どうか 振り向かないでね 4 | ナノ

「俺は俺なりに真剣にお前を抱きたいって思ってんだ。半端な気持ちなんかじゃねえ、優しくしてやりたいしそれで気持ちよくなってもらいてえって考えてんだよ!」

遂に頭がおかしくなったのかと思ったが、微動だにせずにこちらに視線を送り続けているのがそうではないという証拠だった。
真剣に抱きたい、とか優しくしたいとか――勘違いしてしまいそうな言葉ばかりを嫌がらせのように投げかけてきたのだ。
ゴミ箱で頭を横から殴られた時よりも酷い衝撃で打ちひしがれた。
胸の中がざわざわと揺らぎはじめていた。考えてはだめだ、と警報が鳴り続けていたが止められなかった。

「な、んで…そこまで考える必要があるの?俺に同情してるから?」
「同情なんかしてねえよ!俺がそうしたいだけだ。てめぇなんかに気持ちまで指図される覚えはねえだろ」

俺がかわいそうな目にあったことに同情して気を使ってくれたのなら、それはそれでいいと思った。でもシズちゃんは、違うと言い張る。
と、したら考えられることは一つだった。
どんなに鈍感でも、馬鹿でもここまではっきりと言い切られていたら辿り着く真実があった。
聞いてはいけない、聞いてしまったらこれまでの関係が終わってしまうと、そんなことはわかりきっていたのに聞かずにはいられなかった。
心臓がやけにバクバクと鳴り響き、あまりの緊張で手が震えてしまいそうなぐらいだったけれどもう迷わなかった。

「だめだよ、そんな勘違いするようなことを言ったら…まるでそれって……」
「好きだって……告白してるみたいじゃない?」
「悪いかよ」
「はぁ?……う、そだよね?シズちゃん…」

暫く沈黙があった後に、きちんと返事が返ってきた。罵倒されるか冷ややかな目で見られるかと思っていたのに、なんだか照れたように頬を赤く染めてさえいた。
とても受け入れがたい現実がここにあった。
驚愕に目を見開いて頭の中を整理していると、ポツリポツリといいわけするかのように話始めた。

「最悪のタイミングだってわかってるよ。クソッ、俺も言うつもりなんてなかったんだよ!なのにてめぇが…!!」
「傷ついてんの、見てられなかったんだよ。放っておけなかったんだよ」
「わかってる?俺は平和島静雄の天敵、折原臨也だよ?大嫌いなはずでしょ?」

再度確認するようにまくし立てて言ったが、シズちゃんはいたたまれなくなったのか視線を逸らしてポツリと、悪いかよとこぼしてきた。
本当に俺のことが好きだというのだ。
はじめて会った時からいがみ合い、嫌われているものだと思っていた相手が実は好きだったと。
今まさにすっかり傷ついてぽっかり空いた穴を埋めるかのようなタイミングでだ。
一度うまくはまったものは心の奥底まで入りこみ、そのまま全体を覆うように侵食していくのだ。
この恋は、はまったらダメな類のものだ。
思わず全身から力が抜けて、ゆっくりとその場にへたりこんでしまった。顔を俯かせて肩を震わせながら、まだ必死に抵抗しようとした。

「あ……ははははッ!おかしいよ、おかしいよシズちゃん!こんなの!優しい言葉を掛けて後で勝手に捨てて心理的ダメージを大きくさせるのを狙ってるんでしょ?そんな手には乗らないよ!」

狂ったように大声で笑いながら叫んでいたが、突然肩を掴まれて前後に揺らされた。

「おい、臨也俺を見ろッ!!」
「……っ」

言われてじっとシズちゃんの瞳を見ると、純粋なぐらいに真っ直ぐに俺のことを眺めていた。しかもやけに力強くて迫力があり真剣さがそのまま伝わってくるようだった。
感情で動くタイプの性格で、嘘なんてつけないことはわかりきっていたからそれだけでもう充分だった。

「う、そじゃ…ないの?」
「さっきから言ってるだろうが…ここまで信用ねえとは思わなかったぜ」

体をかがめて俺の肩を掴みながら、盛大にため息をついた。信用が無いというよりは信じられないという気持ちの方が先だった。
あんなに嫌がらせをしたり決闘を繰り返してきたのに、どこをどう間違えばそんな最悪な相手を好きになれるのか理解できなかった。
もし俺が今正気でいつも通りでいられたのなら、気持ち悪いと一喝しているに決まっている。
でももうシズちゃんのこれまでに見えなかった優しさとか気遣いを目のあたりにしてしまったのだ。そんな暴言など吐けるわけがなかった。
大したことではないのかもしれないけれど、俺にとってはとても意味のあるものだった。
しかも嫌われていたと思っていたのが実は好きだったと告げられて、嬉しくないはずはなかった。
胸のあたりのもやもやが完全に晴れて、すっきりとすがすがしくまるで眩い光が差しこんできて暗くなった心を照らしてくれたような気さえした。

「そんなこと言われて…俺どうしたらいいの?」
「臨也?」

けれど心の中の気持ちとは裏腹に、苦々しい表情を浮かべていた。もし返事をするにしても問題があったのだ。
しかももう取り返しなどつかないぐらいに、深刻な問題だった。

「あんまり覚えてないんだけど、心が壊れそうになるぐらい陵辱されたんだよ?きっともう体も、普通じゃなくなってるよ?シズちゃんが想像できないぐらい淫乱になって…」

記憶がほとんど飛んでいるということはなにかの薬や媚薬の類を使われたのかもしれない。
血などは混じっていなかったから乱暴にされた、というよりはもしかしたら自ら進んで参加していたのかもしれない。なにしろ覚えていないのだ、最悪の事態を想像するのが自然だった。
そんな俺を知らないから、好きだと言えるのだと思った。
シズちゃんが好きなのは俺ではあるけれど、今の俺ではないのだ。

「関係ねえよ。そんなの」
「俺は臨也が好きだ。それだけだ」

不安をすべて吹き飛ばすほどに凛と室内にシズちゃんの決意に満ちた声が響き渡った。

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