今朝の夢の 残り抱いて 1 | ナノ

誰かが泣いている。
ぼろぼろと瞳から水を流し、それらはすべて俺の左胸に吸い込まれていった。
泣くんじゃねぇ、これくらいのことで。
そう言いたいのに唇から漏れたのは微かな吐息だけで。
届かないのか。
もう何もかも。
その時視界の端から世界がすべて赤くなってきた。
夕陽か?綺麗だな……。


「ん……あぁ?」

目の前に見慣れた天井が見えたので、寝ぼけたまま慌てて体を起こした。自分の家ではなかったが、もう何度かここにお世話になっていたのでまたかという気分だった。
しかしそれよりも、気にかかることがあった。

「なんだ夢を見てたのか」

そう口に出して確かめてみたのだが、未だ胸の奥が妙にチリチリと痛んで違和感が拭えないでいた。寝汗はかいてはいないようなので、うなされていたわけでもない。
今まで生きてきた中で一番最悪な目覚めではないだろうかと思えるほど、後味の悪いものだった。しかし内容の意味はほとんどよくわからなくて、もやもやとしている。
なんなんだと不機嫌な表情のまま、がしがしと金髪の髪を乱暴に掻きながら布団を剥ぎ取った。
と、そこまで考えて思い出した。

「何で俺はこんなとこで寝てんだ?」

記憶が曖昧だったので必死に頭を捻って思い出そうとした。
うんうんと声をあげながら小首を傾げていると、いきなりこの部屋の扉が開いたのでゆっくりとそっちを向いた。

「あっ、静雄!」
「なんだ新…ッ!?」
「よかったぁ起きたんだね!なかなか意識が戻らないから心配したんだよ!」

突然大声をあげながら駆け寄ってきたので、普段より情けない声をあげてしまった。医者に心配したと言われたら、どんな状態だったのかと不安になりそうなものだがそうはならなかった。

(痛い…じゃなくて、なんだこりゃ?気持ち悪…)

どんな酷い目に合っても、大概「君の体は大丈夫だよ解剖したいよ」と言って茶化していたはずなのに急に心配したとか言ってきたのだ。気持ち悪いとか、何か変だと思っても当然だった。

「ねえもしかして今失礼なこと考えてない?僕だって友人を心配することはあるんだよ。いくら体が頑丈とはいえなかなか意識が戻らなくて…」

しかし新羅の言葉は途中で割りこんできたもう一人の者によって遮られた。

「あっ、起きたのシズちゃん?」
「あぁ?」

気軽にひょいと扉から顔だけ出してきたのは、仇敵であるはずの臨也だった。機嫌良さそうににこにこ笑っていて、なんでこんなところにいるんだとかそういうことを忘れさせた。
しかしおかしいのはここからだった。
目が合った瞬間に、さっき夢で感じていた変な違和感が喉の奥から急速にわきあがってきて、じっとりとした汗を手のひらにかいていた。

(何だ…これは?)
「どうしたの?まだ寝ぼけてるのかな?」

俺が黙って動けないでいるのをいいことに、わざとベッドの横まで近づいてきてこっちを覗きこんできた。
やばい、と感じた。
いつもに増して嬉しそうにしているから、とかそんなんじゃなくて。
なんとなく、どうしてか、腹の底から疼いてくる正体不明の気持ちが抑えられなくて。
それは虫の知らせとかそういうあまりよくない類の警告で。

『見るんじゃねぇ』

おもわず声には出さず視線で睨み付けてそう念じた。
当然誰にも、
聞こえるはずないのだが。
聞こえるはず……?
からかうようにじろじろ眺めていた臨也が、突然不自然な姿勢のままでぴたっと止まった。
まるで俺の呼びかけに呼応したかのようだった。

「ふーん…まぁいいか。新羅、俺この寝ぼすけシズちゃんじゃからかってもつまんないし後よろしくね」

臨也の口調は普段のままだったが、驚いた顔で硬直し明らかに動揺していた。しかしそこにはいつものナイフのような鋭さはなくて、何かを悟ったような優しいまなざしを一瞬向けて部屋を立ち去った。

(今…何が起こった?)

新羅と二人取り残された部屋の中で、暫く呆然としていた。
あの生意気で口が悪くて喧嘩ばかりしてて、ちっとも相容れなかったあいつが。

(はじめて俺の言うことを…聞いてくれたのか?)

嫌な気分に陥っていたことも忘れて、あまりにも異常な臨也の行動に、なんか調子狂うがたまにはこういうのもいいかなと気分が浮き立っていた。
俺は何も声に出して告げてなかったのに、こっちの思い通りになるなんて。

(もしかして…あいつは……実はエスパーとか?ってさすがにそれは違うか)

自分の考えていることがあまりに現実離れしておかしくて、口元を歪めて笑った。
よく考えたら薄気味悪い出来事だったのだが、けれどもそれが悪いともはっきり断言できなくて、まぁいいかとすぐに忘れた。

「どうしたの、なんか変な顔してるけどどっか痛むのかい?」

やけに真剣で怪訝な表情をした新羅が臨也の変わりに覗きこんでいたが、さっきみたいな変な気分にはならなかった。
この時にはもう既に変なことに巻き込まれていたのだが、それを知ったのは随分と後のことだった。

text top