「随分と優しいんだねえ、俺びっくりしたよ。軽々とお姫様抱っこしてくれちゃってさ、カッコイイよね。力を喧嘩なんかに使わないで、こういう人助けとかいっぱいすれば割とモテると思うよ?」 「…」 さっきから一人で延々としゃべりながら深夜の街を彷徨っていたのだが、どんなに話しかけても反応を示してくれなくてすっかり困ってしまっていた。 不機嫌なのか、どう声を掛けたらいいのか迷っているのか、同情して黙ってくれているのか。 「あ、そこの角を曲がったとこだよ。ホテルの受付は無人だし改装したばかりだから綺麗なんだよね。あの一番上の一部屋五万する部屋、あれ押してよ」 俺の言う通りに建物に入るとスタイリッシュな内装でとてもラブホテルには見えないぐらいに整った受付の横に、部屋の内装と値段が書いてあるディスプレイがあった。 未だに指の一本も動かせないぐらい疲れきっていたので口だけで説明してわざと高額な部屋の番号を押すように言ったのだが、シズちゃんは躊躇うことなくそこのボタンを押した。 呆気に取られながら上の階に行くエレベーターの場所を教え中に入った。すぐに扉は閉まり最上階に向かって動き始めた。 「俺のおねだりに素直に従ってくれるなんて、なんか気持ち悪いなあ。もしかしてなんか企んでる?」 「……お前がそれを言うか?いつも人を利用してばかりな癖して」 「なんのことかな?よくわからないんだけど?」 わざと知らないふりをして顔を逸らしたのだけど、内心答えてくれたのが嬉しかった。ギクシャクした雰囲気は続いたままだったけれど、息苦しさはなくなっていた。 そしてすぐにエレベーターが着いたらしい音がして扉が開くと、目の前に番号の書かれた部屋の入り口があり部屋番号の部分が赤く点滅していた。 俺を片手に抱えたまま扉を開くと、やけに豪華でだだっ広い玄関が現れた。そこで靴をいったん止まって靴を脱ぎ、部屋の中に入っていった。 全体的に白が基調のシンプルな内装であったが家具は質のいいものを使っているようで、とりあえず降ろされたベッドの感触も心地いいものだった。 とりあえず足をもぞもぞと動かして靴を脱ごうとしていると、シズちゃんの手が伸びてきて動きを遮った。 「ああ悪かった。動けねえんだろ?言ってくれりや脱がしてやるよ」 「本当に?うわ、どうしよう天変地異の前ぶれとかじゃないよね?明日世界が滅んだりしないよね?まだ俺死にたくないんだけど」 なんだかむずがゆくて悪態をついていると、頼みもしていないのに無言で靴を脱がしはじめてしまった。しかも律儀に靴を持って玄関の方へ戻って置きに行ったのだ。 「…調子狂うなあ。ま、怒ってるシズちゃんより何倍もいいけど」 本人には聞こえないようにぼそぼそと呟いた。正直唇に軽くキスをされてから、平静を装っているようで困惑していた。 自分から犯してくれと言ったものの、考えていたのとは全く別の方向に話が進んでしまっていた。 元々シズちゃんはあんなに乱暴な癖して割と世話好きなのは知っていた。暴力さえなければ普段は大人しくているし、キレることを言わなければそれなりに話はできる。 俺の前では一度も見せたことはなかったが、遠くから見たことは何度もあった。顔を合わせれば喧嘩になるのでバレないように行動していたけれど。 はぁ、とため息をついていたらどうやら戻ってきたらしいシズちゃんがセミダブルのベッドに乗ってきて、ギシリと軋んだ音がした。 「おい、服…脱がせるぞ?」 「え?いや、ちょっと待って、待ってよ。どうせめちゃくちゃに汚れてんだからこのままシャワー浴びて一緒に洗えばいいよ。わざわざ脱がさなくても…」 ズボンと下着は履いていなかったが、大事な部分を隠すようにお腹の上にかけられていたのでそのままになっている。 上はコートでしっかり覆っていたから全部まとめて風呂の中で洗い流せばいいと思っていた。脱がしてもらうなんていう想像は、全くなかった。 というか流石にこれ以上世話になるわけにはいかなかった。シズちゃんに対して借りを増やすのも嫌だったし、そんな優しさなんて求めてはいなかった。 断りかけていたのだが、話の途中で腕が伸びてきてズボンと下着をあっさりと奪って少し離れた場所に置いた。 「って、本当にいいって!迷惑だから!恥ずかしすぎて、俺死んじゃうからやめて!」 慌てて叫んで脱がすのをやめるように告げたのだがやめる気配は無く、コートにまで手を掛けられた。 「…っ!」 なんとかしてやめさせたかったのだがあまりに興奮しすぎて叫んだので、一瞬だけ頭がくらりとして苦しげな声がもれてしまった。 「無理するな。それに服なんか着て風呂に入ったら風邪ひくだろ。いいから大人しくしとけ」 悔しいが言っていることは珍しく正論だった。わかってる、わかっているのだが釈然としないものがあった。 さっきからもやもやと渦巻いていた気持ちが、一層大きくなった。 不機嫌な表情で睨みつけたのだが、気にかけることもなく淡々とコートとシャツを剥ぎ取っていった。 遂に肌を全部シズちゃんの眼前に晒すハメになってしまった。こんな明るい部屋の中で全裸にされるなんて、もうどうしていいかわからなくて顔から火が出そうだった。 唇を噛みしめていると、ふと目が合った。 「…なッ…!」 思わずうろたえてしまった。いつの間にかサングラスを外して、真剣な顔で俺のほうを見据えていたのだ。 ばっちりと目が合ったということはこんな状況にも関わらず俺の体の方には興味がないということだ。それはそれでいいのだが、どうにも居心地が悪かった。 慌てて目を逸らしたら、ガクッと体全体が大きく揺れた。再びシズちゃんの腕に抱かれていたのだ。 「う…くっ……」 なにかからかいの言葉を言ってやりたかったのだが、どうしてかうまく頭が回らなかった。口をパクパクさせているうちに、冷静に歩き出すと風呂のほうへ向かって行った。 背中と腰に回された手がとてもあたたかくて、すっかり冷え切っていた体に心地よさを与えていた。 そのまままた片手でドアを開いて、浴室に入った。迷うことなく風呂場の扉も開いて中に入ると、シャワーの前の無駄にだだっ広い床に下ろされた。 「えっ、うわッ…!」 引っ掛けられていたシャワーを右手に取って左手で捻ってお湯を出し、あたたかさを確かめてから遠慮なしに俺の全身に頭からかけてきた。 随分と強引だったけれどあたたかい雫があたる度に、緊張していたものもすっと緩んでいった。 「お前寒くて震えてただろ。俺も服脱いでくるから、暫くそれであったまっとけ」 それだけ言うと風呂場を後にして出て行った。 「え?今シズちゃん…なんて言ったっけ?」 戸惑いの呟きは本人に届くことはなかった。 text top |