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今回の名前は、地に咲く花とはまた違う甘ったるい香りを纏っていた。

「今日はたくさんの人から、チョコレートを貰いました」

チョコレート、という言葉を耳にしたことがない電竜が反射的に首を傾げる一方で、名前は調査員の同僚やハンター達から貰ったチョコレートが入っている包みの一つを丁寧に開けていく。ふわりと甘い香りが漂い、中にある暗褐色のそれを指の先で摘み取り出した。

「これがチョコレートです」
《変な色だな》
「おいこら」

そのまま自身の口元まで持っていき、ぱくり。カカオ独特の苦味と砂糖の甘さが丁度良く合わさっていて、とてもおいしい。舌の上で転がしていたチョコレートの固形は数分ほど経つと無くなって、彼女の口の中はカカオの味だけが残っていた。止まらずもう一つ取り出し再び口の中へ。

《そんなに美味えのか?》
「おいしいです。あっ、でもライゼクスさんはチョコレート食べられないですよね」
《あ?》
「いや、環境生物にチョコ渡したら中毒症状が出ちゃうんで」
《よく分からねえがそこらへんの生物と一緒にすんな》

いいから味見をさせろ、という電竜の意見に、とりあえず名前はもぐもぐと口の中にあるチョコレートを堪能しつつ包みから何度目かの動作でチョコレートを取り出そうとすれば、目の前の視界に広がったのは馴染みのある深緑。

「!…ん、」

反逆者と呼ばれているほど凶暴な生態とは裏腹、慎重に名前の口元を己の嘴で傷つけないように開かせ、紫がかった舌先で彼女の口の内にある甘い食べ物を舐めとった。
ぬめりとして、少しざらついた感触。一瞬何が起こったのか分からず何度も瞬きをしている彼女を差し置いて、電竜は舌先についたものを渋々と味わっていく。

《食えるな。オイ、まだあんだろ》
「……今回は」
《は?》
「本気で、食べられたかと思った」
《何だよ、オレの非常食ならそんくらい慣れとけ》

名前の口の中は、カカオの味とは別の、獣らしい臭いとねっとりとした液が混ざり合っていて、正直言えば気持ちが悪い。なんとかこの気持ち悪さを解決しようと、鞄から飲み物を取り出し口を濯ぐ。その間、電竜は包みの中身を乱暴に食い荒らしていた。

「あの、まだあるんで、そんな急いで食べなくても」
《ならさっさと寄越せ》
「どうぞどうぞ」

チョコレートは日にちが持つから、調査の合間に少しずつ食べて補給していこうと思っていたのに、この勢いだとすぐに電竜の胃の中へと消えていく、と、名前は頭を悩ませるのだった。

全く、冷や汗が出るほど驚いた仕返しに、すごく苦いチョコレートでも食べさせてやりたくなった。このたくさんある包みのどれかに入っていないかな。


ビターチョコレート(バレンタイン)