暗黙と約束(ヴィクトル)
「じゃあヴィクトルさんはその人を待ってるんですね」
「ああ、必ず来る。娘を連れて」
「……もし、ヴィクトルさんが居なくなっちゃったら、俺も、失くなるんですか?」
「…………」
それにはふっ、と微笑むだけで何も言ってくれなかった。なんだか、信じられない話だ。ここは分史世界だとか、別に正史世界があるとか、俺がいま話している彼はたくさんの人を殺したとか、よくわからない。
「俺のこと……殺さないんですか?」
世界のヒミツを知ってしまったのだ。正確には彼の話を聞いていただけなのだけれど
「……ナマエが、そうしてほしいなら」
「………」
「私がお前を殺し、お前が幸せになれるなら、そうしてやれる」
「まさか。きっと、なれません。悲しいだけです」
「そうか……。もう帰りなさい、夜は危険だ」
「どこにですか?」
残念なことに、俺の家は存在しない。ぐちゃぐちゃになってしまった
「………ナマエ」
「俺、一緒にいます。最後まで、いたいです」
「……この場所も危険だよ」
「ヴィクトルさんは強い。だから大丈夫です」
ね、と俺は微笑んだ。
この人をこんな広い場所で、ひとりきりにするなんてできない。奥さんも、娘さんも、お兄さんも、友達も、今は、いないって言ったこの人をひとりきりになんて。正史世界にはすべて残っているのに、この世界は――
「…ナマエ、何が食べたい」
「あったかいもの、食べたいな」
「ふ…わかった。そこで待っていなさい」
「はい」
その時が来るまで、俺は傍にいます
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