嬉しくてしょうがなかった。まさに、何度もこんな風に抱かれることを夢見ながらあの男に犯されていた。だからまだ、夢見心地な気分だった。本当にこれは現実なのかと。 俺にはもう時間間隔が無くて、どのぐらい過ぎたのかわからなかったけれど、本当に久しぶりだった。喧嘩して飛び出したあの日が、随分と遠い昔のように感じていた。 当然のことながら、俺の中でもシズちゃんと恋人同士として過ごしていた時間が薄れていた。だっていつ終わるかわからない凌辱のせいで、幸せだった時を思い出したくなかったからだ。 快楽でどろどろに蕩けた頭で、そんなことを考えたくはなかったからだ。辛くて、苦しくて、胸が張り裂けそうだったからだ。 「あの、さ……」 だから、とっさにどんな風に接して過ごしていたのか思い出せなかった。それを頭に浮かべようとすると、どうしてかさっきの男のことが頭に浮かぶのだ。 もう目の前には居ないのに、虐げられていたことが忘れられなくて、気がついたら両手が震えていた。当然それは、シズちゃんにも伝わっていた。 「怖かったよな。でも助けられて、よかった……手前がちゃんと生きてくれているだけで、俺は嬉しい。だから、何も言うな今は言わなくていい」 「シズ、ちゃ……っ、う」 そんな優しい言葉を掛けられて、堪えることなんてできなかった。自然と瞳からぽろぽろと涙が溢れて、目を瞑った。すると背中に回された腕が、そこをゆっくりと撫でてきた。 だから余計に涙が止まらなくて、遂には嗚咽を漏らして泣き始めた。ずっと心の中に溜めこんでいた気持ちを、吐き出すように泣いた。そんな俺に、シズちゃんはずっとつきあってくれた。 そうして泣き止んで手の震えがおさまるまで、いつまでもその体勢で抱いてくれていた。そのことがとにかく嬉しくて、申し訳ない気持ちは一旦置いておいた。 やがて落ちついたところで俺を抱えたままシズちゃんが立ちあがり、そのままベッドの端に座らされた。その時になって、やっと自分がどんな格好をしているか気がついた。 慌てて手で前だけを頼りなく隠して、下を向いた。全身は白濁だらけで汚れ、全身には情事の跡がいくつも残っていた。手首にだって縛られた跡がある。 「……っ」 一度はおさまりかけたのに、それを見てまた頭の中がパニックになった。いろんな映像が頭の中に浮かんでは消え、そのどれもが淫らな行為のことだった。 自分の体がどんなことになっているか、何を言ってねだったのか、全部覚えている。忘れられたらよかったのに、無情なぐらいに残っていた。だから、怖いと。手がまた震えそうになった。ところが。 「おい臨也」 「え……?んっ……ふ、うぅ、っ、く…んぐ、っ、うぅ…あ、んあっ」 頭上から声が聞こえてきたかと思うと、突然顎を掴まれて上を向かされて唇が押し当てられた。キスをしていると気づいた時には、口内に舌が入りこんでいた。 そしてなにか薬のような錠剤が喉奥に入れられて、慌てている間に無理矢理押しこまれて飲み込んでしまう。艶っぽいあえぎ声を出してしまったことに照れていると、名残惜しそうに糸を引きながら唇が離れた。 何を飲まされたかは、なんとなくわかっていた。声を発しようとして、目の前がぐにゃりと強制的に歪んで全身の力が抜けてきたのだ。 「全部忘れて、ゆっくり休め。今の手前には休息が必要なんだ、ずっとついててやるから、だから……」 そうして記憶はぷっつりとそこで途切れた。睡眠薬を飲まされるなんて少し迂闊だったと思いながら、あたたかい腕に抱かれるのは心地いいと見当違いなことを考えながら意識は沈んでいった。 「っ、あ……!」 次に目を覚ました時に、俺は驚いた。全身びっしょりと汗を掻いて、直前まで魘されていたような気がしていた。だって見た夢は最低最悪のもので、慌ててズボンを見るとそこが汚れていた。 悪夢のはずなのに、それを見て夢精をしただなんてショックなんてものじゃない。慌てて布団から出ようとしたが、すぐにそれは遮られた。 「どうした?大丈夫か?」 「シズ…ちゃん…っ」 真横を見るとどうやら隣で眠っていたようで、眠そうに目元を擦りながら体を起こして俺の手首を掴んでいた。戸惑いながら今の状態をどう伝えるべきか、迷った。 そうして焦れば焦るほど頭の中は混乱して、淫らな体になったこととか、喧嘩をした時のこととか、悪い記憶ばかりが蘇る。そうして気がつけば、息をするのも苦しくて呼吸困難に陥っていた。 「は…っ、はぁ…は、ふぁ……っ、んうぅ…ぅ、く、ふ、うぅ」 おもわず胸を押さえて片手でシーツをぎゅっと握って耐えようとしたところで、強制的に唇が塞がれた。それに何の反応もできないでいると、昨日と同じように背中に手が回されて優しく口づけられた。 上下に背を撫でられながら、舌が差し込まれてゆっくりと絡まれていると、さっきまでの悪夢は吹き飛んで別の事を思い出した。 それはこんなことになる前に、シズちゃんと一緒の部屋で過ごしていた時にされた、キスのことだ。セックスはあまりしなかったが、キスは何度もした。 