「は?臨也の携帯の番号?静雄なら知ってるでしょ」 「だから、俺が知らねえ番号だよ!あいつずっと出やがらねえんだよ!だから…確か何台か持ってんだろ?それなら通じるかと思ってよお」 「……なにまた喧嘩でもしたのかい?君達の痴話喧嘩に巻き込まれるのはご免なんだけど」 臨也に会った次の日に新羅の家に駆けこんで、玄関先で怒鳴り散らしていた。けれどこんなところでは、と咎められたので渋々部屋まであがって、それでやっと切り出したところだった。 こっちは必死に頼んでいるのに、友人は面倒くさそうな顔をして嫌だよと肩を竦めたのだ。ここで怒ってはダメだとわかっているが、拳がさっきから震えていた。 なんとか自分を諌めて、心の底からの叫びを聞かせてやった。 「喧嘩なんてしてねえよ!一週間前まで普通にしてやがったのに、ある日突然連絡が一切つかなくなったんだよ。約束まですっぽかすし、なんかあったのかと思って自宅まで押し掛けても会えねえし……でも昨日会ったんだよ」 「なんだ、会ってるじゃないか」 「ちげえよ!とりあえず捕まえて、話でも聞こうかと思って誘ったんだよ。けど反応が何か変で…いつもなら自分から食いついてくるのに全く乗ってこねえんだよ。そこに電話掛かってきてあっさり帰りやがったんだよ!これがわかるか!!」 「全然わかんないんだけど」 ゼェゼェと肩で息をしながら一気に捲し立てたのだが、新羅はさっきと同じ怪訝な表情をするばかりだった。確かに俺は普段から口数が少なくて、人に何かを説明するのが昔から苦手だった。 だから仕方ない、仕方ないんだと言い聞かせながらきっぱりと告げた。 「だから!俺らはつい一週間前まで普通につきあってて恋人同士で、そりゃもう手前とセルティに負けねえぐらいいちゃついてたんだよ!なのに昨日会ったあいつは、まるでまだ告白し合う前みてえに振る舞ってきて他人行儀っつうか、仕事よりも俺を優先する奴だったのに帰りやがって……まるで俺と付き合ってることなんて忘れたみてえな態度をしてやがったんだよ!!」 「だから臨也を怒らせるようなことをしただけじゃないの?何度も喧嘩してきたじゃないか」 「違うんだよ!俺にはわかんだよ、あいつが何かおかしいのが!上手く説明できねえけど、絶対なんかややこしいことが起こってやがんだよ!」 「はー…しょうがないなじゃあ携帯番号教えてあげるから。君今日は午後から出勤なんだろ?その前に一度かければいいよ。取るかどうかはわからないけどね」 こっちは真剣に話をしているのに、新羅は最後までまともには取りあってくれなかった。確かに自分の気持ちを誰かに伝えるのが難しいことは、充分にわかっていたけれどここまでとは思わなかった。 とにかく俺は焦っていた。臨也の雰囲気がいつもと違うのは一瞬でわかったし、二人で居る時に感じていた甘い空気というのが一切なかったのだ。 お互いに好きだと告白し合うまでは殺伐としていたが、つきあい始めてからあいつはまるっきり変わったのだ。 苛つかせるような笑みも浮かべなかったし、今でも信じがたいがベタベタとくっついてはギリギリまで離れないぐらい愛されていた。俺は愛されていたのだ。だから、わかる。 俺だって考えなしでここに寄ったわけではない。記憶喪失とかそういう類のことがあったなら、きっと知っているんじゃないかと思ったからだ。 大怪我をしていつも頼るのがここしかないことぐらい、わかりきっていたのだ。 「まあ実は他の知り合いからも臨也のことを尋ねられていたから、ちょうどいいからこっちでも少し聞いてみるよ。仕事のことになるとシビアで簡単に誰でも切っちゃうような奴だけど、それ以外では憎まれ口を叩いたり利用しつつも、なかなか繋がりを切ろうとはしないから気にはなってたんだよね」 「協力してくれるっていうのか?」 「過度な期待をされても困るけどね。片手間程度に考えておくってことだよ」 「そうか、ありがてえ」 話をしながらメモに番号を書いていた新羅が、それを手渡してくれた。いくつかの数字が羅列されていて、やっぱりあいつは連絡先をいくつも持っているのだと改めて知った。 どれかでも繋がればいいのに、と淡い期待をしながら友人には感謝の言葉を投げかけた。 