「ん…?まあ休みの連絡とかあったし早く起きてもいいじゃないかたまには。結構ぐっすり眠れたし」 「俺は手前が寝てんのは昨日初めて見たけどな。寝てるイメージがねえよ、夜中までゴソゴソ悪巧みでも考えてるって顔してるな」 「ははっ、なにそれ心外だなあ。さすがに寝てないと体力戻らないし、シズちゃんほど強くないもん俺」 早めに起きて軽くシャワーを浴びて服をきっちり着込んで、少しだけパソコン作業をしていたらシズちゃんが起きてきた。俺の予想よりも早くて、先に起きていてよかったと少しだけ安堵した。 だって明らかに仕事に行く時間よりも、まだ早いのだ。朝は弱いらしいシズちゃんが、そこまで無理をするなんて相当俺より先に起きたかったんだなと驚いた。 「寝なおせば?朝弱いんでしょ」 「寝なおすほど眠いわけじゃねえ。どうせ今日一日すること考えてなかったし、なんか考えるか」 「やっぱりそうだと思ったけどさあ、もっと計画性ってものをシズちゃんは持った方がいいと思うよ。貴重な休みなのに、いつもどうせだらだらして過ごしてるんでしょ?」 「悪いかよ」 ソファに座りテレビの電源を入れるといくつかチャンネルを回して、しかしどれもまだ情報番組をする時間でつまらなさそうに背もたれに体を預けていた。 なんとなくシズちゃんの性格ならこうなるだろうなと思っていたが、まさに予想通りすぎて笑いが漏れた。するとそれを敏感に感じ取ったのか、俺の方を突然睨みつけてきた。 「なに笑ってやがんだよ、手前は」 「いやいやごめん。シズちゃんが俺の考え通りになるなんてほんと珍しいなと思って。まあこうやって一つの部屋で喧嘩をせずに過ごすだなんて今までなかったし、些細なことだけどおかしくてねえ」 「殴っていいってことか、そりゃ」 「わかったわかった。きっとそう言うと思ったから、いろいろ考えててあげたんだって。最近幽くんの出てるドラマとかバラエティ見てなかっただろ?録画してあるからそれでも見なよ」 言いながらテレビの前に移動して、リモコンを操作していくつかの番組を表示した。一応リモコンの使い方を説明して、後は自分でしてと言ってから確認するように顔を見ると、相当驚いた表情をしていた。 この顔の意味は、わからないでもない。 「別にシズちゃんの為に録画してたわけじゃないし。最近忙しくて見てなかったけど、俺だって息抜きしたい時はあるの。だからほら、さっさと見れば」 「いや、でもこれすげえな。俺よりよっぽど幽が出てる作品知ってんじゃねえか?結構前のまで録画してある…」 「もういいから!見ないなら返して貰うけど」 テレビ画面を見ると半年前ぐらいの録画履歴まで遡っていたので、慌ててリモコンを取り上げようとした。しかしその前に再生ボタンが押されてテレビ画面が変わってしまったので舌打ちをした。 別に俺が幽くんのファンというわけではないし、こうやってシズちゃんに見せる為に録画してるわけではない。ただなんとなく、シズちゃんの弟だしと思うと気がついたら集めていたのだ。 言うつもりはないが、きちんとDVDに焼いて保存しているし、少しの漏れもなく残っている。ある意味コレクションみたいになっていたが、俺が見ることはほとんどなかった。 ただ集めることだけで満足しているコレクター達と似たようなものだ。でもせっかくだから、俺が死んでしまった後はシズちゃんにあげればいいのかとぼんやりと思った。 無意識にしていた行為だたけれど、シズちゃんを喜ばせることのできる要素の一つなら、意味があったなとなんだか少し満足した。 チラリと横顔を見ると、始まったドラマに見入っているようだったので、俺は鼻歌でも歌いたい気分を隠しながらパソコンの前に戻ろうとした。ところが。 「見たいんなら手前も見ればいいじゃねえか。どうせ今日は仕事してねえんだろ。隣座れよ」 「それ、本気で言ってるの?」 一度もこっちを振り返ることはなかったが、自分の左側のソファを何度か叩きここに来い、と言いたげに隣に座れと言い出した。あまりにも唐突過ぎて、俺はどうしたらいいか頭がついていかなかった。 二人でソファに座れテレビを見るだなんて、おかしいだろうと。そんな親しい仲になったつもりなんてない、と思いながら戸惑っていると、急に腕が伸びてきた。 「いいから、早くしろ。始まってんだから」 「わ、かったよ…」 映画じゃないんだからいくらでも巻き戻しできるのに、と思ったが黙っておいた。そういう律儀なことを言うのが、シズちゃんだ。だからしょうがないといえばしょうがない。 でもだからと言って、強引に引っ張られて横に座らされて、この状況を許容はできなかった。多分向こうは全くそんな気はないし、むしろ俺を監視しているつもりなのだろうと。 だけど、俺はむず痒くて、嬉しくてたまらなかった。 