俺はされるのが好きだったし、向こうも同じように思っていたようで繰り返しされた。他の事は曖昧だったのに、こうやってふれられていると、すぐに思い出した。 少しだけそれに安堵していると、顔が離れていった。すぐに軽く息をつくと、その時にはもういつも通りに戻っていた。 「はぁ…っ、よかった…」 「大丈夫か?落ち着ついたか?」 「うん、ありがとう」 遠慮がちに眺めて小声でそう言うと、大きな手が頭に乗せられてそのまま撫でられた。くすぐったくて目を細めていると、いろんなことが蘇ってきた。 さっきま何も思い出せなかったのに、こうしてふれられていると簡単に浮かんでくる。まるで魔法の手だな、と思っているとその考えに恥ずかしくなってかあっと頬が熱くなった。 「で、どうした?また魘されてたのか?」 「え?また…って、もしかして俺何度も魘されてたの?」 「まあ、しょうがねえだろ。気にすんな。それに俺が抱いてやったらすぐおさまってたし、傍に居てやるから安心しろ」 そう言われている間もずっと髪を撫でられていて、くすぐったいやら照れ臭いやらでどうしようもなかった。しかもやけにどっしりと構えているシズちゃんがかっこいいとまで思ってしまった。 さっきまであんなに醜態を晒していたのに暢気なことを考えられるという事は、そこまで深刻に考えなくてもいいのかもしれないと、少しだけほっとした。 だから言いたくない気持ちもあったのだが、ゆっくりと言葉を吐きだした。 「あのさ、ちょっと服汚しちゃったみたいだから…シャワー浴びてきたいんだけどいいかな?」 「あぁ一人で大丈夫か?立てるか?」 「そ、そこまで世話してくれなくても大丈夫、だよ」 内心ドキドキしつつ恐る恐る足を踏み出そうとしたのだが、どうしてか抱きついた腕が離れなかった。力を入れられているわけではなかったので俺も振りほどけばできたのだが、それをしなかった。 下着はぐちゃぐちゃで気持ち悪いし、早くシャワーを浴びてきたいのに、名残惜しい気持ちが大きかった。どうしたらいいんだろうと困っていると、唐突に告げられた。 「やっぱり俺も一緒にシャワー浴びる。別にいいだろ?」 「えっ…?い、いやその…恥ずかしいってさすがにそれは……」 「悪い、臨也のほうが辛いとかそういうのわかってんだが。どうやらこっちのが参ってるっていうか、ほんの少しの時間でも離れたくねえみたいなんだ」 「……っ、シズちゃん?」 頭から火を噴きそうな言葉に戸惑っていると、抱かれた体勢のままシズちゃんが立ちあがり俺の体を軽々と持ちあげて歩き出した。そのまま肩に担がれて出口まで歩いていく。 ただでさえ汚してしまっているというのに、と慌てているとそういえば一緒に寝ていたみたいだけどなんで、とか泊まったののとか服どうしたのとかいろんな疑問が頭をよぎった。 そうしている間に脱衣所に着いてしまい、服を脱げるかと言いながら俺の部屋着に抱きついたまま手を伸ばしてきたので慌てた。 「ま、待って!自分でできるからッ!気持ちもわかるけど、できればここで待っててくれた方が…」 「放っておけねえんだよ。ほら体も洗ってやるから……」 「だ、だからいいってほんと、ごめんッ!!」 汚れた下着とズボンを見られないように素早く洗濯機の中に放り込むと、逃げるようにして浴室に入った。念の為鍵を閉めてほっと溜息をついた。 俺の着替えをしてくれたということは全身の跡も見られているだろうが、なにより夢精したのを知られたくなかった。洗うなんて言っていたけど、それこそシズちゃんにされるなんて耐えられない。 傍に居ると思っただけで体が熱くなるぐらい意識しているのに、理性を保っていられる保証はなかった。つまりは、淫らになった体で俺自身が誘いはしないかとそれが怖かった。 そうやって嫌な方向に考えかけたところで、慌てて頭を左右に振って忘れようとした。昨日も今日も、そんな最低な自分のことを思っただけで呼吸が苦しくなったのだ。 だから間違いなくそれらが原因だろうと見当がついていたのだ。 一週間犯された記憶がトラウマになっているのだと。 そんなのはよくある話なのだが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。でも唯一の救いはその時の対処法を既に知っていることだ。 きっとシズちゃんと居れば、抱きしめたりキスされたりすれば、安心するのだと。監禁された時は二度と会えない、会わないつもりでいたのに今では傍に居ないとまともに過ごせそうにないのだ。 しかもそれが、同じようにシズちゃんも感じてくれているなんて。どんな幸せなのかと。 なんだかむず痒くてたまらなくなっていると、コンコンと遠慮がちに扉を叩かれた。 「おい大丈夫か?やっぱり俺が入って…」 「うわっ、いいって!ごめんもう落ち着いたからちょっと待っててよ!!」 急いでシャワーのコックを捻ると水が出始めたのだが、それがお湯に変わっても赤く染まった全身は戻ることは無かった。 text top |