異心伝浸


蘭ヌがこの設定を引き摺ってるトンデモ展開。関連性はありません






部室のドアを開けいつものようにおはようと部員たちに挨拶をしようとしたのだが、期待とは裏腹に部屋はしんと静まり返っていた。なんだ、一番乗りかと意気消沈した矢先、黒い影が覆いかぶさり突然誰かに飛びつかれて、押し倒されて、頭を打った。この間実に二秒。

「先生おはよ!」
「こら、迷惑してるじゃないか」

私の上でにこりと笑って微笑む彼に良く似た、見知った方の彼がひょいと片割れを掴みそこから始まった乱闘戦。といっても眼鏡の彼が受け流しているので最早会話のキャッチボールすら成り立っていないのだけれど。

状況がいまいちわからないというか、あまり深く突っ込まない方が身のためだと十年前の私が心の中で諭している声が聞こえたのでとりあえず冷静に考えてみよう。未だに私の横で花を飛ばしている彼が伸ばした手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

「霧野君、この子…」
「すみません先生。気付いたらこうなってて」

私から片割れを引き離そうと必死な霧野君が困った顔をして眼鏡の奥を睨みつける。が、純真無垢な瞳はそんなことお構いなしに「ねえねえ遊ぼ」とジャケットの裾を引っ張り可愛い笑くぼを覗かせる。緊張感唯ならない空気なのに、なぜだかふっと和んでしまうというか、彼から出るα波がじわじわ私の目尻を刺激する。

両手に花ならぬ両脇に生徒。私を挟んでやれ離れろだのうるさいだの喧嘩が再勃発してしまう。止めなければいけないのだろうが気付けば言い合いの声すらも心地良いBGMに聞こえてきて、嫌などころか完全に酔い痴れている自分がいた。ふわふわして、暖かくて、遭遇したことのないこの感覚は一体なんだろう。

「いい加減離れろ!」
「やーだー!」

じたばたと暴れ抵抗する眼鏡の彼と、首根っこを掴み引き摺ろうとする霧野君を見比べ、やっぱり似てるなあとしみじみ思う。私に弟がいたら、なんて淡い想像をしてしまう。

「何笑ってるんですか」
「いやいや。君達二人兄弟みたいだなあって」

瞬間、自分で言った言葉がきっかけか、先程のモヤモヤがすとんと落ちたように無くなった。同時に、兄弟喧嘩に巻き込まれた母親のような感情が芽生えたのかもしれない。
薄桃色の髪の毛を撫でて、「部活が終わるまで待っててくれる?」と提案すると、三割増しの笑顔で大きく頷かれる。良かった、ご機嫌も治ったみたい。

「でも、先生。ご迷惑じゃ」

しかし納得していない人物が一人抗議の口を開いた瞬間、危険を察知したのか笑顔が険しい顔になり私の後ろに回り込んで頭だけ姿を覗かせる。

「いやなら俺も一緒にあそぶって言えばいいじゃん」

べー、と舌を出して私の後ろに隠れる彼を見てわなわなと体を震わせている。やばい、爆発するかと冷や汗をかいて見守っていたのだが全く反撃の行動を起こさず、その場で固まってしまった。

「霧野君、大丈夫?」

声を掛けたのが間違いだったか、頭を上げた彼の顔が思いのほか赤く染まっていて目が合った瞬間逸らされ、私に抱き着いていた腕を引き剥がし手首を掴んで無理矢理部室を出ていってしまった。おかしいな、ずっと握られていた彼の腕は冷たかったのに、少しだけ触れたもう一方の手は火傷するくらい熱を帯びていた。同じなのに、全然違う。

廊下から賑やかな声が聞こえてくる。一年生が部室まで競争しているのだろうか、忙しない足音が次第に大きくなっていく。はっと我に返り、緩みきった頬を叩いて鎮火させてみる。入ってきた生徒達にばれない事を願うばかりだ。




異心伝浸



ちょっとだけね、羨ましいと思ってしまったのですよ

fin.



2013.03/04


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