「悪いな静雄、無理行って仕事入れてよ」 「いや、急に言った俺も悪いっすから」 さっきの電話で今日の取立ての仕事をなんとか変更できないかとトムさんにお願いしてみたのだが、どうしても無理なようで断られてしまった。 今すぐ臨也を探す為に動きたいところだったが、いつもお世話になっているし仕事を放棄するわけにもいかない。どうにもできない怒りを、仕事先で発散させるかと思っていた。 「それがどうもヤクザかなんかに追われてる奴みたいでなあ。依頼主がそいつらに捕まる前になんとかこっちでなんとかならないかって言ってきてな」 「え…?ヤクザですか?」 いつもだったら追われてる相手になんか興味はないのだが、ヤクザという言葉が妙に引っ掛かっていた。 『なんか証拠の写真とか動画とか持っている人が居たらしいんだけど、全部粟楠会に没収されたみたいで…』 「お前も知ってるだろ?粟楠会っていうとこだよ。風俗経営してた男が金持って逃げてるだけなんだが、やばいDVDとかも持ってるらしくて結構噂に…」 新羅の言葉とトムさんの言葉が、なんとなく繋がっているように思えた。俺はその臨也の愛人とかぬかす野郎がどんな奴かは知らなかったが、偶然ではない気がした。 俺らが犬猿の仲だっていうのは充分知っているだろう。例えばだが俺が借金取りをやっているのを利用してそいつを捕まえさせて、証拠を持ってこさせようとしているとか考えられないだろうか。 考えすぎかもしれないが、一度浮かんだ疑念はすぐには消えそうに無かった。 「おい静雄大丈夫か?ここだぞ」 歩きながら考えていたら、どうやらもう着いてしまったようだった。そこは一見普通のオフィスビルの中にある部屋に見えた。 しかしとても借金取りから隠れる場所に適してなさそうなのが異様だった。持ち逃げした金を使って潜伏するには、都合のいいところなのだろう。 「もしかしたら向こうも用心棒でも雇ってるのかもしれねえし、とにかく気をつけ…」 「わかりました」 いてもたってもいられずに、話を途中で遮るように扉のノブを掴んでそのまま強引に引き抜いた。綺麗に穴が空いた部分に手を入れて、ドアごと建物から引き剥がしに掛かった。 バキンッという壊れる音が響いた後、それを抱えて部屋の中を見渡すと、驚きの表情のまま固まった数人の男達が居た。 しかし真っ先に動いた一人の男が、叫んだ。 「お、お前…平和島静雄だと!?」 やけに狼狽する様子からコイツがその逃げた奴なのははっきりしていた。視線をそちらにだけ向けて、机やテーブルを押しのけて一直線に歩いていく 「誰だお前ッ!」 「押さえろ!」 一斉に数人のボディガードだか用心棒だか知らない男達が道を塞ぐようにしながら近づいてきた。その間に主犯らしき男がもう一つのドアに向かって駆けて行くのが見えた。 雑魚に構ってられないと思い、勢いをつけてダッシュして前方の男数人を体当たりで弾き飛ばしながら怒鳴った。 「うるせえ!邪魔すんなッ!!」 これまで溜まりに溜まっていた怒りを暴力に変換してぶつけてやったから相当のものだっただろう。遠くで椅子や机がガシャガシャと派手に倒れていた。 目の前に何も障害が無くなった俺は、すぐに男の首根っこを後ろから掴んで全身を宙に浮かせてやった。 「ひ、あぁッ!?や、やめろ…!!なんで平和島がここに来るんだよ!折原に頼まれたのか!あんなにお前だけには黙ってろとか言ってた癖に…」 「ああっ?お前、今なんつった?」 勝手にベラベラとしゃべってくれたのはいいが、最後の言葉が聞き捨てならなくて、わざと顔を近づけてドスを効かせた低い声で怒鳴った。 「は?ははっ、そうか知らねえで来たのか…じゃあいい事を教えてやるよ!折原がお前に告ってるのを見掛けてなあ、それをネタに脅して生意気な情報屋を俺らで犯してやったんだよ!