※話の中でモブ×臨也描写も有 「確実にあなたは死んでしまう。でもその想いは成就される」 「なるほどね。このままだらだらと不毛な関係を続けて長生きをするか、願望を叶えて死ぬかの究極の二択だと。じゃあ俺は、こっちを選ぶね」 手の中にあったコインは裏を示していて、目の前の相手にそのまま見せつけてやると、すっとそいつは消え去った。自分の周りも靄がかかったかのように見えなくなって、急速に意識が浮上した。 そうして気がついた時には、一人で路地裏に立ち尽くしていた。まるで白昼夢を見ていたかのようだったが、さっきの言葉は予知だった。 俺はアンダーグラウンドな骨董屋を捜し歩いて手に入れた、未来を指し示すコインというのを手に入れた。けれどそれはもう綺麗さっぱり消えていた。 半信半疑だったけれど、そのコインを指で弾いて空に舞い上がったところでさっきまでの変な空間に立っていた。 辺りを見回すといかにも老紳士というような身なりのいい男が目の前に立っていて、ニッコリと笑いながら俺には二つの選択肢があると示された。それは確かに未来を予測していた。 一つはこのまま願いも叶わずに、老いていくというもので、もう一つは願いを叶えるがその後死んでしまうというものだった。唐突に教えられたことだったが、なぜか確信していた。 それが偽りでもなんでもなく、この先の人生を示しているものだと。そうして逃れられない運命なのだと。 不思議な気分だったが、心に入りこんできた言葉はまっすぐで、だから俺は迷わずにすぐに選んだ。するとどうすればいいのか、教えてくれた。 俺が願いを叶えて死ぬにはどうしたらいいのか、教えてくれたのだ。 時間が無いから、すぐに実行しなさいというアドバイスと一緒に。 「あー…考える時間もないのか。やだなあ、どうしよう少しぐらいは待って…くれるわけないよね?」 額に手を当てて動揺する頭を少しでも落ち着けようとしたのだが、背後から迫ってくる気配に遮られてそれは適わなかった。 「いーざーやああああ待ちやがれええ!!」 「もうだから待ってるじゃないか!はいはい、降参!」 両手を顔の位置まであげてひらひらと翳してみせると、サングラスの奥の瞳が驚いたような表情を見せて、そうして手に持っていた標識を地面にゆっくりと下ろした。 そのことにほっと胸を撫で下ろしながら、静かにまっすぐ相手を見つめた。 これから人生を掛けた選択をするのだから、緊張して当然だった。本当に後悔はないか、と一瞬だけ巡らしたがそれを考える時間は一切無かった。 「あのさシズちゃん、話があるんだけど…聞いてくれるかな?」 震えそうになる声を、唇を噛みしめることで阻んだ。心臓はバクバクと、それこそ死にそうなぐらいにうるさく鳴り響いている。喉の奥から声を絞り出そうとしたが、少し掠れていた。 こんな弱気ではダメだ。もっと堂々としなければ、と自身を奮い立たせるときっぱりと言い放った。 「あ、の…えっと…」 「なんだよまどろっこしいな手前、殴るぞ?」 しかし気合は空回りして、しろどもどろな口調で裏返った声が漏れてしまって、慌てて取り繕った。 「ごめんごめん、これぐらい許してよ。ね?」 「なんだよ急に、気色悪いな…」 精一杯にっこりと笑いかけたのだけれども、とても失礼なことを告げられてチクリと胸が痛んだ。そうだ、俺はずっとこんな辛い思いをして生きてきたんだ。 そうしてそれが嫌で、決意したんじゃないかと思い出していた。だから再度息を吸いこんで、今度こそはっきりと告げた。 「俺はシズちゃんが好きだ!君とつきあう為なら何だってする!情報屋なんてやめて、もっと人の役に立つような仕事をしてもいい。だから…俺のこと受け入れてくれ!」 「あ……な、んだって?」 きっぱりと言い切ったことで多少はすっきりしたが、今度はかあっと頬が紅くなっていくのを感じていた。恥ずかしくて、既に死にそうな気分だった。 こんなことを告げて受け入れられるはずなんてないのだが、老紳士は言ってきたのだ。だからその通りに告げたのだ。当然その覚悟だってあった。 本当に情報屋の仕事を辞めて、元々手にしていたものを使って人を幸せにするような仕事に変えてもいいと思っていた。それで本当にシズちゃんと一緒に居られるなら、構わないと。 破裂しそうなぐらい脈打っている心臓を右手でぎゅっと掴みながら、返事を待った。数秒沈黙が続いたが、やっと答えを告げられた。 「わかった、本当に手前が変わるっていうんならつきあってやってもいい。いいか、見張る為につきあうんだ。だから俺は手前のことが大嫌いで、それは変わらねえ」 「えっ…い、いいの?ははっ、それでいいんだ?」 望んでいたすべてのことを叶えられたわけではなかったが、充分だった。預言者は言ったのだ。俺の願いは成就されると。 だからきっと、最後には俺の事を好きになってくれる。 傍に居ればきっといつかこっちを向いて受け入れてくれると、思った。 いつかは死ぬんだとしても、その最後が目も当てられないぐらい酷いものだとしても、何も伝えられなくて年老いていくよりは幸せだった。幸せなのだ。 「嘘をつきやがったら、その場で別れるからな」 「うんいいよ、それだけは絶対にない。ありがとうシズちゃん」 ここまであっさりと許可が下りるなんて思わなくて心底驚いていたが、煩く鳴り響いていた鼓動は止まった。その代わりに、目の端から一筋の涙がこぼれたが俯いて見られないようにして拭った。 もう今すぐにでも死んでもいいかもしれない、と舞い上がるぐらいには幸福感に包まれていた。これから先何が起きようとも、傍に居られるなら乗り越えていけれると安堵した。 「じゃあまず手前が持ってるナイフを全部捨てろ」 「はい」 躊躇うことなくコートの中から何本ものナイフを取り出して、地面の上にバラバラと落とした。それが意味することぐらいわかっていたけれど、何でもすると決めたのだ。 全部捨て終わってシズちゃんの方を見あげると、目を丸くして固まっていた。俺が告白した時以上の驚きだったようだ。 「も、もうねえだろうな?」 「ないよ。気になるんなら調べれば?身体検査されちゃうなんて、なんかちょっとエッチだね」 「う、うるせえ!誰がそんなことするか!無いんならいいんだよ、ったく…」 俺がわざとらしくからかってみせると途端に顔を真っ赤にして、ブツブツと言い訳を口にし始めたがほとんど小声で聞き取れなかった。そのことにため息をつきながら、何気なく手を取った。 そうして引き寄せて、じゃあ行こうかと促した。 「どこへ行くんだよ?」 「一緒に住むんでしょ?俺の家のほうが家具もベッドも揃ってるし快適だから、いいよね?いるものがあったら揃えればいいから」 「…わかった」 さすがに手を繋ぐのは恥ずかしかったのか外されたが、俺は上機嫌でシズちゃんの横を歩き始めた。こうして二人で並んで歩いていることすら、ありえないものだった。 だから嬉しくて嬉しくて、ずっとニコニコと笑っていた。すると隣から気持ち悪いと言われたが、もう胸が痛むことはなかった。目頭が熱くなることもなかった。 この選択をして本当によかったとしみじみと噛みしめながら、けれど幸福と不幸は表裏一体なんだと自覚していた。 これから自分に訪れることは頭の中からすべて消して、シズちゃんとのことだけを考えることにした。それさえあれば、どんなことでも乗り越えられると信じて。 text top |