「ねぇ俺の話聞いてよ?一度でいいからさ」 胸倉を掴まれて壁に押し付けられた体勢のまま、必死に懇願した。閑散とした路地裏だったから、言うなら今しかないと思ったのだ。 まぁどちらかというと、俺の方が耐えられなくなっただけなのだが。 「チッ、しょうがねえな。なんだ?」 「っていうか手は外してくれないの?あぁ、ごめん。ごめんって!このままでいいから…ッ」 相当イラついているのか、眼前まで顔を寄らせて不機嫌さを露わにしてきたので慌てて謝った。いくらなんでも顔が近すぎて直視できないレベルだったのだ。 何の計算もなしにここまでしているから、本当に困る。 そして頬を引きつらせながら、懸命に頭の中から言葉を搾り出した。 「あ、あのね……その、実は俺…あの…だから…」 「今の間に俺は何十回か手前を殺せたぞ」 「あぁもう、うるさいなあ…ッ!」 いつもはスラスラと出てくる言葉が、全く出てこない。それどころか緊張しすぎて眩暈がしていた。いくらなんでもこれはない。 気を引き締めて唇を結び、意を決して大声で叫んだ。 「実は俺…シズちゃんのこと、好きなんだッ!!」 ぎゅっと目を瞑って、心の底から告げた。 わかってる。これがただの自己満足なんだと、そんなことはわかりきっていた。 答えなんか返ってこなくていい、ただ吐き出せればいいと必死だった。 殴るか、笑うか、罵倒してくるか、どれだろうと待っていたのだがなんの反応も無くて、恐る恐る目を開けてみた。 すると口を開けたままぽかんとした表情をして、ただただ驚いているという感じだった。 「う、わっ!」 胸の辺りを握られていた手の力が抜けたので、そのままズルズルと壁を伝って地面に座り込んでしまった。 そのままの状態で下から上目遣いで見あげたのだが、全く目線が合わない。想定外の反応に、こっちがどうしたらいいかわからなかった。 「あ…あの、シズちゃん?」 「お、俺は手前なんか大嫌いだっつってるだろが!なんでそんなこと言ったのか知らねえが、応えられるわけなんかねえだろ!!」 声を掛けたところで、次々と拒絶の意志を投げつけられてほっと安堵した。 いや、嘘だ。 ほんとうは傷ついていたが、答えがわかっていたからそれほど深く刺さることはないというだけだ。 「っていうかなんだ!ただの嫌がらせなんだろ?あぁ本当に最悪…」 「嫌がらせでも、嘘でもないよ?俺はシズちゃんが好きだ。好きだった。そして全部わかってて言っただけだよ、振られてスッキリしたしね」 ニッコリと笑みを口元に浮かべて、立ちあがった。 当然のことながらそれも嘘だったのだが。傷つかない人間なんているわけがない、しかもまだ告白して数秒しか経っていないのに吹っ切れるわけもない。 でも未練たらたらというのも許せなかったし、女々しく縋りつくこともできなかった。だから自分の気持ちに自分で整理をつける為に言った。 「っていうことで、俺の今日の冗談はこれでおしまい。だからまぁ、忘れてよこのまま…さっきの告白も綺麗さっぱり、ね?」 ここで涙でも流してやれば動揺する姿でも見れるかと思ったが、やめた。そんな同情を得ても意味が無い。 「なんだ、やっぱり嘘か。そうだよなぁ、殺しあってる相手が好きとか気持ち悪いだけだもんな」 ズキッ、とまた胸が痛んだが顔には出さない。 俺は向こうにとって悪者なんだから、最後までそれを貫き通さなければいけない。そうしなければ次に会うことすら叶わなくなるのだ。 「そうだよ、好きだなんて…本気なわけないだろ?大嫌いだよ、シズちゃんなんて。俺はシズちゃん以外の人間を愛してるんだから」 滑稽だった。けれど自分が傷つくことを、自分で言うのをやめられない。 こうなったらいっそとことんまで傷つけばいいと思った。それで悔しくて、辛くて、恨んで、憎めばいいと。愛が憎しみに変化していけばいいと思った。 「でも今のは効いたなぁ?ほんとにびっくりしたぜ…ヤバかった」 「あはは、シズちゃんを動揺させられたのなら俺の勝ちだね」 振られはしたが、それなりに想定以上の反応がもらえて嬉しかった。一瞬でも俺を殺す事以外で悩んだのかと思うと、心が躍っていた。 「なんだとッ!!!!」 「うわっ、こわ〜い!じゃあそろそろ帰るね」 それだけ告げると、振り返らずに走り出した。後ろでなにかを持ちあげる派手な音が聞こえかけたところで、角を曲がってそのまま全速力で逃げ出そうとしたところで。 「折原臨也さんですか?」 「え?あぁ、はい……ッ!?」 見覚えの無い男に声を掛けられた――ところでいきなり後ろから羽交い絞めにされて、焦っているうちに布のようなものが口に当てられて気を失っていった。 text top |