「手前は……一体どういうこと、だ?俺が好きとかぜってえ嘘にしか考えられねえのに、なんでそんなこと平気で言うんだよ。しかも…そ、んな顔しやがって、俺は…っ」 「嘘なんかじゃないって、勘でわかるんでしょ?」 「そう、だけどよお…何を企んでやがんだ。俺の勘が、間違ってるとしか思えねえんだよ!」 俺と初めて会った時も、勘でなんとなくヤバイ奴だとわかったなんて言ってきたのを俺は覚えていた。 その後も、ことあるごとにこっちが仕掛けた件については言及してきたが、不思議と俺が関わっていなくてシズちゃん自身が狙われた時なんかは文句を言ってこなかった。 一度それを尋ねたことがあるのだが、どうやらなんとなく俺が関わってることは臭いでわかるとかそういうことを言われた。 そうして、俺がいつでも嘘をついているだろうと指摘さえしてきたのだ。その常にシズちゃんについていた嘘というのが、これだった。 好きで好きでたまらない気持ちを、ずっと隠して嘘をついていた。だから向こうにとって俺は、嘘しかつかない奴という認定しかされていなかったのかもしれない。でもそれを自ら暴露した。 だからもし、そのよくわからない勘で俺が嘘をついていると断言するなら、何かわかるんじゃないかと考えたのだ。そうしてこうやって、わかってくれた。 わかってくれたけれど、受け入れがたい事実で、それで今苦悩しているのだ。それを見て俺は笑い出したい気持ちを、必死に堪えた。 むしろわかってくれたほうが、こっちは困るのだ。拒絶してくれなければ、この作戦は意味が無いのだ。だから、シズちゃんは俺の手のひらの上に上手く乗ったのだ。初めて。 「何も企んでなんかいないよ?枷を外してもらう為なら、体を差し出していいって言ってるんだって。俺も……っ、好きな相手とセックスできるなら、それで嬉しいし」 最後の部分は、まだ残っていた羞恥心で小声になったが本人にはしっかり伝わったらしい。益々眉を潜めて、苦悩の表情を浮かべていたからだ。悩むならとことん悩めばいいのだ。 それでも、俺の気持ちなんて一生理解できるわけがないのだから。 「シようよ、ね?」 柔らかく囁けば囁くほど、顔が曇っていく。それが楽しくてたまらなかった。 シズちゃんの頭の中が、手に取るようにわかる。こんなのは折原臨也じゃない。自分の望んだ相手じゃない、こんな無邪気な相手に復讐するなんて、憎んでいいのかと迷っているのだ。 「何を迷う必要があるの?これは強姦なんかじゃないから後で訴えたりしないし、それに俺はどんな手酷いことをされても怒ったりしないよ。好きだから、許せるよ。君はずっと最低なことをしていた俺を許せないかもしれないけど、俺は許す。それぐらい、愛してるんだ。このまま殺されたっていいって思うぐらい…」 「やめろッ!なんでここにきて、俺を惑わすんだよ!嫌だって言えよ、殺したいって言えよ!いつものように罵ればいいだろ、なんで殺してくれなんて言うんだよ手前は誰だ!臨也を返せ!!」 シズちゃんの言葉の一つ一つが鋭くて、無防備に晒していた俺の心を抉っていく。ズタズタに引き裂かれて傷ついているのに、俺は嗤っていた。傷つけられて喜んでいる、マゾだった。 だって言えば言うほどに、折原臨也という存在がいかに彼の中で大きいか暴かれていくのだから。 ここまで想われていたなんて本当に嬉しくて嬉しくて、気がついた時には頬から一筋の涙が滴っていた。それはまぎれもなく、嬉し涙だ。 「な…っ、なに、なんで泣いてんだよ!ふざけんな、泣くなんて…そんな弱い姿を俺に見せるんじゃねえよ!くそっ、どうしたらいいんだよッ!!」 「ごめんね……?でも俺の自己満足な気持ちを聞いてくれて、ありがとう」 一生知られたくないと、言うことなく終わると思っていた気持ちを聞いてくれただけでも、俺は幸せだった。心が少しだけ軽くなったような気がして、すっきりとしていた。 瞳を逸らすことなくじっと見つめながら謝罪の言葉を述べると、また歪む。俺の好意がシズちゃんを歪ませることが、嬉しかった。 今まで何をしても敵わなくて、いつもこっちが悔しい思いをさせられていたから、ここまで動揺させられることに喜びを感じても仕方が無かったのだ。 「ほら、そのローション取って塗ってくれないかな?手が塞がれてなかったら自分でほぐしてもいいんだけど…ねえせめて片手だけでも、だめ?」 「それはダメだ!わかった俺がやってやるよ」 本人にはバレないように誘導すると、俺の言葉に従ってローションボトルを手にして中身を肌の上に垂らし始めた。 あまりにも冷たい感触に一瞬全身がピクリと震えたけれど、その後に手で塗り広げられて少しだけあたたかくなってきた。最初はぎこちなくしていたのだが、もっと早くなどと言うとその通りにする。 完全に立場が逆転して、シズちゃんが俺に従っていることに充足感を覚えながら、指にたっぷり塗って中を突いて欲しいと言った。 