本当なら昨日会った時に逃がさなければ一番だったのに、と悔やんでいたがすぐに忘れてポケットから携帯を取り出した。そうしてすべての番号にかけてみたが、結局繋がることは無かった。 嫌な予感を拭いきれないまま仕事に出掛けたが、今すぐにでも新宿や池袋の街を駆け巡って探したい気分だった。結局それをしなかったのを後悔したのは、数日後だったのだが。 「臨也くん起きてよ!」 「ん…うっ……あれ、サイケ?」 「おはよう!気分はどう…かな」 「気分…ってなんか体が熱い、んだけど風邪でも引いた…かな?」 体を起こしたが全身がだるくてまともに動けそうにもない上に、全身が発熱したように火照っていて何事かと思った。頭も回らなくて、完全に風邪の症状だったが少し違う気もしていた。 ぼんやりとした瞳のまま目の前に立つサイケを見あげると、頬に手を伸ばしてきたのでその冷たさに自分から顔をすり寄せた。それがたまらなく気持ちいいと思っていると、眼前が塞がれた。 「え……っ、う……!?」 一瞬何が起こったのかわからなかったが、ぬるりとした感触が口内に入りこんできたところで驚いて体を引いて逃れた。押さえつけられてはいなかったので、あっさりと唇が離れていった。 目をパチパチと何度も瞬かせながら、眉を潜めて強い口調で言った。 「サイケ!な、な、なんで急にキスなんかするんだ!」 「あれ、嫌だったかな?でも俺達恋人同士なんだから、キスぐらい普通じゃないか」 「恋人…同士……っ?」 言われた瞬間に、サイケの瞳が強い光を放ったような気がしたのだが瞬きをした改めて見返すともう元に戻っていた。 目の錯覚かと驚いていると、さっきまで違和感に感じられていた言葉がすんなりと胸に落ち着いていた。そうだ、俺は恋人が…好きな人が居た。大好きで大好きで、胸を締めつけるほどの相手が。 寝ぼけて忘れていたにしては酷い話だったが――俺は間違いなくサイケのことが好きで恋人同士だった。 「寝起きだからびっくりしたんだよね。ははっ、かわいいなあ」 「おいからかうなって!それよりも、俺は風邪を引いてるんだぞ。看病とかそういう…」 ため息をつきながら額に手を当てて、ジロッと睨みつけた。けれど本気でそうしたのではなくて、少しいたずらを咎めるつもりのものだった。だが、突然とんでもないことを口にした。 「あぁそうそう、実はそれ風邪じゃないよ。臨也くんが寝ている間に、薬を盛っちゃった」 「は、あああっ!?」 やけに子供らしい愛らしい仕草で舌をペロッと出して、ゴメンと軽く謝ってきたがこっちはそれどころではなかった。 アンドロイドが人間に対して薬を盛るなんて、ありえなかったのだ。そんな主人を裏切る行為はできるわけがないのに、と絶句しながら全身の疼きが風邪ではないことには納得していた。 「でもこれ今すごく流行ってるんだよ。すごく気持ちよくなれる薬だって。だから俺は臨也くんを楽しくて、いい気分にさせたかっただけなんだ」 「ちょっと待てよ、それ明らかに怪しいじゃないか!だいたい外に出れないお前がどうやってそんなものを手に入れたんだよ!」 「そうだね確かに時間は掛かったよ。まず人間には通常効かないものだから、薬が有効になるように少しずつ少しずつ侵食していったんだ。同時に余計なものも全部抹消させて、まっさらなものにしたんだ。そして今日ようやく全部の準備が整った。臨也くんを幸せな気持ちにだけさせてあげるっていう願いが、やっと叶ったんだ」 「サイケ……?」 言っている意味がわからなくて、頭の中はパニックになっていた。何か物騒なことまで口にしているようだったが、なぜだか怒りも沸かないし、ただ愛しいという感情しか胸に浮かばなかった。 愛しいサイケの言葉は全部受け入れないといけない。おかしいことはなにもない、考えてはいけないのだと体の内側から訴えていた。だから、それには逆らえなかった。 思考をかき消すかのように、優しく耳元で囁かれた。 「ねえそろそろ気づいたでしょ?体が…疼いてきたよね?」 「えっ…っ、ふぁ……」 まるでそれが合図かのように、激しい衝動が体中をものすごい早さで駆け抜けていって視界が少しだけブレた。キーンという耳鳴りだけが、はっきりと響いていた。 text top |