「じゃあ手前はどうなんだよ。好きな奴がいんのか?」 「そ、それ…は、その」 「チッ、いるのかよ」 「え?」 尋ね返されたらどうしようかと思っていた矢先にそう言われて、うまく取り繕うことができなかった。でも鈍感なシズちゃんはそんなことにきがつくわけがない、と思っていたのだが。 あっさりと見破られてしまって、そっちの方が驚いた。目をパチパチと瞬きさせて、見上げるとなぜか怒っているというよりは気難しそうな表情をしていた。 それを怪訝に思いながら、どうしようかと内心焦っていた。このまま脅されたままでセックスをしてしまっていいのか、決めかねていたのだ。 「ねえ、聞いてもいいかな?好きな相手とできないけど、どうして俺とならしてもいいって……思ったの?」 「んなの、どうでもいいだろ!うだうだ言ってねえでどうするかはっきり決めろ。決めねえのなら、返事を待たずに襲ってやってもいいんだぞ」 「わ、わかったよ、でもちょっと待って!俺も条件が、あるんだけど」 俺の質問なんてまるで答える気はないようで、まるではぐらかすように急かしてきた。襲うと言われて、やっぱりそれはダメだとはっきり気がついた。 好きな相手に無理矢理されるなんて、嫌だ。せっかくはじめては好きな相手とできるチャンスなのに、そんな嫌な思い出を残したくは無いに決まっている。 「条件というか、提案なんだけど……俺はやっぱりはじめては好きな相手としたい。どうせなら、優しくされたい。だから…」 「手前に優しくしろって言うのか?」 「まあ、そういうことなんだけど」 いまいちきっぱりと言い切れなくて煮え切らない言い方をしていると、鋭く睨みつけながら不機嫌そうな声で、なんで優しくしなきゃいけないんだ、と言いたげに告げてきた。 その言葉にズキッと胸が痛んだ。さっきまでは何とも思っていなかったのに、一度好きだと気がついてしまうと厄介だった。些細なことで傷ついてしまう。 面倒くさいと思いながらも、悪い気分ではなかった。だって間一髪のところで好きな相手に助けられて、むかつく奴らを一掃して貰ったのだ。かっこよく見えてしまうのも仕方がない。 「そうだ、なあ臨也。言う通りにしてやってもいい。だが俺からも条件がある」 「は?」 「手前の好きな奴の名前を言え。そっちだけじゃ不公平だから、俺も好きな奴の名前を特別に教えてやる」 あまりのことに、絶句してしまった。 シズちゃんの好きな相手とやらを、望んでもいないのに教えられた上に、俺も好きな相手の名前を言わないといけないだなんて。メリットはどこにもなかった。 でもそれで優しくしてくれるのなら、少しぐらいは目を瞑る必要があった。 「そんなに、俺にショックを与えたいの?ほんと意地悪だな」 「そうだなある意味ショックを受けるだろうな。でも嫌だっつってもやめねえし、充分に優しくしてやるよ」 「わかったよ、しょうがない。覚悟を決めるよ」 自嘲気味に笑いながら呟くと、なぜか向こうは嬉しそうにニコニコと笑いだした。何がそんなにおかしいのかわからなかったが、シズちゃんの好きな相手とやらは俺の知っている奴なのだろう。 だからそれを聞いて、俺が驚くことを見越しているのだろう。 こっちが言うことも相当ショックを与えることになるだろうが、シズちゃんならそれがどうしたとバッサリ切り捨ててもおかしくなかった。そうやって俺の意見を何度も否定してきたのだから。 「いいかじゃあ、三つ数えた後にそいつの名前を言え。俺も言う。だが言わなかったら、絶対叶えてやらねえからな」 「はあ…わかったよ」 早速好きな相手の名前を同時に言うことになったが、内心は不安とか嫉妬とかよくわからない感情でごちゃごちゃになっていた。 ダメージを受けることだけは変わらないのだが、それにしてもいきなり沸いた気持ちにまだ戸惑っていた。それなのに、本人に告白しないといけないなんて、酷だなと思った。 でも、考えている時間は全くなかった。カウントダウンが始まって、後はもうどうとでもしてくれという気持ちのまま、唇を開いた。 「俺は手前が好きなんだよ!」 「俺はシズちゃんが好きだ!」 「あぁ?」 「は?」 ほぼ、同時だった。告白したタイミングも同じで、驚くタイミングまで一緒だったのだ。そうして、頬が紅くなるタイミングまでだ。 しかし動揺は俺の方が大きかった。なんて今の気持ちを表現したらいいのかわからなくて、軽くパニックになっていた。 「な、なな、な……!」 「ふざけるなッ!嘘言うんじゃねえよ!手前が今まで俺の事が好きな素振りなんて見せたことねえだろうが!知ってんだぞ、俺はずっと手前だけを見てたから全部知ってんだよ!」 「なッ…え?ええっ?」 追い打ちをかけるようにそう暴露されて、もはや何が何だかわからなくなっていた。自覚して告白したばかりなのに両想いだったわけで、でも嘘じゃないかと怒鳴られて。 ずっと好きだったなんて言われて、嬉しくないわけがなかった。 「さっきだってあいつらにやられてんのは見ててすげえ腹が立ってて、すぐぶちのめしてやりたかったが、待ってたんだよ。もしかしたら、唯一助けられる俺の名前を呼ぶんじゃねえかって待ってたんだよ!なのに呼びやしねえし、快楽には弱えし。だから脅して体だけでも手に入れてやろうと思ったのに、なんでそんな嫌がらせ…」 「ま、待って嫌がらせじゃないッ!そ、そうじゃないんだって!嘘でもない!ついさっき俺も自分の気持ちに気がついたばかり、だから、その」 俺が上級生にあんな淫らな行為をされているのを堂々と見ていたなんて言われて、少しショックだった。でも名前を呼ばれるのを待っていたという話は、いじらしいなと思った。 しかしだからといって俺を、脅して体を手に入れようとしたことは許せない。シズちゃんが弱みにつけこむような行為をすることが許せなかった。そんな人間じゃない、と。 「とにかく、シズちゃんが好きなのは…本当だって。だから、優しくして欲しいと思ったんだよ」 瞳を逸らさずに、はっきりとそう告げた。 どうか伝わって、という願いを込めて。俺を好きだと言ってくれるのは嬉しいけど、手に入れる為にどんな酷いことでもする、なんて考えて欲しくなかった。 俺のせいでそんな汚いことをして欲しくはなかった。襲われているのを見ていた、なんて言って欲しくはなかった。もう遅いかもしれない。 だからせめて、これ以上シズちゃんらしくないことをさせるのは胸が痛む。 「ねえ、俺としよう?して?さっきの奴らがしたことを忘れるぐらい、優しく気持ちよくして欲しいんだ、シズちゃん」 「おい」 「お、お願いだから…俺の言うことを、信じて…っ」 必死だった。今まで自分がしてきたことで俺の事を信じられないのなら、どうやって説得すればいいのかと。どう言えば、いつものシズちゃんに戻ってくれるのかと。 気がつけば、自然と瞳からぽろぽろと涙がこぼれていた。こんな女々しいところを見せたくはないのに、一度決壊すればすぐには止められなかった。 せっかく両想いだってわかったのだから、絶対に逃したくないのだと、胸の辺りを握りながら考えを巡らせていた。するとこっちを睨んでいた瞳が、ふっと緩んで言った。 「あーわりぃ、泣かせるつもりはなかったんだ。ちょっと手前を弄ってみたかっただけだ。もう泣くな」 そうして、頬に右手が伸びてきた。 text top |