「こっちは一人で来たっていうのに、随分な人数ですよね?」 指定された場所に現れた男に連れられて、辿り着いた先はいかにもな怪しい部屋だった。 入り口は普通のマンションだったが、中身は違法風俗店の店舗のようだった。許可も取っていないだろうし、マンションの持ち主と風俗店がつるんで営業しているなんてことはざらにある。 大っぴらに商売できなくなった輩が利益優先で違法まがいのことをするのは当然だ。しかし、それにしても。 「しかも俺を犯す気満々じゃないですか。SM部屋って、ほんとひっどいですよ」 部屋の中には十人近くの男と大きなベッド、それから医療用とは聞こえがいいが怪しいプレイ用の椅子と、手錠のついた磔台などかなりマニアックなものが並んでいた。 目を覆いたくなるような光景だった。しかしこっちもなんの対策もせずに来たわけではない。 万が一の時の為にボタン一つでここまで踏み込んでくれるような相手に連絡も取ってあるし、数時間経って連絡がなければ他にも緊急用のメールが届くことになっている。 わけのわからない相手に効果のある、暴力団関係の人達だ。こういう時はほんとうに役に立ってくれる。 「その前に小細工をしているようでしたら、今すぐやめて頂けませんか折原さん」 中心に立っていた、他の雑魚のような奴らとは明らかに違う身なりの良さそうな男がそう一歩前に立って、そう言ってきた。さっきの電話の男だ。 「なんのことですか?」 当然とぼけてみせた。そんな嘘はもう意味などないのだが、半分は時間稼ぎの為だった。なるべく長引かせたほうが、危険な目に遭う確立は低くなる。 「あなたの重要な秘密をバラされたくなかったら、他と連絡を取ってけしかけるような真似はやめろと言ってるんですよ?」 「…わかりました」 顔を歪めながらポケットから携帯を取り出して、とりあえず緊急用のメールが届くことになっていたプログラムは解除した。 それでも数日連絡が無ければ気がついてくれるだろう、しょうがないから暫くはいいなりになるしかない、と楽観的に考えていたのだが。 「で?情報屋の俺を脅してなにを聞き出そうっていうんですか?」 携帯を男に投げつけながら、淡々と告げた。こういう修羅場は何度か経験があるし、まぁある程度予想できたことだったのでそれなりに覚悟はしていた。 「あぁ別にあなたの仕事は関係ありませんよ。私達が手に入れたいのは、あなた自身なんですから」 「俺、ですか?」 凡人より容姿がいいことは昔から知っていた。それを武器にしてニッコリと笑顔を浮かべて人に近づいて、ざっくりと切りつけるような事しかしてきてはいないのだ。 男女問わずに誘われる事も告白されることも何度も経験している。しかし性欲なんてほとんど無いに等しかったし、それを利用するなんて馬鹿げたことは考えたことすらない。 あくまで俺は裏方だ。実際に動いて情報を得るなんて、そんなことはしたくない。人を操って手に入れる情報こそが価値あるものだとも、知っているのだ。 「残念ながら俺そういう事には疎いですし、男ですよ?他を当たったほうが…」 「あなたにマゾの素質があるのは、ここに居る全員が知っていますよ?」 「はぁ?」 今度こそわけがわからなかった。回りの男たちの目がギラギラしているのはわかるが、マゾだとか勝手に言われても頭がおかしい発言としか思えなかった。 なのだが。 「はじめは恨みを晴らせれば、と思っていただけなんですけど。まさかあんな素晴らしい体を持っているとは」 「なにが言いたいのかわからないのですが」 鋭く睨みつけながら低い声で呻るように言ったのだが、向こうは全く動じていない。それどころかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてこっちを見下している。最悪にムカツク気分だった。 「では、暴れないでこれを見て頂けますか?」 「ちょ、っと…なにを……っ!?」 いきなり真後ろに体格のある男が二人並び、後ろから羽交い絞めにしてきた上にいきなりポケットを探って愛用のナイフを取り出した。 しかも隠していたものもすべて探し出し、信じられないことだがどこに隠し持っているか把握しているような素早さだった。 慌てふためいている俺の眼前に、ビデオカメラの画面が突き出された。そのまま再生ボタンを押され、そこには衝撃的な映像が映っていた。 『や、だ…っ、うぅ、むぐうぅぅ…っ、あ!』 「え、これ…俺?」 そこにはほぼ全裸に近い格好で何人もの男達に組み伏せられている、俺の姿が映っていたのだ。もちろん見覚えもなければ、そんな記憶も無い。 「これぐらいじゃ驚きませんか?じゃあこれなら、どうですか?」 カメラを持った男がボタンを押すと映像が切り替わり、今度は別の格好にさせられている姿が映っていたが、吐いた言葉に心臓を抉られるような気分になった。 『お、ねがい…っ、だからぁ…シズ、ちゃん、には…言わない、で?」 「えっ?え……あっ、あぁ……ッ……うそ、だろ?」 画面に映った俺は”シズちゃん”と言っていた。その一言で激しく胸に衝撃が走った。 断片的ななにかが、頭の中に次々と浮かんでところどころ思い出しかけていた。 本心は思い出すな、思い出すなと警告を発しているというのに、あふれ出した思いはとまらなかった。 「薬を使った時に少し効きすぎたみたいで、記憶障害になったみたいなんですが、うまいことまた捕まえられてよかったですよ。少しは思い出しましたか?あなたが淫乱ビッチになったこと」 「そ、んなこと…知らない…知らないッ!!」 とにかくこの状況をなんとかしたくて、現実を受け入れたくなくて、俺が忘れていたものがなんなのかこれ以上知りたくなくて、めちゃくちゃに手足を振り回して暴れたが効果は無かった。 あっさりと床にねじ伏せられて、なす術もなかった。 「今度は記憶は飛びませんから安心して下さい。その代わり催淫効果はすごいですけどね」 さっきまでビデオカメラを持っていたはずなのに、いつの間にか注射針に変わっていた。瞳をぎゅっと閉じて腕に走りピリッとした痛みに耐えながら、忘れていたことを。 俺が忘れていたのは、シズちゃんへの恋心なんだと気がついた。 text top |