どうか 振り向かないでね 7 | ナノ

「やべえ、もう耐えられねえみてえだ」
「いや、うん…わかってるよそれすごい苦しそうだし…はは、でもさっきので欲情するなんておかしいんじゃない?俺こんなに出されてぐちゃぐちゃにされたんだよ?水溜りになるぐらい、腹いっぱいに……っ、う!?」

荒く息を突きながらガチガチに硬くなってるそれを見て、一度吐き出して解放されたはずの熱が戻ってくるような衝動を感じていた。こんなのはおかしい、と感じながら必死に口を動かした。
いかに俺が汚くて、誰かわからない相手に犯されても自分自身の欲望を優先するような惨めな男なんだと、言い聞かせるように告げた。
だから、お願いだからもう俺には構わず、いつもみたいに嫌ってくれてもいいんだと。必死に心の中だけで訴えた。
さっき好きだと告白してきたことは確かに嬉しかったが、シズちゃんの考えている俺とはもう違うのだから、今の俺を好きだなんて言わないでくれという叫びだった。
なのに全くこっちの言う事なんて聞かない、しゃべるなと言いたげに唇に乱暴に噛みついてきて塞いだ。すぐにくぐもった声と、互いの吐息が静かなバスルームに響き渡った。

「ふ…っ、あ……く、うぅ……ん、ぅ、は」

軽くふれるだけではなく、不器用ながらも必死に唇を押しつけてきて、その姿に胸を酷く締めつけられた。こんなにもやめろと警告しているのに、全くいう事を聞かず俺の心をかき乱すのだ。
流されてはいけないと頑なに拒んでいたのに、それがもう揺らごうとしていた。その一瞬の隙を突かれて、生ぬるい舌が口内に侵入してきた。

「ん…っ!?は、ぁ……っ、う……ぁ」

びっくりして目を見開いた途端に、強い瞳が目の前にあって驚愕した。じっと俺の様子を見ながらキスをしていたのかと思うと、かあっと全身が熱くなった。
こんなまともな口づけすらも知らない男に、仇敵になにをしているだと自問自答しながら、全身の力が抜けていくのを感じた。そして背中に手が回されるのも、もう拒まなかった。
照れ臭さからもう一度瞳を閉じると、中に突き入れられた舌がぎこちない動きで絡められてきた。そのいかにも童貞臭い蠢きを鼻でクスリと笑ったが、咎めはしなかった。
憎まれ口も叩くことなく、熱い息をそっと吐き出しながら自分から舌を擦りつけた。すると向こうの体がビクンと反応して、それがおかしくてたまらなかった。

「ふ、ぅっ……ん、ぁ、はぁ……っ」

ぴちゃぴちゃという水音と乱れた吐息がかかりくすぐったかったが、腰を抱いてくる手つきは優しくいつのまにかうっとりと行為に浸っていた。
けれども少しだけむず痒くて自分から体を密着させると、途端に熱いものが太股に当たってきて俺は驚いて唇を離した。するとシズちゃんは恥ずかしそうに、頬を真っ赤にしていた。

「わ、悪い……っ」
「ははっ、今更謝らなくてもいいよ。それに男の生理現象は自分ではどうすることもできないよね。ねえ……もうそれ入れちゃおっか?」
「えっ?は?なんつった……?」

そう言った後に自分でびっくりしていた。まさか俺からそんな風に誘うようなことは言うとは思わなかったのだ。すぐにでも爆発しそうな塊を目にして、うっかりと口にしたというのが正しい。
こっちの体はいつでも受け入れる準備はできているのだ。指だってあんなにあっさり入ったし、俺自身は覚えていないが大丈夫だろうと勝手に予測したのだ。
ただそれだけのことで、深い意味なんて無いと言い聞かせた。だが急に不安になって、やっぱり言葉を撤回した。

「嫌ならいいんだけど、じゃあ手で…」
「ま、待てよ!嫌なんて言ってねえ!手前の方がそれでいいのかよ!その…あんな酷い目にあった後でこんなにすぐセックスするなんて、その…」

