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「はぁーっ、ちくしょう…!」

明くる日の秋のことである。良いところまで稼いだが運が尽きたのか、一文無しまで転落した帝統はいつもの公園へ足を運ぼうと店を出た途端、ぽつり、またぽつりと、雨が降り注いできたのを確認する。空を見上げれば灰色が広がっていて、少しずつシブヤの街を濡らしていく。
 
「……まじかよ」

今日は本当についてないと思った。正直、雨の中外で過ごすのは嫌だった。そこで、数日前にシブヤディビジョンとしてチームを組んだ仲間のひとりである乱数の事務所で天候が良くなるまで過ごすことにしようと考えるや否や、降り頻る雨の中、帝統は急いで灰と化した街を駆けていく。悪気があるという意識はあるが、こればかりは仕方ない。なんだかんだ泊めてくれるだろう。彼の家は公園の、更に先だ。きっと、これからもっと雨は酷くなるに違いない。テレビや情報雑誌などのものは店で把握する程度で、日頃天気について情報を得る習慣などつけていなかったが、帝統は今まで外で過ごしてきたおかげもあり、ある程度1日の天候を予想することができていた。
走って、走って、走って、そして、いつも居る公園を通り抜けようとしたときだった。

誰もいない公園に、人がいる。

「…ッ」

木材で出来たベンチに女は座っていた。薄い生地で作られたシャツは女の肌に張り付いており、髪も付け根から先までじっとりと湿っている。下を向いているため、どんな表情をしているのか分からない。けれどその姿はどこか寂しくて、誰かを待っているように見える。
そして、置き物のように動かない女の目の前まで帝統は移動したのだった。

「おい…、おい!」

何故、見知らぬ人に声をかけたのだろう。そっとしておけば済んだことなのに、気づかないフリをしていればよかったのに。そう頭の片隅で思っていたのに、女に纏わり付く異様な何かに___気配というものだろうか___吸い込まれるように、体が勝手に動いていたのだ。

「なあ、俺の声聞こえるか?大丈夫か?」

次第に雨粒は大きくなり、勢いもより増している。さっさと早く終わらせて、乱数の事務所まで行きたいところだが、帝統が声をかけても女は一向に動く気配はなく、寧ろ存在に気付いていないのかというほど、微動だにしなかった。ならば無理矢理にでも目を合わせ自身がいる事を気付かせてやろうと、帝統はその場でしゃがみこんで顔を覗き込む。

「あんた…こんな雨ん中じゃ、風邪引いちま…」

息を飲んだ。女の瞳は僅かだが不安と悲哀が宿った瞳をしており、やっと彼の存在に気付いたのか、じっとこちらを見つめてくる。
綺麗で、透き通っていて、目が離せなかった。雨が降っていることさえ忘れてしまうほど、息をすることさえ忘れてしまうくらいに。
しかし、それは一瞬の出来事で、ひとつの雨粒が帝統の瞳に入ったことにより終わりを告げる。にゃっ、と言い反射的に目を閉じて、手を移動させ目蓋を擦った。

「とりあえず…ほら、これでも着とけ」

生憎傘など持っていない。代わりになる分からないが、帝統はこれ以上濡れないようにと自身が着ていた上着を脱ぎ彼女の肩にかけて、頭を覆うようにパーカーを被せてあげる。まだ彼女は俯いたままだ。

「俺の知り合いんところに行くまでの辛抱な」

強引に手を掴んでベンチから立たせた帝統は、そのまま彼女を連れ目的地まで移動を再開した。
乱数はきっと驚くのだろう。俺が見知らぬ女を連れて事務所まで来るのだから。勘違いされるか、はたまたネタにされる未来しかみえないが、そんなことはどうだっていい。氷みたいに冷え切っている彼女の手が、ただ無情に心配であることしか今は頭にない。