随分と経つというのに、何の意思表示もしたことがない。
それはお互いが嫌い合っているという前提があったからだ。嫌いな相手が好きになるなる余地がない、という当然の思考に基づいてのことだった。
じゃあどうして初めて会った時に嫌い合うように仕向けたのかは、そのほうが長く関係を続けられると思ったからだ。正反対の二人が仲良くなって、続くはずなんかないのだ普通は。
だからただ関係を続ける為だけに、最悪な方向に手回しした。そうすることになんの疑問も抱かなかったし、嘘をつくことも、欺くこともなにもかもが慣れていたのだから。
幸いにも俺の願いどおりにすべては動いて、今に至るのだ。つかず離れずの距離で、ただ喧嘩だけを続けるという関係に。
アンドロイドを預かる時も、津軽のメンテナンスなどの話の時もシズちゃんは一度も姿を現していない。
わからないことは勝手にそっちでやれの一言で、そういえば二人が来てからはもう会っていないような気がする。ただ単に俺が自宅から離れることがあまり出来なくなったからなのだが。
当然の事ながら仕事は続けていたが、そんなに大掛かりな依頼や事件もなかったので、ほとんど二人につきっきりだった。
最初に閃いたあることを実行する為に、かなりの時間と労力を裂いてきた。そうしてほぼ独学に近い状態でプログラムを理解して、作り出すことに成功した。
膨大な知識を得る為に金を注ぎ込むなんてもっての外だったので、別の方法で与えることができないかと考えたのがこれだ。
俺の経験と知識をプログラム化して、それを二人に与えるという方法だった。
それはアンドロイドに人の記憶を見させるというだけで、本来の性格などを変えることはない。他の知識プログラムと同等で、ただの映像みたいなものだ。
けれど俺は自分で言うのもなんだが普通の人間より表の部分も裏の部分も、ましてや趣味である人間観察で多くの者を見てきている。それがどう影響するか楽しみだった。
恋をする人間というのも、数多く眺めてきているのだからきっと二人は何かに気がつくはずだ。それがいい方向に流れてくれると、信じている。

「でも俺はひねくれ者で恋のキューピッドじゃないからね、なるべく最悪な形でくっつけてあげるよ」

望んだプログラムは完成した。そうして手に入れた他のプログラムと一緒に、まずは俺の分身であるサイケから与えるつもりだった。
唯一俺には経験の無い、性行為に関するプログラムと一緒に。

「俺もサイケのことがもっと知りたい」
「そう、なんだ?じゃあいっしょだね」

無邪気になにも事情を知らない人形達が、夢物語のような戯言をいつまでも繰り返し続けていた。


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