舌先を絡めてぴちゃぴちゃと湿った音を立てると、向こうも同じように舌をなすりつけてきた。本当にキスなんてはじめてのような、ぎこちないものだったが優しく導いた。 俺だってキスの経験なんかより、男のモノを舐めた回数の方が多かったが要領はほとんど一緒だった。 「……んぅ…」 時折シズちゃんの息づかいがかかって、くすぐったかったが愛おしいと思った。不器用な癖にこっちに合わせてこようと背伸びをする様子が、おかしかった。 それにしてももっと食いつくように貪ってくると思ったのに、予想以上に丁寧に口付けを続けられていた。 こんな一面があるのかと少し意外に感じたが、少しでも長くこの行為を味わっていたかったので黙っていた。 きっとなにかをしゃべってしまったら、この甘いような時間も終わってしまうだろう。基本的に俺に対して黙れ、とかしゃべるなと普段から言ってるのだから沈黙しているのが一番だった。 話が通じないのはこっちの方だったのだが、どうせ本心なんか伝える気すらないのだから、言葉なんてどうでもよかった。 体の芯から蕩けるような心地よさがゆっくりと広がっていって、言いようの無い最高の気分に酔っていた。 好きな相手とふれあうという事がどんなに嬉しいことなのか、身を持って体験したようなものだった。これで両思いであれば、もっと違ったのかもしれないがそれはなかった。 これからも、きっと一生ない。 「ぷ、あっ…は……ぁ」 やがて一通り口内を蹂躙されたところで、唇が離れていった。一瞬だけ二人の間に透明な糸が見えたが、すぐに切れて名残惜しい気持ちでぼんやりと眺めた。 しかし全身はすっかり欲情しきっていて、次の行為に待ちきれなかった。たどたどしい手つきでシズちゃんのベルトに手を掛けて、ズボンを脱がそうとした。 「これぐらい自分でできる」 手で制してぶっきらぼうに小声で呟いた後、自分で脱ぎはじめた。しかたなくその間に俺もズボンと下着を脱ごうとしたのだが、あまり力が入らなくてうまくいかない。 地面にぺったり座り込んで壁によりかかり膝を立たせながら、パンツを膝下までずり下げたところで、驚きの声があがった。 「な…おい、臨也なんだそりゃ?」 「……え?なに、が?」 ほんとうに、言われている意味がわからなかった。 男達に強姦された時だって、色んな淫具を使われた。拘束具やおもちゃ、医療器具に似たものまでさまざまだった。だから感覚が麻痺していたのだ。 普通じゃないことが、当たり前になっていて違和感すら感じなくなっていた。 すっかりキスだとかのおかげで体の中にある存在のことを忘れてしまっていた。 そしてちょうど今下着を脱ぎかけて足を少しだけ開いている格好だと、シズちゃんの目線からそれが丸見えなのに気がつけなかったのだ。 「なんでそんなもん入れられて、平気な面してんだよ。なあッ!」 四木さんが俺に「他の奴とヤらないように」と冗談で言いながら後孔に入れてきた、極太のバイブのことだと理解した時には既に遅かった。 さっきまでの雰囲気が一瞬でかき消えて、代わりに殺気を滲ませたような鋭い瞳が射抜いてきた。怒っていることはわかったが、なんでここまで怒られているのかまではわからなかった。 「なに…っ…!」 戸惑っているうちにシズちゃんが、体ごと足の間に割り入ってきて突然おもちゃに手を伸ばしてきた。 粟楠会の事務所からずっと入れられていたので、すっかり馴染んでいたが意識しないようには心がけていた。それにただ入れられているだけで振動はしていないので、耐えられてはいたのだが。 腰を捩って避けようとしたけれど、がっちりと太股を掴まれて強引に横に開かされた。その時点でやっと、恥ずかしいという感情が追いついてきた。 「そんなに、気持ちいいのが好きかよ」 「ちょっ、と…やめ、っ…あ!」 慌てて足を閉じようとしながら両手で止めようとしたのだが、わざとらしくパチンと音を出してはたかれた。一瞬だけ肩を竦ませてしまったが、傷ついた胸の内は知られなかったようだった。 