予定は未定
こちらの続きとなっております
目を開けるとそこには、真っ赤な顔をしてその場に佇んでいる少年の姿があった。さっきまでの可愛らしい言動とは打って変わって、ふにゃりと綻ぶえくぼも人懐っこい笑顔も無くなり代わりに引きつった表情で目を右往左往している。
「霧野くん、えっと、大丈夫?」
とりあえず声を掛けてみたものの逆効果だったようで、びくりと肩が跳ね上がり顔を真っ赤にさせながら潤んだ瞳でこちらを恐る恐る見つめてくる。本当にさっきの彼と同一人物なんだろうか。見た目は確かにいつもの少年で、眼鏡もしていないし眉間に皺が寄ったままだ。
「ご、ごめんなさいあの、その、俺」
さっき、と言いかけて急に静まり返る。きっと先程の光景を思い出したのだろう、釣られて私も体温が上がってしまう。やだ、これじゃあまるで。
「さっきのことは、忘れよう!私も全然気にしてないし」
無理矢理笑顔を作ってひらひらと片手を振る。無かったことにしようそうしよう、健全な男子中学生だったらこんなおばさん相手にだなんて嫌だもんね。
これで機嫌を直してくれるかと思いきや、今度は急に切なげな顔に変わっていき眉がどんどん垂れ下がっていく。あれ、私なにか悪いこと言ったのかな。
「気にしてない、んですか」
「うん、全く気にしてないからさ!」
だからってそんな顔をして欲しくて言ってるわけじゃないのに。雲行きは怪しくなりとうとう俯いて顔もまともに見れなくなってしまった。最近の中学生は一体何を考えているのかさっぱりわからない。
「……す」
どうしようか考えあぐねていると、彼が俯いたまま何かを呟いた。そしてやっと目線が合わさり、その済んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「俺はすごく気にしてます」
ああああやっぱり。実はとんでもないことを私達は犯してしまったのではないかと今更後悔。原因は向こうにあるにしろ教師であり一人の大人である私が止められなかったのにも悪い部分はあるのだから。どうしようこれでショックで立ち直れなくなってしまったら顔なんて見れやしない。ごめんで済んだら警察はいらないんだとか誰が考えたんだろうまさにその通りじゃないか。
「音無先生」
名前を呼ばれ、今度は私の方がびくりと肩を揺らす。張り手でも飛んでくるのかもしれないと身体を強張らせると、ぐいと手首を捕まれバランスを崩してしまう。そして立ち竦んだ先にあった彼の唇が、私のそれと一瞬触れ合う。やわらかいその感触に何が起きたのかわからないでいると、先程とは打って変わって清々しい顔をした霧野君が口を開く。
「責任は取るから」
それだけ言い残し、足早に部屋を出て行ってしまう。残された私はというと、今の出来事があまりにもショッキングすぎてその場に座り込んでしまう。どうしたんだろう、心臓が忙しなく働いて体温がどんどん上昇していく。手を額に当てると火傷してしまいそうなくらい熱い。一旦落ち着こう、深呼吸深呼吸。
「……犯罪者にはなりたくないなあ」
自分の素直な感想がこれだなんて、なんて無粋な教師だろうなと笑ってみる。当初より遥かに自分の気持ちが膨大してしまって、もう収拾が付かない溜め息を排出するのすら、億劫になってしまった。
予定は未定
波乱の幕開けです
fin.
2012.10/07