「入れていいのかよ……」 「まさかこんなことになるとは思わなかったから、流石にそこを使ったことはないんだ。こんなことなら、誰かで練習していればよかったなあ。それなら満足させてあげられたかもしれないのにね」 クスリと笑いながら平気な顔をしてそう言うと、入口付近を撫でながら戸惑っていた指先に力が加えられた気がした。これでも一応緊張はしていたが、それは出さないようにした。 そうすれば自分の体にも負担がかかることぐらい知っていたということもある。ゆっくりと息を吐き出して少しでも衝撃に耐えようと構えると、すぐにそれは訪れた。 「ん、あっ!あ、はあ、あ、ああああっ…はぁ、あ、あぁ、あっ、あ……!」 縛られたままの手をぐっと握りしめた瞬間に、俺のとは全く違う大きさの指が侵入してきて、異物感が襲いかかってきた。だから俺は脇目も振らずに叫んで、声をあげ続けた。 そうした方が、スムーズに迎え入れられることができる、というぐらいの知識ぐらいはあったからだ。と言っても、まさかその相手がシズちゃんとは思わなかったが。 てっきり捕まったヤクザなんかに拷問される時に、こういうことをされるのではないかと予想をしていたからだ。だから、一瞬目の前の現実が信じられなくて唇をわなわなと震わした。 シズちゃんは俺の方を見ることなく、そこに集中していて少しずつ指を押し入れていった。 「あ、あぁ、はぁ、あ……はーっ、はっ、は……よ、かったっ、入った……?」 それから全部がおさまったところで声を掛けたが、返事は無かった。表情だってまともに見えない。きっと見せたくないのだろう。男とするという現実をつきつけられて、恐れているのだろうか。 どちらにしろシズちゃんが思っていた世界とは違うんだよ、と心の中でほくそ笑んでいたのだが、次の瞬間信じられない言葉が耳に届いた。 「やべえ…っ、ほんとに、これ…マジか?欲しい、俺はこれが欲しい。手前を俺のもんにしてえ」 「え?あ、んあっ!?ちょ、っと…いきなり指動かさない、でよ……?」 突き入れている指の先をぐにぐにと中で蠢かせながら、ぶつぶつと呟いていた。さっきまでと同じような言葉を吐きながら、欲しい欲しいと繰り返し始めたのだ。 でもそれに応えることはできない。 シズちゃんの望んだ折原臨也は、あげられないのだ。だってこれが、俺の本心だから。これが俺だから。 苦痛に顔を歪めながら口汚く罵ったり、死ね、殺すなどと言いながら抵抗する俺はどこにもいない。それを望んでいても与えてやる気なんてなかった。 だってそれが嘘だということは、すぐに見抜かれるのだから。 「ねえ気にいって…っ、あ、はぁ…くれたのかな?こんなにキツいところにシズちゃんのが、入るんだよね?すっごい…っ、楽しみ、うぅ、だよ」 額から汗を滴らせて、まだ勃起すらしていない下半身に焦りながらそう言った。すぐに快楽を感じられると思っていたのに、どうやらそうではないらしい。 内心焦りながら、早くシズちゃんの為に気持ちよくならないととそればかり考えていた。目を細めながら、手さえ自由だったら自分でそこだってさわって大きくするのにと睨んでいた。 すると中で動かしている反対の、空いていた方の手が俺の性器に伸びてきて、息を飲んだ。どうするのだろうと思っていると、そのまま真ん中を握りこんできて、悲鳴があがるかと思った。 しかしそれ以上刺激する気がないのか、数秒押し黙った。少しだけ安堵のため息を吐くと、直後にそこをぐっと軽く握られた。何事かと動揺していると、怒鳴り声が発せられた。 「臨也よお……そっちがその気なら、俺もその嘘とやらに乗ってやるよ!俺の事が好きなんだろ?好きだよなあ?」 「な、んだよ……?」 すぐに嫌な予感がした。これからろくでもないことを言うに違いないと覚悟しながら待っていると、たっぷり焦らすように押し黙った後に俺の眼前に顔を近づけてきて言い放った。 「俺も好きだ、手前が好きで好きでたまらねえ。よかったなあ、両想いってやつじゃねえのか?」 「……ッ!?」 瞬間、これまで受けたどんな傷より強い痛みが胸を襲い苦痛に顔を歪めた。 なんで、どうしてと頭の中がパニックになりながら、全身が小刻みに震えていた。 だってまさか、シズちゃんが嘘をつくなんて思わなかったからだ。曲がったことが嫌いで、常に嘘まみれの俺が嫌いだからそれだけはしないだろうと。それなのに。 「な……ん、で?」 「やっぱり嫌なんじゃねえか、この言葉が。ははっ、丸わかりだな」 口調は笑っているようだったが、瞳は真剣そのもので、俺の反応に納得がいかないというようにも見えたが俺は自分のことで精一杯だった。 ――俺の事が好きだと、嘘をつかれたのだ。俺の本物の気持ちとは違って、正真正銘の嘘だ。それが深く深く心を抉ってぽっかりと空いた穴を開けていた。 それだけは聞きたくなかったのに、と呆然としながらぎゅっと目を瞑った。 text top |