おはようの(七瀬遙)
月に数回、七瀬遙は遅刻ギリギリに登校する。
俺はいつもギリギリだから、どうってことない。むしろ彼と登校時間が被る日を楽しみにしている。
そして今日は、その日だった。
空調は効いていても、夏特有の蒸し暑さが残る車内。ガタンゴトンと満員電車に揺られながら、彼を見つけて覆いかぶさるようにドアへ手をついた。
「おはよ」
「……、……ああ」
ちらりと俺を見上げて、さして驚きもせず窓の外を見ながら返してくる。相変わらず素っ気ない奴だ。
「寝坊した?」
「……ああ」
「朝ごはんは鯖?」
「…ああ」
「七瀬、」
「……?」
もう一度俺を見上げた隙を狙って、ちゅっとほんの一瞬唇を合わせる。
「………」
「ごちそうさま」
ペロッと唇を舐めて、にっこり微笑んだ。
一方七瀬は何が起こったのか理解していないのか、ジッと俺を見つめたまま「ああ」と力無い返事をした。
「暑いね」
「ナマエ」
「ん?」
「今、何した」
「……おはようのキス?」
わざとらしく首を傾げて、小声で言う。
「……なら……」
「なら?」
「お前がはじめてだ」
「!、それは……、…………やったね」
「そうか」
そしてまた、窓の外へと視線が移動する。
案外動揺しないものだ。
俺の方がしてるかもしれない。
その証拠に心臓はうるさい。
結構冗談だったんだけど、
やばいね。
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