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ダイマックスの事以降、ガラル地方は何事もなく、私が大好きなスパイクタウンも、良い意味で騒がしく、平和である。それから事件が起きた数週間後、古き幼馴染であるネズさんに代わり、マリィちゃんが新たな悪使いのジムリーダーになったのだが、トーナメント戦や挑戦者とポケモン勝負を繰り広げている姿は、なんとも可憐で眩しいものか。ポケモン勝負をするマリィちゃんの瞳は宝石のようにきらきらと輝いて、時折息を呑んでしまうほど。幼い頃は、彼女とネズと3人で遊んでいたのに、どんどん立派な大人に成長していく彼女のことを見て、とても喜ばしく感じる。まあ、少し寂しい面もあるけれど。
かくして、本日もいつしか仲良くなったエール団と並んで、スパイクタウンでのジムリーダー戦で戦う彼女の応援も終わり、自分の家へ帰ろうとしたときだった。

「名前!」

響く足音と、凛とした声のする方へ体ごと振り向けば、先ほどまで挑戦者と勝負を繰り広げていたマリィちゃんと、少し後ろでゆったりと歩いてくるネズの姿が見えた。一体慌ててどうしたんだ。

「マリィちゃん?」
「これ、あげる」
「え」
「いつも応援、ありがと」

手渡されたのは、シンプルで愛らしいラッピングがされている、一口で食べられる大きさの、丸いお菓子。白と胡桃色がそれぞれ3つずつ入っている。

「えっえっ急にどうしたの、私まだ誕生日じゃないけど」
「そんなの知っとるよ。そうじゃなくて、今日、バレンタインやろ?」
「うん………あっ!」

しまった。今日は2月14日。バレンタインじゃないか!最近は仕事で都市や町をあちこちとまわっていたから完全に忘れていた。なんたる不覚。可愛くて良い子で大好きなマリィちゃんに、バレンタインのチョコレートを渡すことを忘れてしまうとは!考えれば考えるほど後悔だけが残って、私はマリィちゃんから受け取ったお菓子を両手で持ったままその場で膝をついたのだった。

「ごめん、ごめんねマリィちゃん。私、バレンタインのチョコレート、用意してない」
「全然ええんよ!あたしが名前にチョコレート渡したかっただけやし」
「けどさあ…はああ〜〜っ」
「全く、本当に名前はマリィのことが大好きなんですね」

呻く声をあげる私とそんな私を慰めるマリィちゃんの声に交じるバリトン声。猫背な幼馴染が彼女に追いついたようだ。彼に視線を移す。どうやらマリィちゃんと同じラッピングされたお菓子を持っていた。

「あと、俺からも名前にお渡しします」
「は、は?」
「何ですかその顔は。バレンタインに男から貰っちゃダメなんて決まりはねえんですよ」

ネズもマリィちゃんから渡されたものだと思っていたが、私の為に用意していたものだったらしい。脚に力を入れ立ち上がり、ネズからのお菓子を受け取る。中身も白と胡桃だ。ただ彼女のよりも形が綺麗である。ネズ曰く、兄妹並んでバレンタインのチョコレートを手作りしたそう。それ知った私は感極まって目尻から熱いものが込み上げそうになり、思わずふたりから貰ったラッピングを自身の口元まで持っていく。

「うっ…ありがとう、ふたりとも」
「喜んでくれたんなら、あたし嬉しかね」
「私も。マリィちゃんからチョコレート貰えるなんて、本当に…死んでも良い…」
「俺もたった今あなたにあげたんですけどね」

ふたりからのチョコレート。食べるのが勿体無いな。正直、大切に保管したい気持ちもあるけれど、流石に気持ち悪がられると思うので、帰ったら、ひとつずつ丁寧に食べることにした。絶対に美味しいに決まっている。
予定が詰まってある仕事、頑張ろう。お返しは少し先になると思うけど、ふたりのためにバレンタインの手作りチョコレートを作ってあげよう。そして3人で一緒に食べるんだ。


トリュフ(バレンタイン)