「君かな?俺を呼び出したのは?」 持っていた紙をその男に見せると、無言のまま頷いた。見た所普通の、何の面白みも無い男と言えばいいだろうか。当然のことながら他に気配は無く、一人きりで呼び出したらしい。 こんな奴がどうして、と頭の中でぐるぐると苛立ちが回っていたがそれをおくびにも出さずに平然としていた。逆にニッコリと作り笑いを浮かべて、言い放った。 「脅迫状だなんていい度胸だね。で、なんだって?俺と平和島静雄に関する秘密を知っているってどういうことかな?」 「こんなところで話をしてもいいならしますが、それは困りますよね?」 本題を切り出したのだがあっさり躱されて、その上場所を変えようと持ちかけられた。はじめからそのつもりだったのでため息を大袈裟につきながら頷くと、そいつが歩き出した。 どうやら待ち合わせ場所だったマンションに、そのまま入るらしい。そこまで頭が切れるような奴には見えなかったので、きっと本人の自宅があるのだろう。 事前に下見をしていたので、逃走経路などは既に確認している。いつでも逃げれる準備はあったし、いつもより余計にナイフだって隠し持っている。しかしそれらは使わないだろうと思いながらついて行った。 高層マンションの最上階に案内され、部屋に通されるまでお互い無言だった。廊下には監視カメラがあって、それなりにセキュリティのしっかりしたところなんだと感心した。 そうして玄関の扉が閉まる音が背中で聞こえたのを確認すると、すぐさま口を開いた。 「もうここでいいだろ?」 一言だけ言うと男が振り返り、ポケットを探ってあるものを取り出してそれをおもむろに俺の前に差し出した。カサリと乾いた音がして、瞳がそれに釘づけになった。 見た所なんの変哲もない写真に見えたが、内心動揺していた。どうしてこれを、と尋ねたいのを喉の奥で飲み込んだ。 「これは去年お前がバレンタイン当日に平和島に手渡ししてその場で握りつぶされた、五千円もする本気チョコ。こっちは誕生日に自宅までわざわざ持って行って投げ捨てられたブランド物の時計、それはクリスマスにケーキと一緒に贈ったスーツとサングラス。全部ゴミ箱から拾ってやって、撮影したものだ。現物だって持ってる」 「で……?」 「それでこれが今年の誕生日プレゼント用にバーテン服を買うお前の姿だよ。店から直接郵送してもらうようにしたんだよな?今度は受け取って貰えるといいよな、好きな相手に」 すぐさま反論しなかったのは、図星だと悟られたくないからだ。冷静になれと頭の中で何度も繰り返して、息を吐きだした。 そうして口の端を歪めて微笑むと、素早くポケットからナイフを取り出して言ってやった。 「勘違いしないで欲しいんだけど、本気チョコだとか好きな相手だとか勝手に言われるのは心外だな。俺が同性愛者だなんてお笑い草だ」 「隠さなくていいんだぜ」 しかしそんなことはお見通しとでも言いたげに、さっきまでの丁寧口調をやめていきなりくだけた物言いで話し掛けてきた。そうしてようやく、こいつが気持ち悪いと心底思った。 俺の事を見る目が、急に変わったのだ。 「俺は何でも知ってるんだよ。意味がわかるよな、折原臨也」 「ストーカーだろう?確かにここ一年ぐらい誰かに跡をつけられたり、監視カメラを仕掛けられてたりしたから警戒はしていたさ。でも初めて俺の前に姿を現したみたいだね」 職業柄恨まれることも多いので、ストーカーぐらい日常茶飯事で特に気にも留めていなかったが、最近増えていたのは確かだった。そうしていつまで経っても相手が見つけられなかったのだ。 見掛けによらず相当頭の切れる奴なのだろうかと思っていたが、単独でここまでするなんて驚きだった。けれどそれもここまでだ。いかにもひ弱そうだったので、首元にナイフをつきつければ終わりだろう。 「残念だけど、俺を追いつめたいならもっと証拠を持って来ないと…」 「まだ、あんだよ。最高のやつがな」 「なんだって?」 いきなり携帯を取り出して、何かを弄った後その証拠という音声を再生し始めた。多分盗聴した音声を自分で加工して携帯に保存しているだけだろう。 そうして聞いていると、衝撃の言葉が聞こえてきた。 『臨也さあ、実は静雄のこと好きなんじゃないの?だって毎年送ってるんだろ?』 『憶測で話をしないでくれないかな?俺がシズちゃんを好き……』 しかし音声はそこでブツリと切れた。 「な……ッ!?」 おもわず驚きの声をあげてしまって、動揺を現してしまった自分に内心舌打ちをした。まさか、そこで切られているとは思っていなかったのだ。 あまりにも雑な作りだったが、ある意味シンプルだった。これを、俺に証拠だとつきつけてくるとはと笑いがこみあげてくるのをなんとか我慢した。 「陳腐すぎる証拠だね。わざとぶつ切りにしてて、違うなんて丸わかりじゃないか」 「でも、平和島静雄には効果的だろ?あいつはこういうのを、疑わないだろ」 そこでやっとこいつの意図が見えてきて、言葉に詰まった。てっきりこの音声を使って、俺の取引相手や恨んでいる奴に売って噂を吹聴すると脅してくるのだと考えたのだが、違ったのだ。 実にシンプルだった。 「最近平和島が利用するクリーニング店で働いてるんだよな。週一で預けに来て、会話をして名前を憶えて貰うぐらいにはなってるんだぜ」 「なるほど、そういうことか」 もう苛立ちを隠すことなく顔に出して、その男を睨みつけた。すると気味悪い笑みを浮かべながら、声を張り上げて叫んだ。 「あんたの言う事なんて信じないだろうが、ちょっと話をする店員の言い分ぐらいは聞いてくれるだろ?お前の前で怒ってさえいなければ、普通の人間だもんな。俺はあいつと会話ができるんだぜ、あんたが欲しがって手に入れられなかったものを既に手に入れてるんだ!」 「なにを言ってるんだ?俺はそんなもの欲しくもなんともない」 「あくまで平和島に惚れてることを隠していならそうすればいい。だが、俺の指示には従ってくれるだろ?バックアップは山ほど取ってある。まず持ってるナイフ全部出してもらおうか」 強がってみたものの、今こいつに切りかかることなんてできるわけがなかった。俺を一年もストーカーしていた奴が、用意周到なことぐらいわかりきっている。 顔を顰めながら、ポケットのナイフを全部出して床にバラバラと散らばせてやるしか、できなかった。 「次は?金でも欲しいなら、いくらでもやるよ」 「いらないな」 「へえ」 「俺が欲しいのは、あんただ折原臨也」 一瞬聞き間違えかと思ったのだが、欲望をギラつかせながら舐めるような視線を向けてきたので、そのまま固まってしまった。 気持ち悪い奴だと感じたのは、間違いではなかった。思った以上に、最低な奴のようだった。 「あんたの体が欲しいんだよ」 唇を噛みしめながら、吐きそうだと息をつめた。 text top |