苛立ちを隠すことなくぶつけながら、バイブの本体を探ってスイッチをみつけて、それを一気に最大まで引きあげてきた。 「や、あ、あっ…っ…う…くぅ……」 慌てて出そうになるあえぎ声を両手で塞いで、必死にもちこたえた。なるべくなら、快楽に溺れてよがってしまう姿をすぐには晒したくなかったからだ。 これまでだって何度も男達相手に最初は我慢してきたんだ。なんとかなると思っていた。 けれど下半身はすっかり反応していて、疼いていた悦楽が出口を求めてのたうちまわっているようだった。玩具の刺激なんて大したことなんてないはずなのに、既に達しそうな勢いだった。 (やだ、やだ、やだっ…ッ、まだ簡単にイくわけには、いかないのに…) とにかく集中しようと目を強く閉じて、歯を食いしばりながら中を蠢く異物の気持ちよさにのまれてしまいように努力した。 「おい、なに我慢しようとしてんだ!たっぷり声あげてみろよ!!」 「あ、うぁっ、ッ…!あ、んぅう…う…」 俺の意図に気がついたのか無理矢理指で口をこじあけて、口内に指を二本つき入れてきた。そのまま中を乱暴にかき混ぜるようにしてきたので、頭を振って逃れようとした。 だが唐突にバイブを半分引き抜いて、また戻すということを繰り返しだして、なにもできなかった。 「ん、ぐ、っあ、はぁ、はっ…んあ、あ、あぁっ!」 指が邪魔をするように動いていて、あがる淫らな声を全く抑えることができなくなってしまう。たまに喉奥を爪先が掠るのが痛くて、生理的な涙さえ浮かんできてしまう。 しかし混乱する心とは裏腹に腰はすぐに反応を示して、極太のバイブが出し入れされるのに合わせて収縮し、びくびくと足を震わせた。 「やめ、っ…お、ねがいだからッ、あ、ねえ?」 「手前が俺にお願いするなんて、信じられねえななんか企んでるんだろどうせ!」 「ち、が…あ、は、ぁっ、あ、あぁ、ひあっ…!」 気がついたら唇から勝手に懇願の言葉が飛び出していて、一瞬だけひやりとしたが当然シズちゃんは信じるわけがなくて、少しだけほっとした いくら言いなれているからといって、安易に口からこぼれてしまったのは完全なる失態だった。快楽に流されかかっているとしても、絶対に言ってはならない一言だった。 うっかり言ってしまったことで、頭が逆に冷静になった。全身は火照ってきてどんどん熱をもってきているというのに、心は凍りついていくようだった。 (シズちゃんと、だけは…絶対にこういうことしたくなかったのに結局こうなるんだ。この体じゃ、しょうが、ない…かな) しかしわからないのはなんで四木さんは俺の気持ちを知っていて、こんな体だけの安易な関係を押し付けてきたのかということだった。ただの嫌がらせでしかない。迷惑なのはこっちなのに。 「どこ見てんだ、こっちを見ろよ」 「ふ、あっ…あ、シズちゃ…ッ、んあ、ぁ」 ぼんやりとした頭で別のことを考えていると、タイミングよく指を引きぬかれ顎を掴まれた。生暖かい唾液が口の端に一筋垂れて、卑猥さを際立せていた。 目線の先にいつの間にか外したサングラスから現れた、強い意志を持った瞳が見つめていた。しかし視線が合っているようで、それはどこかずれて見えた。 (俺のことを最初に見なかったのは、どっちだよ) 告白してありえないとバッサリ切り捨てられた時のことを思い出して、胸が酷く痛んだ。少しぐらい待って返事をくれても、よかったのにと。 俺のことを考えてみたとは言っていたが、結果がこれでは聞く必要すらない。 最初から交わる可能性なんて、ゼロだったのだ。 好きだなんて言って胸の内を吐き出したのは、間違いだった。こんな酷い展開になるというのがわかってたら、言わなかったのに。 「すっげえエロい面してるじゃねえか、お似合いだぜ」 急に出し入れの速度が早まり、より力を加えられながら奥を擦られた。 「あ、ははっ、はっ、はぁ、は、あ、あああぁっ…!」 ギリギリのところで堪えていた欲求が、シズちゃんのその言葉で全部吹っ飛んでしまったが、俺の目の奥にはなにも映ってはいなかった。 乾いた笑いと艶っぽいあえぎ声だけが静かな玄関に反響した。 text top |