一度こっちが引いてみせると、慌てて叫んできて息を飲んだ。しかもどうやら俺の体を気遣って、あんなにも苦しそうにしているのに無理には襲ってこなかったらしい。
そうだ確かに、あのキレやすい平和島静雄がこんなにも堪えることができただなんて、驚き以外の何者でもなかった。
だからもう、気持ちをはっきりと決めてきっぱりと言い切ってやった。

「いいよ。だってさっきから言ってるじゃないか。シズちゃんので、俺の嫌な記憶を忘れさせてって」
「さっきは無理してたじゃねえか。だいたいこんな風呂場で……」
「どこだっていいよ。それに俺は気まぐれだから、ベッドに連れて行かれた頃にはもうやめるって言ってるかもしれないよ?それでいいの?」

自分自身の性格を気まぐれだと言ったが、そんなにころころ変わるほどではなかった。一応これでもいつもは全部計算して、意見を変える頃合いなど見計らってから行動している。
全部計画的なのだが、今回の事に関しては何もかもが予想外だった。俺が事前に予測をつけられたことは、何一つだってない。
それは俺自身の気持ちも含まれていた。さっきまで何をそんなに意地を張って恐れていたのか、既によくわからなくなっていた。
一度快感を吐き出してしまったからなのか、このままシズちゃんとセックスすることに、抵抗はなくなっていた。それは甲斐甲斐しく世話をしてくれたからかもしれない。
このシズちゃんだったら、いいかもしれないという心変わりだった。

「だから俺は…無理矢理なんてしたくねえって…」
「ねえ、これは合意の上だってわかってる?同意も得ないうちにセックスするのは強姦、でも俺がいいって言ってるんだからそれは和姦だよ?何の罪にもならないし、無理矢理でもない。これ以上言わせる気?」
「……っ、そりゃあ…」

ここまではっきりと告げたというのに、向こうは全く乗ってくる気配は無かった。したいことは充分伝わっているのに、体だってそう反応しているのに何を躊躇しているのだろうか。
最後通告をして、少しだけキツく睨みつけながら見あげると、眉を潜めて困ったような表情をした。しかしそこで俺は気がついてしまった。
腰を掴む手が、微かに震えていることに。

(そうか…もしかして俺の体を気遣ってるだけじゃなくてシズちゃん自身も怖いのか。人にふれることさえなかった化け物が、恐れてるのか)

高校の頃からお互い犬猿の仲で、俺の方はそれこそシズちゃんの日常の行動を調べて報告してもらっているぐらい知り尽くしている。これまでどんな好意も避けてきたことを。
喧嘩人形だとかこんなに悪い噂を俺が流していると言うのに、告白してくる女子が数人居たことは知っていた。けれどもすべての相手を断ったのだ。
成人して今の仕事を始めてからも、何人もの女に言い寄られていたが全く反応を返すことなくずっと一人で、孤独で誰ともふれあってはこなかった。
さすがに自分で自分のことを化け物と思い込んで貶めてはいないだろうが、関わってはダメだと拒んできたのは事実だった。だから急にこうやってふれあうことになって、怖いのだ。

「あ、はははっ、やだなあシズちゃんもしかして俺が壊れるとでも思ってるの?」
「な……ッ、なんだ、と?」

急に俺が笑い出すと目の前でうろたえだして、図星ですと体で現しているようだった。それがまたおかしくて涙目になりながら、盛大に笑ってやった。

「残念だけど、俺はもうある意味壊れてると思うよ。だって相手のわからない誰かに犯されてるんだから、おかしくなってる。そんな俺と化け物のシズちゃんはある意味お似合いかもしれないね?」
「な、なんで手前が壊れてんだよ!そりゃ、どういう意味だ!」

耳元で怒鳴られたことで、耳鳴りがしたが唇から言葉を紡ぐのを止めなかった。

「だってそうとしか考えられない。シズちゃんがこんなにも愛おしいと思えるなんて、壊れたとしか思えないんだ」

もし壊れているのだとしても嫌じゃないけど、とは口には出さなかった。


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