「ねぇ…シズちゃんなに見てんの?」 唇から漏れた声は完全に掠れきっていてまるで自分の声ではないような錯覚に陥った。 「別に見てねぇよ」 それは嘘だ。必死にこっちに視線を向けないように顔を背けてはいるが、せわしなく目が泳いでいてどうしたらいいかわからないという表情をしていた。 いつもだったらここで延々と悪態をついているはずなのだが、今日はそんな気力は全く残っていなかった。 (どうしたらいいんだ…?) ぽっかりと真っ白になった心にそれだけが浮かんでいた。 なんとも酷い有様だった。 服はナイフで破られて肩から腕にかけて以外が綺麗になくなっていて、ズボンや下着などは数メートル先に脱ぎ捨てられている。 コートに至っては白いどろどろの液体がぶっかけられていて汚れているし、乾いたものがこびりついていてとても普通には落ちそうにない状態だった。 そんな全裸にコートという変態じみた格好で人通りの無い道の片隅に捨てられるように寝ころがされていた。 そしてなぜか目の前にはシズちゃんが立っていた。 どうしてこうなったのかほとんど覚えていない、というか既に忘れ去りたい記憶なので覚えていなかった。 でも誰が見ても複数の男に陵辱されたんだなとわかるぐらいに全身が、砂とほこりと痣と汗と考えたくない液体で汚れきっていた。 家に帰る途中で襲われたことだけははっきりしていたが、どうしてシズちゃんがここにいるのかだけは理解できなかった。 衣服の乱れなどはほぼ無いので陵辱の件に関して無関係なことだけはわかっていた。 (…にしてもツイてないなぁ。一番見られたくない相手に見られるなんて) これまで危ない橋を度々渡ってきたけれど、最悪の部類に入るほどだった。ここまでぐちゃぐちゃにされたことはない。 体をピクリとも動かしたくないのに、この場から走り去りたくてしょうがなかった。 対等でありたい相手にこんな弱い部分を曝け出してしまうなんて、ありえないのだ。 平和島静雄の目に映っている折原臨也は、どんな風にしてこの場を乗り切るだろうか? 「いいよ、見たければ見ても?あぁでもあまりのエロさに、シズちゃんが欲情しちゃうかな」 「勝手に言ってろ」 吐き捨てるように掛けられた言葉が、ナイフのように心臓をえぐった。普段だったらなんとも思わない口喧嘩が、グサグサと刺さり致命傷になっていくようだった。 体が弱っている時は心も弱くなってしまうもんなんだなと思った。 悔し涙はもうすっかり枯れ果ててしまっているので泣くことはなかったけれど、もやもやとした気持ちだけが残って嫌だった。 この気持ちをなんとか晴らしたいと、それだけしか考えられなかった。 「あのさ、おねがいがあるんだけど。臨也くんからの一生のお願い」 なんとかいつもの笑みを口元に作り出して、傷ついていることを悟られないように注意を払いながらいつも通りを装って軽く告げた。 「シズちゃん、俺のこと犯してくんない?」 「てめぇ…なに言ってるんだ」 頑なにこちらを向こうとしなかったシズちゃんがやっと俺のほうを見てくれた。 薄暗い明かりでは表情はわからなかったけれど、いつもより低音の声が不機嫌さを表していた。 「どんな奴らだったか全然覚えてないんだけどさ、早く忘れたいんだよ。それに相手がシズちゃんだったって体が覚えてくれたら、今度喧嘩する時にやり甲斐があるだろ?」 「…馬鹿だな。人に押しつけて」 「ひどいなぁ、これでも俺いろいろ考えたのに!だいたいいつも嫌なことがあったら勝手に人のせいにするの、誰だったかなぁ?」 それ以上言葉が返ってくることはなかった。渾身の告白だったのにあしらわれてしまって、心底ガッカリした。 (こういう時くらい言うこと聞いてくれてもいいのに) ふてくされた顔をしてため息をついていると、シズちゃんが傍に近づいてきて体を屈ませてきた。 なにをするんだろうとぼうっと目で追っていたら、俺の膝の下と腰に手を差し入れて――そのまま軽々と宙に持ちあげた。 「え…?どうなってんの?」 「俺としたいならまず汚ねぇ体をなんとかするんだな」 あまりの行動にすっかり呆けてしまっていると、だんだんとシズちゃんの強面の顔が近づいてきてふれた。 ほんの一瞬だけ唇と唇がふれた。 すっかり壊れきってしまっていた感情が、今再び動き出したような気がした。 text top |