すぐ右を向いたらシズちゃんが座ってるなんて、と思いながら画面を見ている振りをしてじりじりと間を空けようとした。すると途中で無言のまま服を引っ張られて強い力で元の位置まで戻された。 もうただ俺は観念するしかなかった。無意識は怖い、天然嫌い、バカと罵ってやりたかったが結局微妙に頬を熱くさせながらテレビに見入るしかなかった。 一体朝っぱらから何をやっているんだと自問自答しながら、嬉しい気持ちを隠しきれなくて、そのまま見続けた。 「…あれ?」 しかしあまり興味のない内容を延々と見続けることにも、限界があった。ただでさえ昨日は疲労とかショックとかいろいろな理由で一日寝るぐらい疲れていたので、それがすぐに取れるわけがない。 だから、一瞬自分が何をしているのかとか、どうしていたのか思い出せなくて、ゆっくりと顔をあげて固まった。 「な…ッ!?え、あ、えっ、あれ、俺ご、ごめん…!!」 「起きたのか?」 がばっと体を起こして横を向くと、全く動じることなくいつもの表情をしているシズちゃんがいた。そして、数秒前まで俺はその体に寄りかかって、寝ていたらしい。 意識を飛ばす寸前の事が思い出せなくて、ほぼ無意識だった。でも感覚的に俺以外の誰かのぬくもりと、微かに香る煙草の臭いがまだ残っているような気がした。 こんな失態を晒してしまった自分を恥じながら、ちょっと顔を洗って来ると言ってその場から逃げ出した。慌てて洗面所まで行って、冷たい水で顔を洗いながらボソリと呟いた。 「なんで嫌がらなかったのさ。重いとか邪魔って言えばいいのに、なにこれ。嬉しくなんか、ないし、くそっ」 シズちゃんへの不満を漏らしながら深くため息を吐いた。だいたい、あんなつまらないものを一緒に見ようと言ったのが悪いのだ。だから寝てしまったのもしょうがないし、これは事故だと。 一度鏡の方を見ると、情けない表情をした自分が映った。なんでこんなことで喜んでいるの、と自分自身を罵ってやりたかった。必要以上に接触せずにいようと決めたはずなのに。 俺はただ見張られているだけで、深い意味もないし、まだこっちを信じ切れてないのに、と考えながら落ち着け、落ち着けと言い聞かせた。 「でもどうせ死ぬんだし、これぐらいいいのかな」 決意した気持ちが、早々に変更されるのは、しょうがなかった。だってそれぐらい、俺の体に受けたショックは大きくて、今でも何もかもが頭に残っている。 それまでは、シズちゃんのことだけで頭の中が占められていたのに、すべてを吹き飛ばす衝撃を与えられた。体と心に。 何度も何度も俺自身以外の人間を駒として操り動かしてきたというのに、それに自分が加えられただけで、信じられないぐらい世界が一変した。 本当はこうしてシズちゃんと接して浮かれている自身にすら、吐き気がするほど嫌だった。でも別の事を考えていなければ、悪夢のように嫌な出来事が思い出されてしまうのだ。 どうして、こんな辛い思いをしてまで死ななければならないのか、と。 考えないわけではなかったが、途中でシズちゃんの顔が浮かんで、思考を諦めるのだ。自分で選んだのだからと。この選択をしなかった人生を考えて。 平凡で変わり映えのしない、何の意味も無い人生よりはマシだと。 「もう疲れたなぁ、あと十日もあるのに。あれこれ考えたくない」 暗い気分に陥ってあれこれ悩むのは、正直もう鬱陶しかったしシズちゃんがどう思っているとか、俺がどう思っているとか考えるのも億劫になってきた。どちらにしても、考えてもあまり意味はないのだ。 だいたい、あの勘とか気配だけで俺のことをズバリ言い当ててくる相手に真っ向から取りあっていたってしょうがないのだ。振り回されるだけだ。 「そうだね、うん俺らしくない。振り回してやらないとね」 もう一度鏡を見直すと、いつもの表情に戻っていた。弱音を吐いているのも俺らしくないし、楽しまずに苦しんでばかりいるのも俺らしくない。だからもう、考えることは極力止めようと。 そう考えると一気に気持ちが楽になった。息を吸いこんで一度吐き出し気分を変えると、軽快な足取りでソファまで戻った。そうして悪戯が思い浮かんだ子供のような表情をして、言った。 「いやあごめんごめん。あんまりにもシズちゃんの体に寄りかかって寝るのが気持ちよくてさあ…だからまた寝てもいいよね?」 自分から隣に、しかもさっきより密着するようにして座ると何事も無かったかのように、シズちゃんの肩に頭を乗せてみた。まあある意味嫌がらせだったのだが、どう反応するのかと。 わくわくしながら待っていたが、少しだけ予想と違っていた。 「大人しくてしてるっつうんなら、構わねえよ」 「そう?じゃあ遠慮なく使わせて貰うよ」 早速自分のした恥ずかしいことに少しだけ後悔しながら、頬が熱くなるのをやり過ごそうとしながら、目を閉じた。 text top |