「……っう、ほんと…無茶苦茶する、よね…はじめてだったのにさ…っ」 重い体を引きずりながらおぼつかない足取りで自分の部屋めざして歩いていた。なにも身につけていないのにソファに放置だなんて酷いのにもほどがあると思った。 全身はまだ媚薬の残りがあるのか痛さはなく、わずかに火照っているようだった。でもさすがにもう出るものもない。途中何度も意識が飛んでいたのでわからないが何回もイッたことだけは確かだった。 やっとベッドまで辿り着くとそのままうつぶせに横たわり目を閉じた。鮮明な記憶は瞼を閉じても裏側に焼きついていて、これらをすべて忘れてしまうなんて考えにくいぐらいだった。 でもきっと薬の効果は絶大だ。あと数時間もしたら全部消えてしまうものなのだ。 「それって儚いねぇ。俺ほんとは忘れたくなんかないのに」 正直な気持ちだったが、多分抗えないのだろう。うとうととしかける頭を必死に振ってできる限り意識を保つことを考えた。まだ余韻に浸っていたかったからだ。 今晩のことを忘れたくはない、けれどはじめから記憶を忘れるということでシズちゃんに襲われたのだ。 後の都合がいいから襲ってきたのだ。これが素面のままだったら、ただの媚薬というだけでは決して襲われなかっただろう。 「あーでもまさかサイモンに気まぐれであげただけなのに、こんなことになるなんて面白いよ」 枕に顔を埋めながら口元が緩んでいた。今回のことは全部想定外、だがまるっきり予測しなかったわけではなかった。 ”好きな相手と仲良くなれる薬”と言って渡せば少なからずシズちゃんの元に渡るのは目に見えていた。 受け取ったら彼は好きな相手に誰を選ぶだろう?というただのお遊びだったのだが、まさか自分が選ばれるとは。いや、むしろあの様子ではなにも知らなかったのかもしれない。 言葉尻の後ろだけ汲み取って単純に仲良くなれる薬と聞いたのかもしれない。それはありえる。そうだとしても俺相手に使ってくれたのは嬉しかったが。例え嫌がらせであっても。 「しかしどうなるんだろうねこれから。俺の予想では調子に乗ったまま薬が無くなるまで使い続けて、サイモンに問い正して真実を聞くってところかな。んで、乗りこんできてハッピーエンド」 恋愛におけるハッピーエンドといってもいろいろある。 例えば傍から見てハッピーエンドに見えなくても、本人達が分かり合っていればそれでハッピーなのだというもの。 途中散々に酷い目にあい続けて、お互いの心も体もボロボロになってしまったけれどその後は安息に過ごすというもの。 体は繋がっているのに気持ちが全く通い合ってなくて、付き合ってはいるけれどただそれだけというもの。 どれになるかはわからない。けれど俺はどれになったとしても、幸せだろうなと思った。 「あははっ、だって俺はシズちゃんが大好きなんだもんねぇ。そこさえ間違わなければいいよ」 あんな都合のいい薬を手に入れて使い続けないはずがない。きっと何週間も経て俺はどんどん体が淫らになっていくのだろう。それはとても悦ばしいことだった。 記憶はなくても、薬漬けになって我を失いかけようとも、最終的に捨てられようとも好きな相手と繋がったという事実は消えない。 どんなに時が過ぎようとも、シズちゃんは今日のことが忘れられないのだ。いつまでもいつまでも、一人で想っているのだ。 「かわいそうだけど、しょうがないよ。こっちは体を犠牲にしてるんだから」 体を丸めて布団の端をぎゅっと握った。快楽や気持ちいいことは嫌いではないが、今日の媚薬の効果はすさまじいものがあった。 もっと向こうを焦らす予定だったのに、こっちがあっという間に縋ってしまうほど感じてしまったのだ。そしてあんなに大きなものを後ろに受け入れたというのに、痛いことなど一度も無かった。 頭の中がぼんやりとして、理性を失った獣のように善がるだけだった。はしたないとか恥ずかしいという思いがあったが、もっともっとという欲のほうが強くて自分を失っていた。 俺がマゾだなんて自覚したことなどなかったが、そうなんだと認めざるをえないぐらいに乱れたのだ。 信じられるわけがない。 「まぁいいよ、シズちゃん楽しそうだったし俺も楽しかったから。あんなに心底嫌がってた相手にがっついて、征服して屈服させて嬉しがってくれるなんて思わなかった」 最中はこれまで見たことがないぐらい極悪な笑みを浮かべながら、人を貶める言葉を散々に吐いてきたのだ。普段は真面目で暴力が嫌いだとか言っている癖に。 俺にだけ心の奥底に眠っていた本性を見せてくれたのだ。 その時点でこの勝負には俺の勝ちが見えていると思ったのだ。 好きだとかそういう恋愛感情ですらないものではあったけれど、必ずどこかで綻びが出るだろう。迷ったり悩んだりする時があるだろう。 果たして本人が気づくかはわからないけれど、可能性はあるのだ。 「どうせなら自分から言って欲しいよね。俺がお前を淫らにしたんだ、だから俺のもんになれって。はは、そんなこと言われたら絶対惚れる自信がある」 こっちの準備は最初から整っている。いつ言われても大丈夫だ。 シズちゃんが陵辱犯だとわかってもそんなに怒ったりしない。戸惑いながらも内心は安堵して喜ぶだろう。表面上はそうは見えなくても。 「でも一つだけ誤算があるとすれば、やっぱり俺がなにも覚えていないことだと思うんだ。自分で自分を騙し続けなければいけないことだよ」 それは分の悪い賭けだった。向こうは事情を全部把握していて、こちらはまるでわからない――なに一つわからないのだ。 精神的不安定な状態が続いて耐えられるかどうかは微妙なところだろう。そこまで追い込まれたことなんてないから、その時の自分の行動なんて読めるわけがない。 だからこそおもしろいのだが、やっぱり今の俺が最後まで見届けられないのは残念だった。 「ねぇシズちゃん、君が俺に堕ちるのと俺の体が快楽に堕ちるのとどっちが早いかな?」 text top |