アイツのことは見た瞬間から気に入らなかった。 「気にいらねぇ」 「おや…残念。君となら楽しめると思うんだけどな」 「うるせぇ」 「そんなこと言わないでさ、静雄くん?」 目の前の奴は口元を嬉しそうに歪めていて、これまで見たどんな相手より薄気味悪い奴だと思った。 いや、もうこの状況からして最低な奴だった。 「ほら楽しいだろ?」 今日はじめて会った折原臨也という人間が、なぜか俺のモノを片手に持ってナイフを振り回すように軽く弄んでいた。 どこかの空き教室に一人で呼び出されて来てみれば、背後から襲われ気がつけばこんなことになっていた。 ただの暴力行為には慣れているが、飛びつかれてまさか一番にズボンと下着を脱がされるとは思わずなんの抵抗もできずにこの有様だった。 相当手慣れているようで脱がされるのは本当に一瞬で、それから床の上に押し倒された挙句に馬乗りになりやがったのだ。 なにが起こったのか、自分の身になにが起こっているのか理解するまで数秒を要した。 それなりに顔が整った奴だなとは昼間見かけた時に感じていたが、男相手にそういう事をする奴とは思わなかった。 しかも喧嘩も強いようで俺の拳を軽く顔を動かして避けやがった上で下半身を掴み、それを握りつぶすような仕草さえしてきたのだ。この俺に脅しをかけようというのだ。 わけがわからない奴だった。 「俺は男なんて趣味じゃねえし、こういうのは…」 「あぁもしかして童貞?そんなこと別に気にしないよ。むしろはじめてを俺が奪えるのは嬉しいなぁ」 わずかに俺が言い淀んだ隙を見逃さず、たたみかけるようにズバズバと最低なことを言ってきた。人の事を童貞呼ばわりするとは随分と挑戦的な奴だ。 もう完全に頭に血がのぼりはじめていた。 「この手を離せって言ってんだろ!」 「まぁまぁ、その怒りを暴力なんかじゃなくて、性欲でぶつけてくれないかな。俺の顔にぶっかけたらきっとスッキリすると思うんだよね」 「てめぇ、なんなんだ。なにが言いたいんだよッ!!」 相手が言っている意味がさっぱりわからなかったので、わざと声にドスを効かせて叫び散らしながら問いかけた。 「頭悪いなぁ。だからこのぶっといチンポで、俺のこと犯してって言ってんの」 「な…ッ!?」 すぐに絶句した。世の中にはそういう奴がいるというのはなんとなく知っていたが、これが続に言うビッチという奴なのだろうか。しかも男だ。 さっきから変な奴だとは思っていたが、こんなの理解できるわけがない。理解したくもない最悪最低だ。 嫌な汗がじわじわとわきあがり、背中をつつーっと流れていくのが妙に気持ち悪かった。 「新羅から噂は聞いていたけど、会えるのを楽しみにしていたんだ。どんなすごい奴かなとは思っていたけど、こっちの方は全然知らないんなら俺の方が優勢だよね」 「…あぁ?」 その言葉に、思わずすぐ傍にあった机を右手で思いっきり握りつぶした。バキンという音が教室内に響いたが、相手は怯む様子は全くみられなかった。 直前までこれ以上関わりたくないと思いかけていた感情が、一気に吹っ飛んでいくくらい力のある言葉だった。 これまで俺は一度も、喧嘩で負けたことなどなかった。どんな大人が相手だろうが全力で挑んで勝っていたのだ。 暴力は嫌いだ、だが負けることも同じぐらいに嫌いだった。 だからこんな最低な奴に負けるわけにはいかない。余裕ぶった顔をされていることですら、許せなかった。 「じゃあどうすれば俺はお前に勝てるんだ?」 「君の力で押し倒してねじ伏せて、アンアン言わせて泣かせれば勝ちってことになるんじゃないかな?」 この時の俺は折原臨也という人間を全く知らなかった。少しでも知っていればこんな最低な挑発に乗る必要などなかったというのに……。 |