最後のスタートダッシュ



「忘れ物ないですか、今日は神童先輩に借りれないですからね。ハンカチは?持ちました?あとティッシュ」
「お前はオカンか」

無駄に俺の身支度の世話を焼く後輩の額を軽く小突くと、うめき声を上げながらだって、とよろよろと教卓にもたれ掛かる。

「今日は自分たちが主役って自覚あるんですか。先輩が気疲れしてない分私が心配してあげますから」

安心してください、なんて言われても。少しは君達を置いていく先輩の気持ちもわかってくれんかね。そう思った矢先、読心術かと勘違いするくらいの絶妙なタイミングで大丈夫ですよ!と笑いかける。

「全力で在校生席から応援してますね!」

びっくりして損した。絶対後ろ振り返らないでおこう。胸を撫で下ろしたときに、お花曲がってますよと胸の位置に手をかける。

「造花ですか?」
「いや、生花だって。二時間くらいで駄目になるらしいから式が終わったら回収だな」

勿体ないですねと不満そうに、大事に付け直す空野の手元をまじまじと見ていると、らしくもない懐古の念が渦巻き始めてしまう。お節介で、じゃじゃ馬で、ドジでうるさいマネージャー。上乗せして、出会った当初とはまるで違う感情をもつようになったのは、いつからだったかなと思い返していると、何ですか、と不思議そうな顔をしたこいつと目が合ってしまった。いつの間にか顔を上げていたようで、逸らすのも面倒なのでそのままなあ、と口を開く。

「さみしい?」

少しの沈黙の後、そりゃ、寂しいですよと素直な回答が返ってくる。しかし直後、悪戯っぽく笑った小悪魔が先輩はどうなんですかと逆に質問を投げかける。

「まあ、うん。ちょっとはな」
「じゃあ、留年します?」

笑い声とともに提案された策に、柄にもなく考えたあと、そうだなあと口を開く。

「お前がいるならしてもいいかもなあ」

瞬間、笑顔がぴしりと凍りつき周りの温度が急激に下がったように感じた。しまった、地雷だったかと焦った俺の目に飛び込んできたのは、くしゃくしゃの泣き顔だった。

「ずっと我慢してたのに。霧野先輩がそんなこと言うから、私、諦めきれなくなっちゃったじゃないですか!馬鹿!」

勢いよく怒鳴られ、彼女が出ていってしまったドアは余韻でまだ揺れている。自身、そんな鈍い方ではないから、意味だって恐らく理解している。これは、やばいなあ。
胸に付けられた旅立ちを示す花が枯れる前に早く伝えなければ。にやけた口元を抑えながら、ゆっくりと後を追いかけた。



最後のスタートダッシュ



友達卒業おめでとう

fin.



2013.03/08


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