「は……どういうことっすか?」 すっかり気を失った男を肩に担ぎながら、仕事の上司であるトムさんが妙なことを言いだした。 「もうデルヘルの女の子をこの部屋に呼んじゃったみたいなんだよ。相手してやんないとその子も帰って雇い主に怒られるだろ?かわいそうじゃねぇか。ってことで静雄あと頼んだぞ」 「ちょ、っとトムさんッ…!?」 無常にも部屋の扉は閉められてしまい、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。 今日の借金の取立ての相手は風俗にはまってるっていう野郎というのは聞いていた。 家に帰らず漫喫などで寝泊りを繰り返しているようで居所が掴めなかったが、はまっている風俗店に予約が入ったというのでホテルの番号を聞いてここまで押しかけたのだ。 いつものように一発殴って仕事は終わったと思っていたのだが、そうではなかったようだった。 「ちゃんと金置いてってるし…もしかして、トムさんわざと俺に……」 よく見ると机の上に札束が置かれていて、これで女の相手をしろということは明白だった。仕事と言われれば逆らわないが、それにしても困った事になったと内心思った。 俺ははっきりいって、そういう経験が全くといっていいほどなかった。 そういう店に行こうと思ったことすらもない。女に興味など無かったのだ。 もしかしたらこれはトムさんの気遣いなのかもしれないが、とてもじゃないが受け取れないと思った。 「事情を説明して金だけ払って帰って貰うしかないか…あ、でもそのまま帰らせると店にバレるからここで待ってた方がいいのか…」 どういう風に言えばいいのか考えていたところで、部屋のチャイムが鳴った。微妙な顔で頭をがしがしとかきながら扉を開いた。 「どうもはじめましてーーーイザイザでっす!…って、あれ?」 「な、てめぇ…がなんでここに…ッ!?」 目の前によく見知った顔が立っていて心臓が変にとびあがった。いつも出会い頭に怒りで沸騰するのだが、場所が場所なのでそれどころではなかった。 焦りつつなんとか取り繕うとしたところで、臨也が強引に扉の中にするりと入りこんできて俺を押しのけると扉を閉めた。 「だめだよシズちゃん廊下なんかで騒いだら他のカップルに迷惑だろ?あぁでもここのホテルってお仕事の人達しかいないから別にいいのか」 さもなにもかも知っているというようないつものイラつく口ぶりで話しかけてきて、戸惑いが一瞬にして怒りに変わった。 「なんでてめぇがここに居るんだって、聞いてんだろ!」 「それは俺も聞きたいところだよ…うーん、まぁ状況から見てシズちゃんが今日のお客さんなんでしょ?だったらお仕事するしかないよね」 俺の怒鳴り声なんか気にも留めずに、勝手に靴を脱いで部屋の中に入っていってソファの上に座りやがった。 「俺は女が来るから待ってろって言われて…!」 「え?でもこれ金額合ってるし、このカードの会員番号と一致してるよ?ほら」 いつのまにか臨也は机の上をあさっていたようで、置いてあったカードの番号と奴の持ってた紙切れを覗きこんで見ると確かに数字が一致していた。 確かにトムさんは女の子と言っていたのだが間違いない証拠があるのならしょうがない、と納得しかけたところで気がついた。 「っていうかなんでお前がこんなことしてんだよッ!」 「ん?あぁ、アルバイトだよ。情報屋の仕事が暇な時にやってるんだよ。自分の都合でいつでも働けるから楽でいいお仕事なんだよ?」 開いた口がふさがらなかった。目頭を押さえてため息をつきながら、変態という言葉が頭の中に浮かんでいた。 最低最悪の大嫌いな相手という奴の印象に追加で変態という単語が加わった。 「ん?あれ、どこ行きやがった…ッ…!?」 「とりあえずお風呂にお湯はってきたよ。溜まるまでにお会計と今日の注文内容確認しようか?」 目を離した隙に臨也がいなくなっていたので慌てて室内を見回していると、風呂場から顔を出し軽い足取りで俺に近づくとそのまま手を取られて無理矢理ソファの上に座らされた。 「いや、だからどっちにしろ断ろうと思ってて…」 「なんかオプションがすごいついてて大変なことになってるよこれ。コスプレ衣装に、手錠、バイブ、ローター、パンツ、ローション風呂にぶっかけ、アナルセックスまでってどんだけやる気なのシズちゃん?」 なにやら色々書かれている紙をすらすらと読みあげる臨也に、どこから突っこんでいいかわからないぐらいだった。知らない単語が多すぎる。 「写真撮影がないだけマシだったかなぁ。じゃ120分コースできっちり10万円頂くねっ」 機嫌良さそうに机にあった札束を数えてさっさと鞄に仕舞うと、なぜか座りなおして俺のほうに向き直った。 「わかってるよ、これ借金の取立て相手の予約でしょ?だって童貞のシズちゃんがこの店のゴールド会員なわけないもん」 それは明らかなる挑発の言葉だった。 text top |