適温は32度


「霧野先輩!」

はい!と空っぽの右手を差し出されたので、何の疑いもなく掌に飴を一つ乗っけてやる。すぐさまポケットにもらい物を仕舞い、また同じように手を差し出す。俺、飴を乗っける。向こう、ポケットに仕舞う。手を差し出される。飴を

「何なんですか先輩!真面目にやってくださいよ!」
「飴ちゃんならいっぱいあるから、ほれ、もらってお行き」

ザラザラと何種類か取り出し、もう面倒なので全部渡してしまおうと袋ごと差し出すと、そっぽを向かれてしまう。俺は至って真剣なのに何でだか頬を膨らませ、ツンと左を向いて目も合わせようとしない。

「ああもう!どうしてそんなに持ってるんですかって。お婆ちゃんですか」

怒ったと思ったらしゅんとした子犬のような目つきになり、呆れた顔をして隣へ座りこむ空野を、横目で見ながら表情筋豊かだなあとしみじみ思う。今だけで三、四種類は見たような気がする。

「いや言うならお爺ちゃんだろ」

論点はそこじゃないんですけど、と再度大きな溜め息を付かれてしまってもそこに悪意は感じられない。残念がる様な、期待外れのような、大体そんな意味が含まれてるであろう口ぶりを聞き流す。何かをたかりに来るのは毎度のことだが、今日はいつにも増して粘っていた気がしないでもない。

「っはー。一年に一度の合法追い剥ぎも失敗ですかあ」

鞄からチョコレート菓子を取り出し口にくわえる。ポリポリと細長い菓子が口に運ばれていく中、彼女の携帯ストラップの中にあったカボチャが目に入る。大きな口が描かれていて気味が悪い、良い趣味とは言えないそれをまじまじと眺め、そこでようやく今日の日付を思い出す。横をもう一度見ると、先程よりチョコの面積がだいぶ減ってしまっている。これはまずい。

「バレンタインに並ぶ一大イベントなのに先輩ってひとは」

ぽきりと乾いた音を響かせ、口の中に広がる程好い甘味とすっとぼけた不細工な顔を味わいながら、あと数センチの所で顔を上げる。急いだ甲斐があった、チョコの部分と諸々美味しく頂けた。

「な、なななな何をすっ」

突然の出来事に後退りをしながら顔を赤くする空野を見るのはもちろん楽しいけど、さっきのとぼけた顔のほうがよっぽど悪戯心をくすぐるものだ。

「お菓子も食べれていたずらも出来て、一石二鳥じゃん」

お得じゃない、と付け足したところでまたしかめっ面を覗かせる。今度は顔を赤らめながら物足りないとでも言いたげだ。きっと一生本人の口からは聞けないだろうけど。

「トリックオアトリックの方が良かったですか?」

ぽそりと言うと、図星を突かれたように肩がびくりと跳ね上がり「勘弁してください…」とか細い声が聞こえたかと思ったら瞬間急いで教室を出て行ってしまった。今日も今日とて優越感に浸りながら、ゆっくりと敗者の後を追いかけていくのが、最近のマイブームになっていることは誰も知らない。



適温は32度



お菓子をくれたらいたずらしちゃうぞ


fin.





2012.10/31


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