んで映像を売りつけて”こいつと犯れます”ってネットでオナニーライブまで流してやって、あいつ百人以上に犯されたんだよ!幻覚剤打たれて泣き喚く惨めな姿がそこの鞄の中に入ってるぜ。どうだ見たいだ…」 目障りな顔をすぐ横の机の上にめり込ませてやると、そいつはそのまま動かなくなって静かになった。チラリと周りを見渡すと、残っていた男数人が情けない悲鳴をあげて走って行った。 追いかけてぶちのめしてやりたかったが、それよりやるべきことがあった。 自分のことながら、よく最後まで耐えて聞き続けたなと感じながら、そいつが指差したカートを力任せに引きちぎって開けると、中身を確認した。 「静雄終わったか…って、どうした?」 ラベルのないDVDのパッケージが何個か入っていたのでそれを取り出すと、恐る恐る部屋の中に歩いて来ていたトムさんに向かって、告げた。 「あの、ちょっとこの中身確認したいんですけど」 「え?あぁいいけど、それは回収しろって言われてねえし」 さすがというべきか、中身については一切聞いてこなかった。 そのうえ俺が機械モノに弱いのは知られているので、パッケージを手に取ると傍にあったテレビの電源を入れてディスクを中から取り出してプレイヤーの中に入れた。 「あ、すいません。一人で見たいんですけどいいっすか」 「あぁ…いいぞ。終わったら、言ってくれ」 簡潔に述べただけだったので、おもいっきり誤解されただろうことはわかっていたが、フォローを言うほど余裕はなかった。 さっきから心臓がバクバクと鳴っていて、じっとりと手に汗をかいている。さっきの男の言葉を信じたくはなかったが、考えれば考えるほどすべてに繋がっているように思えてしかたがなかった。 すぐにテレビの画面が切り替わったので、集中することにした。 『う、あぁぁ、は…ッ、あ、や、ぁって…っ、う…!』 聞き覚えのあるあえぎ声と共に、何人かの男達に取り囲まれてる黒いコートの主の全身が正面から映されていた。俺に晒した表情よりも、酷く汚れきった顔がアップで見えた。 そのまま食い入るように見つめていると、やがて二三人の男が中心に居た臨也の顔面に向けて、精液を吐き出した。 『ぷ、あっ、は…んあ、あっ、これ…っ、だめええぇっ…あ、ああぁッ!』 直後に腰から下を震わせると、視点が変わり後ろに立っていたと思われる男が突っこんでいた部分が晒された。結合部の隙間からどろりとした粘液が零れて、酷い有様だった。 『ザーメンかけられてまたイッたのか?ほんとに淫乱になったなぁ、臨也。こりゃもし平和島静雄が事情を知ったとしても、公衆便器にすら使ってくれねえんじゃねえか?』 そこでまさか俺の名前が出てくるとは思わなくて、ギクリとした。 『え?あ、やっ、だめ…!シズちゃ、んにだけはいわない、ってぇ…やく、そ、く…ッ、ひあ、ああぁ…ッ!!』 話をしている途中で次の男に交代したのか、別の塊が中に突き入れられて、臨也の腰から下が派手に跳ねあがって叫んだ。 見るに耐えない映像だったが、どうしても目が離せなかった。拳はぶるぶると震えていて、手当たり次第に物を壊したい衝動がわいていたが、ひたすらに見つめ続けていた。 『なんだお前まだそいつのことが好きなのか?』 するとまさに俺が一番聞きたかったことを画面の中の臨也に尋ねていて、おもわず喉をゴクリと鳴らしてしまった。 『あ、ははっ…おれ、はずっと、これからも…シズちゃんが…好きだから』 「…ッ!?」 焦点の合わない瞳でそう告げる姿に、身が引き裂かれるような思いがした。驚きのあまりに傍にあったリモコンを押してしまい、そこで映像は強制的に途切れた。 息が、ひどく苦しかった。 「な、んだこれ…なんなんだ、これはッ!!」 大声で叫び散らしながら、完全にこれまでの出来事が頭の中で一致していた。 text top |