「ヒサシブリネー静雄!聞いたヨ。ケンカヤメタ。池袋ヘイワでハッピーエンド!!」 仕事も終わり行くあてもなくフラフラ歩いていると、露西亜寿司の前でサイモンに声をかけられた。 たまに出会ったら愚痴を言う仲であったが、そういえば薬を貰ってからこの話題で話をしていなかったので振られてやっとそのことを思い出した。 「あぁ確かに臨也とは喧嘩しなくなったなぁ。でもハッピーエンドとまではいってねぇ、むしろややこしくなってんじゃないのか?」 「ドウシた?元気ナイネ。寿司クウ、元気ニナルヨ」 煮え切らない顔をしていたのを勘違いしたのか、俺の右腕を取り店の中に連れこもうとしてきたので丁重にお断りをした。 元気づけようとしてくれるのはいいことなのだが、サービスデーでもない日に寿司を食べるほど懐もあたたかくはなかった。 そこでふと一つの疑問がわいたので、話題を変えるついでに尋ねてみた。 「そういやあ貰ったあの薬、サイモンはどこで手に入れたんだ?随分と役に立ってくれたのはいいんだが、あんな妖しいもん…」 適当に聞いただけでまともな答えが返ってくるとは思っていなかったのだが、驚愕するような内容だった。 「あれ臨也にモラッタ。仲良くスルクスリってキイタヨー」 「はあッ!?そ、それマジなのか!!」 おもわず胸倉を掴んで凄みをきかせながら眼前に食い入るように近づいていた。一瞬にして頭の中が混乱していた。 「ホントダヨ。オレいらなかったカラ、静雄にアゲタ。フタリが仲良くナルのが一番ネ」 にっこりと万年の笑みを浮かべながらはっきりとサイモンがそう言いきった。すると次の瞬間俺は手を離し池袋の街を全速力で駆け出していた。 後ろから叫び声が聞こえたが、構っている場合ではなかった。 それが本当のことならば、臨也に問い詰めずにはいられないからだ。 いつ渡したかにもよるがあの最初の日にあいつは露西亜寿司に行って寿司を買っていたようだった。もしその時にサイモンに薬を渡したということなら覚えているはずだ。 奴のことだ、なにか俺に仕組もうとしていたのだろう。仲良くなる薬などと言えばサイモンが俺にあげることぐらい簡単に予測がつく。 それでまんまと引っ掛かって臨也の家に乗りこんだのだ。 薬を盛られたと気がついた時に、やけに冷静で薬の効能も詳しく知っていたこともこれで説明がつく。俺が盛った薬は自分が俺の手に渡るように操作したものだったのだから知ってて当然なのだ。 「全部わかってて部屋に入れたんじゃないだろうな…」 すべてが疑わしく思えてきた。あの日の臨也はあまり抵抗することなく誘うように積極的に俺に縋りついてきたのだ。 薄々なにをされるのかわかっていて、それで受け入れたのだとしたら完全に罠に嵌ったということになる。 走っていてだんだんと息があがってきていたが気にしている場合ではなかった。嫌な汗が背中に流れシャツが貼りついている。 しかしまだおかしいところもある。 二日目以降の媚薬を盛られた時の反応はとても演技には見えなかったからだ。ほんとうにわからないという表情をしていて、あれは本物だと思う。 俺が薬を手に入れているかもしれない可能性を知ってて、どうして犯人が俺だと辿り着けなかったのだろうか。 いくら俺たちが殺しあう関係で絶対にセックスなんてするはずがないと思いこんでいたとしても、まるっきり無視するのはおかしい。 一番の可能性をまず最初に考えないようにしていた、という節がある。 それがどうしてなのかまるでわからなかったが、なにかそこに理由がある気がしてたまらなかった。 今の関係を揺らがすなにかがあるような気がした。 夢中になって走っていると、やっと新宿の臨也の家まで着いた。オートロックの扉を鍵を使って開いて、勝手に中に入っていく。 鍵は初日に手に入れていた。ずっと通う予定だったし何度も壊していては不審がられるのは目に見えていたから、本人から鍵の場所を聞きだし合鍵を手に入れていたのだ。 もうそれすらもあいつの策略に思える。薬の効能を詳しく言ったのも、何度も犯せると進言してきたのだから。そうして欲しいと言っていたようなものだ。 部屋の前まで来たので一度チャイムを押す。とりあえずあがった呼吸を落ち着けようと深呼吸して待っていたが、中からはなんの気配も感じられたので痺れを切らして鍵を取り出し開けた。 勢いよく中まで一直線に入っていったが、いつもの仕事部屋には誰もいなかった。険しい顔のまま寝室も覗くがもちろん居ない。 家に踏みこむ前から気配が無いことに感ずいていたが、ほんとうに姿を見つけることはできなかった。ほぼ毎晩通っていたが、こんなことははじめてだった。 少なくともここ一ヶ月近くは必ず決まった時間帯に臨也はこの家に居たのだ。それが偶然なのか必然なのか、それすらも今の俺にはわからない。 「今日に限ってなんなんだ!クソッ!!」 舌打ちしながら乱暴に近くにあったゴミ箱を蹴り、中身が音を立てて転がっていった。苦々しくそれを見つめながら部屋を後にした。 鍵を閉めて外に出ると早足に廊下を歩きエレベーターに乗りこんだ。 一階に着き下りながらふとすぐ横にあった郵便受けをチラリと覗き、部屋の番号を確認して外から見てみたが郵便物が入ったままのようだった。 ということは今日はまだ仕事でここに帰ってきていない可能性もある。 だが俺はあいつの仕事のことなんて知らないし、俺でさえ毎日決まった時間に終わる仕事ではないので万が一待っていてもほんとうに帰って来るかは定かではない。 少しの間迷ったがやはり探しに出ることにした。あいつが池袋や新宿を拠点にして情報屋の仕事をしていることはわかっている。 だから街中を歩き回れば会えると思っていた。だが闇雲に探すのもどうかなと考えて、ふと昨日のことを思い出した。 今回の事の顛末を知らなくていいと臨也が投げやりに言ったのに対して、俺が怒りをあらわにしてそのまま帰ったのだ。 もしそのことを後で気にかけて意地になり真実を知りたいと思いだしたらどうだろうと。勿論この俺には直接聞かないだろうしかといって二人の間のできごとを知っていそうな奴は限られている。 あのわけのわからない男達の集団だ。喧嘩を吹っかけてきてその間に臨也を連れ去った憎っくき奴らだ。 あれからどうなったかは全く知らないし、面識があるのはあいつのほうだったのだからコンタクトを取って話を聞くぐらいのことはするだろう。 ほんとうにそうだとするなら、場所は知っている。 ただの陳腐な推測に違いなかったが賭けてみることにした。決意したと同時に唇を噛み締めながら駆け出していた。そこに行ってみてだめなら他を探すしかない。 臨也のことだ充分に相手のことを調べてから接触していると信じているが、もしあの人数に囲まれていたら――と脳裏によぎった。 簡単にはやられない奴だが可能性がないとは言えない。きっと俺や臨也に対してもまだ恨みをもっているだろうし、突然復讐する機会が訪れれば迷わずにそうするだろう。 一番性質が悪いのは、そういうなにもかもをすべて詳しく知っていてそれでも危険の真ん中に飛びこむのがあの折原臨也なのだ。 「あーめんどくせぇ、めんどくせぇ。会ったら絶対聞き出してそんで犯す。犯しまくってやる」 腹の底からのどす黒い怒りを呪いのように何度も何度も呟きながら、目的地にたどり着くまでの間に頭の中で何度も臨也を犯す想像をし続けた。 text top |