偽善者を君に差し出そう


蘭→葵→京介
報われないお話注意






「あのさあ。いつまで居るつもりだよ」
「私の気が済むまでです」

うわ横暴だな。ソファに座る後輩に小さく吐き捨て西日が差す窓へ向かいカーテンを閉める。戸締りの当番が俺なのを知ってか知らずか、誰もいなくなった部室で特に用もなく居座るこいつと俺の関係は後にも先にも部活の仲間、それだけだ。

「大体、何も言わないで一人で勝手に決めちゃうのが悪いんです。私謝る気ないですから」
「お前も口出さなきゃ良いんだよ。いや無理か」

焦がれる相手の恋路に口を挟みたくなるのは分からなくもないが、だからって喧嘩に発展しなくても良かったのでは。聞くところによると相当派手な口論だったらしい。一方的に空野が捲し立てたっていうのは見当がつくけれど。

「だって、聞きました?サッカー以外に興味ないって言い分は理解できますけど、視界に入らない、女として見てないですって。もう、最っ低」
「あいつも口下手だからなあ。もっと上手く断ればいいのに」

まるで自分が被害に遭った物言いだが、結局のところ介入したことで傷が広がったのだからむしろ加害者のような気もする。一度振られているから私の方が経験値が上だ、なんて豪語する彼女をよそに弄ばれている部室の鍵をひったくり、机の上に放り投げる。

「ようするにお互いが違うから誤差が生じるわけでぶつかるわけで。何でも相手のことをお見通しみたいに言われてはいこの話はおしまいよりは、ぶつかって砕けて相手の壁を壊して、一緒に高い壁から低い柵に修繕すればいいと思うのよ」

背を向けたまま言いながら鞄にくたびれたユニフォームとタオルを仕舞う。振り向いてしまったらきっと慰めてやりたくなるから出来るだけ穏便にやり過ごそうとしていたがゆっくり振り返った瞬間、泣きはらした目を歪ませくしゃくしゃの顔をした空野と目が合ってしまった。感情とは裏腹につい手が伸び、少し低い位置にある頭を撫でる。スイッチが入ったようにぽろぽろと涙が零れ出て泣き顔を見せたくないのか下を向いて肩を震わせる彼女は、俺の前で初めて泣いて見せた。

「わたし、器用じゃないから、自分を押し殺すとか、できません。彼の前で笑えません」

嗚咽を繰り返す背中を擦りながら、玉砕を受け入れた少女に果たして何が出来るだろうかと考えたが、自分では役不足だと判断するのに時間はかからなかった。
いくら跳ね返されても自分の感情に嘘は付けなくて、例え最悪の結果でも受け止めようと嘆く涙は袖に大きな染みを作ってしまった。もどかしく悔しい想いは二人とも同じなのだ。ただベクトルが違うだけで、決して重なることは無い一方通行の感情はぐるぐると同じ場所を行ったり来たりするだけだ。

「もう、大丈夫です」
「そうか」

ひとしきり無音で泣き続けた彼女の顔は晴れやかとは言わないものの、幾分か表情が和らいだようだ。哀愁の笑みを浮かべ、じゃあそろそろ行きますねと俺の腕から離れる。

「わたし、霧野先輩の事が好きだったら良かったのに」

名残惜しそうに笑った後、彼の元へ駆け出していく少女の背中を見送ることしか出来ない自分を惨めに思ったのは果たして何回目になるだろう。心臓の音はやけに静かで、空気を読めない俺の目尻から頬に滴り落ちた液体は仄かにナトリウムの味がした。





偽善者を君に差し出そう




俺もそう思うよ



2013.04/24


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