「さっきから黙って聞いてりゃ勝手なことばっか言いやがって、そんなに殺されてぇのか?」
「シズちゃんこそ全然やる気ないじゃん。そういうの失礼だと思うんだけど。俺じゃなくて女の子が来てたらとっくに泣いて帰ってるよかわいそうに」

地の底から唸るような声をしぼりだして脅しをかけたのだが、逆に窘められる結果になってしまった。
そう言われれば確かにコイツはノミ蟲だが、仕事はきっちりしようとしている姿勢が窺える。いつも喧嘩している時とはわけが違うということなのだ。

「どっちにしろ俺は断る気だったんだ。てめぇが相手っつうんなら尚更お断りだ。金持ってさっさと帰りやがれ」
「なに?俺相手じゃ抜けないって?童貞の癖によく言うよね。まぁ騙されたと思ってさ、やってみようよ。これで童貞卒業できるじゃん」
「てめぇさっきから童貞童貞って言うな…ッ!!」

完全に怒りが臨界点を突破した。叫びながら素早く臨也の両腕を掴み奴の膝の上に足を乗せるようにして体重で固定し、掴みかかる勢いで眼前まで顔を近づけて睨みつけた。
しかし―――

「あ……?」
「思ったより柔らかい唇してるんだね、シズちゃん」

数秒の出来事だったのだが、俺はなにが起こったのかすぐには理解できなかった。
まだ唇に残っているわずかな感触が示しているものはひとつだったのだが、信じたくなかった。

「エッチするだけって思ってた?俺はちゃんと仕事はするよ?誰が相手だって恋人同士みたいに、優しく甘い雰囲気で包みこんであげるからさ」

微笑みながらしゃべる臨也の表情はこれまで一度も見たことのないものだった。どうしてかほんのりと頬を赤く染めているが、別人かと思うほど切なげな瞳を俺に向けていた。

(なんだ…?なんなんだ、これは…?読めない奴だと思ってたが変わりすぎだぞ!いや、落ち着け相手はあの臨也なんだぞ!なに企んでるか…)

あまりのことに完全にパニック状態に陥ってしまっているのか、いやに胸が激しく脈打ってて冷静さを失っていた。嫌な汗が額に浮かび顔も引きつっている。
だが向こうはそんなことは全くお構いなしだった。

「ん……うぅ……ッ……」

臨也はもう一度、今度ははっきりとわかるようにじっくりと唇を押しつけてきた。そしてそこでやっと、あぁコイツとキスしてんだと感じることができた。
さっきまでの動揺がすべて吹っ飛んで、なにも考えられずただ呆然とされるがままになっていた。これがファーストキスというやつなのか、と見当違いのことさえ思っていた。
けれどそこで終わりではなかった。

「んんッ!?」

急に唇を割り開かれて口内になにかが侵入してきたのだ。それが舌なんだとわかったのは、それを自分の舌にがっちりと絡められたからだった。
するとどうしてかおさまりかけていた鼓動がドクンッと高鳴り、もやもやとしたものが胸を渦巻いているような妙な状態になってしまった。
その間にも臨也の舌に翻弄され続け静かな室内にぴちゃぴちゃと舌同士が絡み合う音が響いていた。
酷く居心地が悪いような気もするが、本能的にそんなに悪いものではないとも訴えていて俺になにが起こっているのかさっぱりわからなかった。
ただわかることは………。

(やべぇ、なんかすっげぇ興奮してきてんだけど…なんだこりゃ…)

ズボンの前が苦しいぐらいに大きくなってしまっていた。目を疑いたくなるような光景だったが、事実だった。
マズイなと思っていると突然臨也の唇が離れていって、ぽかんとバカみたいに口を開けたまま固まってしまった。

「あははっ、かわいいねシズちゃん顔真っ赤だよ。俺まだキスしかしてないのに」

からかうように笑われたはずなのだが、怒りはまったく沸いてこなかった。
お前だって顔赤いだろ、と言いたかったのだがどうしてかうまく言葉が出てこなかった。

「じゃあそろそろお風呂入ってるだろうし、服脱がせてあげるよ?」

臨也の両手を押さえていたはずなのにいつのまに力が抜けていたのか、あっさり手を振り払うとそのままの姿勢で俺の服のボタンにふれてきた。

「は?いや、ちょっと待てこれぐらい自分ででき…」
「いいって、誰かに脱がせてもらうなんて子供の頃以来でしょ?しかも恋人に触れられながら脱がせてもらえるなんて最高だよ?」

誰がいつお前の恋人になったんだ、と突っこみたかったがさすがにそんな野暮なことは言えなかった。そういう趣向なのだ。
確かに俺はこういう店っていうのはただ抜くだけだと思ってた。けれど実際はコイツが言ってたように擬似恋人の時間が楽しめるような素晴らしい場所だったのだ。
そんな経験などこれまで一度も無かった俺には、信じられないことばかりだった。

(おい、まだはじまってもいねぇのに…はまっちまいそうだぞ、これは…)

きっとこれが出会ったばかりの女であればここまで思わなかったのだろうが、相手はあの臨也だから性質が悪かった。
普段とのあまりの違いに、すっかり毒されていた。

「ねぇ、ちょっとだけ足あげてよ」

悶々と考えているうちにはっと気づけば、あっという間に上半身裸にされズボンも半分以上脱がされているところだった。
慌てて右足をあげると素早く器用に脱がし、すぐに反対側もあげるように催促してきた。左足をあげたところで、あぁそういえば俺下がやばくなかったっけと思い出していた。

「うわっ、なにこれすごくない?すっごいテント張ってて面白いんだけど」
「おいっ臨也!勝手にさわるんじゃねぇッ!!」

下着越しに幹の部分を手で撫でられて思わず大声で怒鳴りあげていた。すると一瞬傷ついたような顔を向けてきて、しまったと思った。

「あ、あんま触わられっとヤバイから…やめろよな」
「うんそうだよね。まだ時間はたっぷりあるんだしお風呂で綺麗にしてからにしようか」

臨也にしてはあっさりとじゃれるのはやめて、体を少し後ろに反らしたかと思うとなにかを手に取って広げそれを俺の腰に巻きつかせた。
それがバスタオルだと気がついた時にはタオルの下から手を入れられて、一気に下着を引き下ろされるところだった。両足を交互に浮かせると完全に脱がされてしまった。
ふとソファの上を見ると俺のバーテン服や下着まで綺麗に畳まれて置かれていて驚いた。意外な一面を見て感心しかけていると、とんでもない一言を告げられた。

「じゃあ今度は俺の服脱がせてよ?」

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